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第7話『……無事で良かった!』

火野坂さんの引退騒ぎで今テレビが大騒ぎしている。


が、私はと言えば、何も変わらずお店で店員として働いているのであった。


これで良いのか? と思わなくも無いけれど、私に出来る事もない。


ただ、あの事件以降、火野坂さんとのことでお客様に話しかけられる事が増えた様に思う。


「麻衣ちゃん。大丈夫かい? 例のアイドルとの件」


「はい。私は大丈夫ですよ」


「そうかい? 何か困った事があったら言ってくれ。力になるよ」


「ありがとうございます」


なんて。テレビでたまに見る凄い人に話しかけられたりする。


オーナー曰く、孫みたいに思っているんじゃないかという事だった。


嬉しい事である。


皆さんがそう思っていてくれるのであれば、私もより一層頑張れるというものだ。


このまま火野坂さんの件も落ち着いていけば良いなと思っていたのだけれど。


事態は私が思っているよりもずっと悪い方向に進んでいる様だった。




その日もいつもと同じように店を出て、家に向かって歩いていたのだけれど、不意に路地から話しかけられたのだ。


「ねぇ、貴女。あの動画の子でしょ?」


「えっと、あの動画と言いますと」


「琉生の奴に決まってるでしょ!? アンタのせいで、琉生は、今大変な事になってるんだからね!?」


「え、っと」


「なんで琉生がアイドル辞めなきゃいけないのよ! これも、全部アンタのせいよ!!」


「落ち着いてください。私はただの友達で」


「言い訳するな! お前が消えれば全部解決するんだ!」


「こんなことをしても何にもなりませんよ!」


「うるさい!!」


その人は手にギラりと光る何かを持って、私に向かってきた。


それが包丁だと気づいた時には既に遅く、私はそのまま硬直してしまった


「危ない!!」


しかし、横から知らない人に突き飛ばされ、私は地面に転がる事で何とか助かったのであった。


女の人は私以外にも人が現れたからか、急いで元来た道を走って逃げていった。


危機一髪である。


助かった。と思いながら助けてくれた人に視線を向けると、そこにはラフな格好をした男の人が立っていた。


「大丈夫だった?」


「あ、はい。ありがとうございます」


「いやいや。怖いね。君が襲われているのを見て、走ってきたんだ」


「わざわざ、ありがとうございます。何かお礼をさせて下さい」


「お礼だなんて良いんだよ。人として当然の事をしただけさ」


なんて良い人なのだろうと感動しながら私は立ち上がり、改めてお礼を言った。


そして、そのまま自宅へ帰ろうとしたのだけれど、危険だし送っていくと言われてしまう。


そこまでして貰うのは申し訳ないし、少し先に行けば交番もあるから。と言ったが、よほど心配性なのか引いてくれなかった。


「でもさ。ここで別れて明日の朝刊とかに君の事が載ってたら悔やんでも悔やみきれないからさ。お願い! 人助けだと思って!」


「そうですか? なら、ご厚意に甘えさせてください」


「うん!」


そんな風に話をして、私は男の人と一緒に自宅へ向かって歩いて行った。


途中の交番によってさっきの女の人について話をしたら、見回りをして貰える事になった。


すぐに対応してくれる警察官さんにお礼を言いながら、私は歩き、ようやく自宅の前に着くのだった。


そして下のロビーで男の人と別れようとしたのだけれど、上の階に潜んでいるかもしれないと、まだ心配している様子だったので、一緒に着いてきてもらい、いよいよ家の前に着いて、ようやく安心したのか男の人は帰っていった。


