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004_社交界に戻りますわ

 王都へ向かう馬車の中、クラリーチェは後ろに流れる景色を見るとはなしに見ていた。


クラリーチェ「……たった半年で、戻るなんて思ってもみませんでしたわ……」


 頭の中では、男爵との会話を思い出している。


 ノイアス・フェルディナン男爵は、突然今の領地を賜わり、統治することになったようだ。

 戦争で勝ったわけもなく領地を賜るなんて、普通はあり得ないことだ。

 ……どこかに浮いた土地でもない限り。


男爵「この領地は、ヴァレンティス家のものだったと聞いている」


クラリーチェ(……また、その名を聞くことになるなんて……)


 クラリーチェがクラリオになる前の家名だ。


クラリーチェ(でも、これで分かりましたわ。

 令嬢の不祥事によって領地の一部を剥奪された、ということですわね……


 つまり、わたくしのせいで……)


男爵「領地さえなければ、隠遁してしまおうと考えていたんだがね……

 でも、そうも言ってられない。

 世継ぎはいないし、妻には先立たれているからね」


クラリーチェ「新しく奥様を迎えようとは、思わなかったのですか?」


 貴族としては、それが一般的だ。


男爵「僕の妻は、一人だけだよ……」


 さびしげなつぶやき。

 クラリーチェは、初めてノイアス・フェルディナン男爵の素顔を見たような気がした。


男爵「……失礼。

 もともと私はね、社交界というものが苦手でね。

 私の代わりに社交界に顔を出せる養子を探していた。


 数年かけて育てるつもりで、平民からも探していたんだが。

 ……まさか、即戦力がくるとは……」


 クラリーチェにつけた教育係は、三日後にはクラリーチェの講釈を聞いていた。


クラリーチェ「ご期待に応えられるように、精進いたします」


 男爵は苦笑いを浮かべた。

 この青年なら、自分よりずっとうまく社交界を渡っていくだろう。


男爵「貴族とのコネクション作りは任せよう。近く、王都へ行ってもらうことになる」


クラリーチェ「お任せ下さい」


 ……望むところですわ。

 もう、忘れたと思っていた感情が、胸の奥に渦巻くのを感じた。


********


 今、王都の社交界でもっとも勢いがある者といえば、誰もがリゼット・コルヴィアを思い浮かべるだろう。

 ヴァレンティス侯爵令嬢がいなくなってから、彼女は急速に勢力を拡大した。

 王太子と懇意であるという噂もあり、舞踏会では彼女に取り入ろうとする者が列になるほどだ。

 しかし、彼女はそれで満足してはいなかった。


 バラのアーチが香る庭園。

 白いクロスが敷かれたテーブルには、色とりどりの砂糖菓子と透き通るようなルビー色の紅茶。


リゼット「都会ではこのようなお菓子が流行っておりましてよ。

 お口に合うと良ろしいですわね」


 リゼット・コルヴィア嬢は気取った笑みでカップを傾けた。

 今日のティーパーティーには、社交界デビューしたばかりの者を何人か呼んでいる。

 格の違いを見せつけ、自らの派閥に取り込む狙いだ。


 リゼットの取り巻き達が口々に褒めそやす。

 では、そろそろ田舎から出てきたばかりの者達に声を……


 と、そのとき。


リゼット「きゃっ……!」


 リゼットの目の前を黒い影が通過した。

 一匹の大きな蜂だ。

 身をすくめるリゼットの、髪飾りにとまった。


リゼット「や、いやっ……誰か、これ……ッ」


 震える声。取り巻きの令嬢たちは騒ぎ出すが、誰も手出しをしようとはしない。

 そんななか、無言で立ち上がった青年がいた。

 落ち着いた声で、リゼットに語りかける。


青年「大丈夫。じっとして……」


 優しい手つきで、そっとリゼットの髪をおさえ、もう一方の手で髪飾りを外す。

 青年が髪飾りを振ると、蜂はいずこかに飛び去った。


青年「失礼。御髪を乱しました」


 かしずく青年をリゼットは呆然と見つめた。

 こんな状況でも、優雅で気品のある所作だった。


リゼット「……ぁ……」


 恐怖で蒼白になっていた頬が薄紅に染まり始める。


リゼット「……名は、何と……?」


青年「フェルディナン男爵家の令息、クラリオと申します」


 リゼットは、甘い、ため息をついた。


********


 かしこまったまま、クラリーチェはリゼットの足先をじっと見つめた。


クラリーチェ(……村では、あのくらいの蜂、日常茶飯事でしたものね)


 いつの間にか、ずっと遠いところに来てしまったような気がした。

 いや、自分は居場所は、もともとこっちだ。

 これが第一歩になるはずだ。

 リゼット嬢に近づき、彼女から情報を得て、過去の事件の真相を暴く……その第一歩に。


クラリーチェ(それにしても、うまく行きましたわ)


 クラリーチェはポケットにそっと触れた。

 そこには小瓶が入っている。


 リゼットの席の近くのバラに塗って、虫寄せに使ったハチミツの小瓶が。

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