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第6話『いや……懐かしい物があるなって思ってさ』

今日は仕事が無く、家で一日ゆっくりしていようと思ったのだが、空いているのならという事でデートに誘われた。


という訳で今、待ちあわせの駅に向かって電車移動中である。


目印は駅前の何とかという偉人の像だが、そこは生憎と大勢の人で賑わい待ち人を探すのは難しい状況だった。


さて、どうするべきか。


メッセージアプリでは既に到着しているとのことだったのだけれど、何処にいるのか分からない。


別のもっと人が少ない場所にしようか。


なんて考えながら立ち尽くしていると、不意に肩を軽く叩かれた。


火野坂さんか? と振り返ったのだが、そこに立っていたのは見知らぬ人だった。


立ち振る舞いも服装も声も知っている人ではない。


「やぁ。久しぶり。元気にしてた?」


「えっと」


「あれ? 忘れちゃった? 俺だよ。俺。小学校の時、同じクラスだったろ?」


なんて言われても、覚えていない。


どうしようかなと対応に困っていると腕を捕まれ後ろに引っ張られた。


「俺の女に、なんか用か?」


「んだよ。彼氏持ちかよ。チッ。惜しいな」


「あ、あれ?」


「来るのが遅れてごめん。大丈夫だった?」


「えっと、はい。私は大丈夫ですが」


「良かった。でも、ビックリしたよ。麻衣ちゃんがナンパ野郎と話してるから、そういうのサッとかわすイメージだったし」


「あぁ、あれ。ナンパだったんですね」


「気づいてなかったんか。じゃあ次回から気を付けた方が良いよ。あぁいうの結構居るみたいだから」


「分かりました。あっ、そうだ。火野坂さん。助けて下さり、ありがとうございます」


「い、いや。大した事じゃないから。ほら、アニメみたいなシーンでむしろ俺も興奮しちゃったよ。リアルにあんなセリフを言える機会があるなんてさ。って、今思ったら結構失礼な事言ってたよね? ごめん! ごめんね!」