私はもう一度お礼を言ってから、家の鍵を開けて、中に入り、扉を閉めようとしたのだけれど、何かに引っかかって閉める事が出来ない。


「え?」


よく見ると下の方に靴が挟まっていた。


そして扉を誰かが掴んでそのまま開かれてしまう。


「不用心だなぁ。駄目だよ? 会ったばかりの人間を信じちゃあ」


「え? え? なんで」


「何も分かってないみたいだね。ふふ。俺の目的は初めから君だったんだよ」


「え」


「動画を見てさ。可愛い子だなって思ってたんだよね。それにアニメ好きなんでしょ? 俺と同じだね」


「な、何ですか? 何を」


男の人は私を突き飛ばすと、玄関に入ってきて、扉の鍵を閉めてしまった。


そして私を見下ろしながら笑う。


「火野坂なんて止めて俺にしなよ。アイツのせいで事件に巻き込まれて大変だったでしょ? でも俺ならそんな事にはならないしさ。だから……」


私が恐怖に震える唇を何とか動かして、男の人に言い返そうとした時、チャイムが鳴った。


それは来客を告げるもので、私は助かったとばかりに、声を出そうとしたが、それを察知した男の人に口を押さえられてしまう。


私は何とか暴れて逃げ出そうとしたが、男の人に抑え込まれ、私のバッグから零れ落ちたハンカチを口にねじ込まれてしまった。


そして、玄関に置いてあったガムテープを手首と足首に巻き付けられ、動けなくされてしまう。


この間もチャイムはずっと鳴り響いていて、男の人は苛立った様子で覗き穴から外を見て、動揺したような声を上げた。


「な、なんでここに、風間が居るんだ」


その名前に私は再び声を上げようとしたが、声にならずうめき声の様になってしまう。


しかし、私の行動は男の人の気に障ったらしく、私はハンカチを口に入れられたままガムテープで口を塞がれてしまった。


そして、そのまま抱き上げられ、奥の部屋に連れていかれてしまう。


リビングのソファーに私を下ろすと、大人しくしておけと言い残して、男の人は玄関に向かった。


おそらく風間さんの相手をしに行ったのだろう。


何とかこの状況を伝えて助けてもらおうと私はソファーの上で動き、床に降りようとしたが、ソファーが柔らかく体が沈んでしまう為、動くことが出来なかった。


こんな事になるとは!


やたら良いソファーを買うんじゃなかったと私は後悔する。


しかし、甘えてばかりいられない。早く脱出しないと。


私はそう決意して、体をまた動かそうとした時、リビングの扉が勢いよく開かれた。


そして、その扉の向こうには私を見て目を見開く風間さんが立っており、その顔は驚愕に染まるのだった。


「麻衣ちゃん!!」


「んー!?」


私は風間さんに手伝って貰い、何とか脱出する事に成功した。


そして、何とかなったと一息吐こうとした時、私は風間さんに強く抱きしめられる。


「……無事で良かった!」


「ありがとうございます。風間さん。助かりました。でも、どうしてここに?」


「交番の人が怪しいと思って、河合さんに連絡してくれたんだよ。それで一番近くにいた俺が来たって訳」


「あぁ、そうだったんですね。良かったです」


「良くない! 偶然交番に居たのが麻衣ちゃんの知り合いの人だったから良かったけど、そうじゃなかったらどうなっていたか! 殺されてたかもしれないんだよ!? もっと用心しろ!!」


「っ、ご、ごめんなさい」


「あ、いや。怒鳴りたかった訳じゃ無いんだ。ただ、君が思っている以上に世の中は悪い人がいっぱい居るんだから、気を付けろって言いたかったんだよ」


「はい。そうですね。そうみたいです」


本当に。


風間さんが来ていなかったらどうなっていたか、想像するだけでも恐ろしい。


あの時の男の人は、酷く怖かった。


ずっと昔に怖い人に連れて行かれそうになった時と同じくらい怖かった。


それを今更ながら理解して、私は体が震えてくるのだった。


しかし、かつてお兄ちゃんがやってくれた様に。


風間さんが無事であった私を抱きしめて、無事を喜んでくれる。


その温かさに、私は少しだけ涙を流すのだった。

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