008_因縁のあの方から、まさかの告白ですわ
コルヴィア伯爵家ゆかりの貴族が主催した音楽茶会。
リゼット・コルヴィアは派手な赤のドレスを身にまとって、クラリオの様子をうかがっていた。
リゼット(そろそろ……いいでしょう)
彼が現れて、すでに2ヶ月近く。
初めて会ったとき、彼は身を挺して蜂から救ってくれた。その時から、ずっと彼から目を離せないでいる。
接触の機会を積極的に作り、並んで談笑する姿も珍しくなくなったはず。
リゼット(そろそろ、はっきりさせましょう……きっと彼も、わたしを好ましく思っている)
リゼットには確信があった。美しく艶のある髪、白く透き通る肌。この美貌で得られなかったものはない。
もうすぐ、この国すらも。
リゼットとユリオ王太子の仲は、公然の秘密とばかりに広まっている。
正式な婚約まで秒読みの状態だ。
クラリオは所詮、男爵令息だ。
リゼットの家柄の伯爵にも釣り合わない。さらに、リゼットが王太子と婚姻を結べば、コルヴィア家も伯爵から侯爵位に格上げされるだろう。
正室となって王妃になることも夢ではない。
そんな自分に男妾として囲われる……男爵令息なら願ってもない話だろう。
互いの公務の合間に秘密の逢瀬を重ねる、それだけの関係……
ああ、なんと甘く美しい関係か。
家柄や政治から開放され、ただただ愛を重ねる……
真実の愛というものがあるなら、きっと、それに近い形の愛だ。
リゼットは甘い息を吐いた。
自分とそんな時間を過ごせるなら、男としても無上の喜びに違いない。
リゼットはこの茶会の主催者に目配せをした。
主催者はうなづき、声をあげて参加者を集める。
今日の茶会は、参加者の全てがリゼットの取り巻きや子飼いの貴族だ。……クラリオを除いて。
全ては秘密裏にクラリオに声をかけるため。今日の茶会は、ただその目的のために開催されたものだ。
王太子との婚約を待つ今このときに、万が一にも失敗は出来ない。
噂が漏れないように、また、漏れても握り潰せるようにしている。
リゼット「クラリオ様。あの……すこしだけ、お時間いただけますか?」
後ろから声をかけられ、クラリオは少し驚いたような顔を見せた。
しかし、すぐにいつもの優しい微笑を浮かべた。
クラリオ「もちろんです。リゼット様」
優しい表情がまぶしくて、リゼットは思わず目をそらした。
頬が柔らかく紅潮していく。
リゼット「こ、こちらへ……」
誰かの顔を見るだけでこんな風になってしまうなんて、リゼットには初めてのことだ。
リゼットは自らの鼓動の高鳴りに、少し戸惑った。
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花壇のそば、小道の脇。
誰の目も届かぬその場所で、クラリーチェとリゼットは二人きりだった。
少し顔を赤らめて、リゼットは口を開いた。
リゼット「以前、お話ししたわたしの夢の話……覚えてらっしゃいますか?」
クラリーチェ「海に行って、船に乗ってみたい……という夢でしたよね?」
リゼット「まあ、覚えていてくださったのね……嬉しい……」
クラリーチェ「忘れるはずございません」
クラリーチェは、表面だけの笑みを浮かべた。
リゼット「わたし……最近、もうひとつ、夢ができてしまったの……
聞いてくださる……?」
恥ずかしそうに、手をモジモジしながら、伏し目がちに言うリゼット。
クラリーチェ「もちろん、お聞かせ願います」
笑みを貼り付けたまま、クラリーチェは言った。
リゼット「わたし、その海に、ぜひ同行していただきたい方が出来ましたの……」
リゼットは大きく深呼吸して、意を決したように口を開いた。
リゼット「クラリオ様……どうでしょう?わたしと一緒に、バカンスを過ごすような、そんな仲に……
家督や婚姻まで踏み込まない、お互いの憩いの場になれるような、そんな……
そんな関係もございますでしょ?」
クラリーチェは黙って聞いていた。
リゼット「わたし、初めてお会いしたときから、あなたに惹かれてしまいましたの……
その……わたしのこと、どのように思ってらっしゃるか……お聞かせいただけますか?」
じっとクラリーチェはリゼットの琥珀色の瞳を見つめた。
まるで恋人同士のように、二人はしばらく見つめ合った。
クラリーチェの頭の中は、大混乱だった。
……ちょっと?!なんでこの方、殿方に告白してますの?!
王太子殿下と婚約されるのでは?!こ、こんなこと、許されますの?!
お互いの憩いの場って、なに?!
家督や婚姻に踏み込まない関係って……ま、まさかとは思いますが……
わたくしに男妾になるよう、誘ってる、てことですの……?
いやいやいや、そんな!汚らわしい!
やるわけないじゃない!わたくしに何をしたか、覚えてませんの?!
いや、わたくしって分かってないとは思いますが!
ああ!どうしてこの方、こんな純情そうな顔で清らかな瞳が出来ますの?
もう!ぶん殴って帰ろうかしら?!
クラリーチェ「……すみません、突然のことで……」
クラリーチェは目を逸らして息を整えた。
ぶん殴るのは我慢した。
感情的に動いて良いことはない。
こんなでも、彼女は今、社交界で最も力を持つ令嬢なのだ。
クラリーチェ「……あなたはとても魅力的な方です」
リゼット「……では!」
クラリーチェ「お待ちください。
……あなたは純粋な思いを私にぶつけてくださいました。
思いだけ、受け取らせてください。
……私は堪えられない。一途でないあなたを見ることが……」
リゼット「……」
クラリーチェ「たとえ、私への思いだったとしても……
ふ……不貞をはたらき、自らの価値を下げてはなりません」
リゼット「不貞など!?……そんな……」
少し言葉が強かったかも知れない。
だが、王太子の婚約者になろうという者が、別の男と一緒にいて許されるはずはない。
クラリーチェ「あなたは、真実の愛を一つだけ、大切に育むようにしてください。
……分かりますね?」
諭すようなクラリーチェの言葉に、リゼットは、はっとしたようだ。
少し、呆然としてから、こくり、とうなずいた。
ふう、とクラリーチェは息をついた。
……どうやら、分かってくれたようだ。
無言で頭を下げて、立ち去る。
これならば、今後言い寄られることも、必要以上に嫌われることもないだろう。
分かってくれて、本当に良かった。
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クラリーチェの背中が見えなくなるまで、リゼットはその場を動くことが出来なかった。
リゼット「そんな……こんなことって……」
リゼットは、大きな息をついた。
リゼット「真実の愛をひとつだけ、なんて……」
頭がぼーっとする。
リゼット「権力を得るための婚約を……不貞だなんて……」
胸が早鐘を打つ。
リゼット「……わたしに王太子の婚約者の立場を捨てて、クラリオ様への一途な思いを貫けと……?」
分かってなかった。
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そして、翌日。
クラリーチェは自分の見込みが甘かったことを痛感する。




