002_男の体は難易度ハードなのですわ
朝。
クラリーチェは、鶏の声で目を覚ました。
わらに布をかけただけのベッドの上で、ぼんやりと自分の手を見ていた。
見慣れぬ、骨張ったゴツい手。
クラリーチェ「やはり、夢ではありませんのね……」
身体のどこもかしこもが硬い。しかも、やたら重たい。
そして毎朝のように、知らない生理現象が……
クラリーチェ「品性は、どこに……」
いや、この話はやめよう。
男の身体に生まれ変わったあの後、あてどなく川辺をさまよっていたクラリーチェは、小さな村の村民に保護された。
裸足でふらふらと歩くクラリーチェを行き倒れだと思ったのだろう。手厚く看護された。
……本当は30分ほど歩いて、体力を使い果たしただけなのだが。
この小さな村は、行く当てのないクラリーチェを快く受け入れてくれた。
もちろんここでは侯爵令嬢クラリーチェではいられない。
一人の青年クラリオとして、村の様々な仕事を手伝っている。
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クラリーチェ「水くみ……お安いご用ですわ。
このクラリー……んんっ……クラリオにお任せあれ。
……これが、井戸?
このひもは何かしら?
まあ、この中に水があるということね。ちょっと手を伸ばせば届くでしょう。
あら?もっと深いのかしら……」
ぼちゃん。
井戸の底に落下したクラリーチェを、村の男衆総出で救出にあたる騒ぎになってしまった。
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クラリーチェ「畑仕事ですか?やったことはございませんが、完璧にこなして見せますわ。
これが、クワというものなのですね。
見た目より、軽いものですわね。
……いえ、これはきっと、この男の体だからそう感じるのね……」
5分後。
クラリーチェ「ふう。よく働きましたわ。そろそろ終わりかしら。
……え?夕暮れまでやる?おほほご冗談を。先ほど昼食をいただいたばかりで……
え?冗談じゃない?
……おほほほ……」
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クラリーチェ「体から、獣のような香りが……
おふろ……?お風呂?!
良かったですわ。その風習をご存じでしたのね!
わたくし、てっきりこの村の方はご存じないのかと……
キャ!なんで皆さんでお脱ぎになって?え?みんなで入る……?
いえ、いいえ!やめて!わたくしは脱ぎません!」
クラリーチェ「おトイレを、立ったままで……?なにをおっしゃってるの?
いや、良いです、実践してくれなくて、ちょっと……
ギャー!」
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クラリーチェは村では変わった青年と認識されていた。
だからこそ、より一層大事にされていると、クラリーチェも感じていた。
クラリーチェ「おそらく、隠しきれぬ気品を感じるのでしょう……
男の体も、村の生活も分からないことだらけですが、都会の箱入り娘だからと大目に見て下さっているのだわ……」
(村人A「なんぞあの人、けったいな人やんな」
村人B「なんでも、トイレも風呂もない、すんげえ田舎で育ったらしいずら」)
ふう、とため息をつく。
クラリーチェ「少し……少しだけ、慣れてきましたわ。
男の体にも……この村の生活にも……」
みな、親切にしてくれる。
かしずいて世話を焼いてくれるわけではない。うやうやしく差し出してくれるわけでもない。
肩をたたいて一緒に働き、自らの食料を分け、投げ渡してくれる。
貴族の時とは違うが、この村での生活も、悪くはな……
村人A「聞いたベ?なんぞ男爵様が養子を探して男を集めてるって……」
クラリーチェ「行きます!」
思わず、食い気味に声が出てしまった。