「いえ。嬉しかったですよ」


「え」


「私一人では対応出来ていなかったので」


「あ、そっち。いや。まぁ良いか。じゃあ行こう」


「はい」


私はそれから火野坂さんに手を引かれ、町に向かって歩き出した。




最初に到着したのは、この辺りでは結構大きなアニメ系ショップだった。


行ってみたいとは言ったものの、本当に来ることが出来るとは思わなかった。


何だか一人で来るのが怖くて、ずっと遠くから見るばかりだったけれど、中に入るとまた特別な感じである。


現在絶賛放映中のアニメや、来期より始まるアニメのポスターなど、これでもか。とばかりにアニメ関係の物で埋め尽くされていた。


「すごい。これが専門店なんですね」


「そう。どうだい? この品揃え。都内でもこれほど充実してる店はそう無いんじゃないかな。フフン」


得意げにそう語る火野坂さんはまるで子供みたいで、成人している男性の方なのに可愛いと感じてしまうのだった。


そしてそんな火野坂さんに手を引かれ、私は奥にあるCDのコーナーへと向かう。


そこには今期だけでなく、ずっと昔のCDも置いてあり、確かに相当凄いお店なのだという事がよく分かった。


「ん? これ」


「どうしました?」


「いや……懐かしい物があるなって思ってさ」


「これは、結構古いアニメですね。私が生まれる前」


『ネコ太探検隊』と書かれたその表面には可愛らしい二足歩行のネコが同じくらいの大きさの少年と一緒に歩いている絵が描かれていた。


昔のアニメらしいキュートな絵柄に何だか惹かれる。


私はこのアニメについて聞こうと、火野坂さんに話しかけようとした。


しかし。


「あの」


「ねぇ。もしかして! 火野坂琉生!? 本物!?」


「え? ホントに!? 嘘! 本物じゃん!! えー!? こんな所で会えるとか奇跡!?」


「あの! 握手して貰って良いですか!?」


「というか。アニメオタクなのって本当だったんですね!? 何のアニメ好きなんですか!?」


「私たちもアニメ好きでー。語れますよ!? あ。下の喫茶店とか行きません!? 私たちもちょうど時間あるし!」


怒涛の如く畳みかける二人に私は一歩後ずさったのだが、動いてしまったのが悪かったのか、その二人が私に視線を向ける。


火野坂さんに向けていた視線とは違い、その目は冷たい。


何だかお母さんの目を思い出してしまい、私は体を震わせてしまった。


「え? この人、誰? まさか彼女?」


「いやいや。あり得ないでしょ。こんな地味ーな子が彼女とかさ」


「ぷぷ。そんな事言ったら可哀想だよ。まぁ確かに服もメイクも全然イマイチだけどさ」


突然向けられた悪意にビックリしてしまったが、私はとりあえず勘違いがありそうだと何だか動揺している火野坂さんの前に一歩出た。


「先ほどから店内で元気にお話されてますけど。こちらはカラオケ店ではないので、声のボリュームは落とした方が良いと思いますよ」


「はぁ!? アンタに言われる筋合いは無いんだけど!?」


「あぁ、そうですね。確かに。いつもの空気で話してしまいましたが私が言うのもおかしいですね。店員さんを呼んできます。騒がしいお客さんに絡まれて迷惑していると」


「おい! 調子に乗ってんなよお前! アンタ火野坂の何なの?」


「え。友達ですけど」


「友達ぃ? たかが友達が、出しゃばってくんな!」


「いやいや。たかが友達がちっぽけな友情の為に、強大な敵に立ち向かうのがアニメの王道じゃないですか」


「だから何だよ! キモイんだよ! オタク!」


私は何とか説得しようとしたのだが、怒った一人の女性に突き飛ばされてしまった。


えぇー!? アニメショップならではの説得をしたつもりだったんだけど、駄目じゃったか……!


さて、ならどうしようかな。なんて呑気に私は考えていたのだけれど、事態は急速に最悪の方向へと走り出してしまうのだった。


「おい。何してんだ」


「あ、こ、これは違うの。この女が生意気な事言ってるから」


「そうだよ。子供のくせにさ。ね? そう思うでしょ?」


「舐めた口利いてんのはお前らだろうが、今ここに居る俺はアイドル火野坂琉生じゃない。ただの一般人だ。それにごちゃごちゃ話しかけて来て、俺の大事な友達を突き飛ばして、謝罪もない。ふざけてるのはどっちだ」


「そ、それは」


火野坂さんの怒りがまるで炎の様に背中で燃えている様に見えた。


強く握りしめた拳は今にも怯える女の子たちに振るわれそうで、私は急いで立ち上がり、火野坂さんの腕を掴んだ。


「暴力は駄目ですよ。例えどれほど腹が立っても、暴力を振るえばそれは悪です。異界冒険譚のアンリエットさんも言っていたでしょう? 『怒りによる暴力に正義は宿らない』って」


「そういえば、そんな事言ってたね……てかよく覚えてるね」


「つい最近アニメを全部見ましたから。ブイ」


「ふっ、アハハハ。そっか。そうだよな。アンリエットさんがそう言うなら、俺も見習わないとな」


火野坂さんはそう言って笑うと、二人を見て、そういう訳だからと言って背を向けた。


これ以上は話をしないという意思だろう。


そして向こうもこれ以上トラブルを起こすつもりは無いのだろう、何も言わずに去っていった。


だが、この時の事が動画に撮られていたらしく、火野坂さんは炎上してしまったらしい。


私は呟きアプリをやっていないので知らなかったが、後日面白がった土屋さんに掲示板を見せて貰いながら、事の顛末を教えて貰えたのだった。




【なに? エレメンタルまたスキャンダル?】


【もう騒ぐ連中に飽きたわ。何度目だよこの話題】


【いや、今回は火野坂の熱愛スキャンダルだから】


【あのオタク。恋愛出来たんか】


【人間の女に興味があったのか。驚きなんだが】


【いや、まだどっかのアニメキャラと結婚! みたいな話かもしれん】


【今回は三次元だ】


【確かにそれなら話題性があるな。で? 相手は?】


【一般人女性らしいぞ。動画上がってる。これ】


【ほえー。てか、友達って言ってるけど】


【いやいやアイドルだぞ? 恋人なんて言う訳無いだろ】


【そうだな(風間を見ながら)】


【風間も恋人では無いから(震え声)】


【あれは、何なの? セフレ?】


【いや、ワンナイトだろ。二回目以降の奴も結構いるけど、所詮ヤるだけだぞ】


【悲しい。それでマウント取ってる連中は虚しくならんのか?】


【虚しいからそれでマウント取るのでは?】


【笑う。辛辣過ぎんだろ】


【そう考えると火野坂は純愛してんのか。もう応援するしか無いじゃん。火野坂のファンがどうなってるのか知らんけど】


【そら発狂してるぞ。今も絶賛炎上中だ。説明しろとか何とか】


【説明もクソも動画で友達って言ってんじゃん。これ以上何聞いても友達だとしか言われんだろ】


【頭が悪いので】


【女アイドルオタクさん。悲しい生き物】


【言うて男オタクさんも、ついこの前、山瀬佳織の件で発狂炎上してるし、似たようなモンだろ】


【そういやそんな話あったな。イケメンと共演して食事したって話で炎上だっけ? 控え目に言ってアホなのでは】


【バカVSアホの戦いか。胸が熱くなるな!】


【アイドルさんとか俳優さんに迷惑かけんなよ。屑共】


【言うて一部が目立ってるだけだからね】


【ちなみにその一部が暴走して、女の子の働いている店を特定したって騒いでるぞ。そっちに突撃するってさ】


【いや、マジでモラルとか無いのか? もう通報だろこんなの】


【これでこの女の子の人生狂ったらどうすんだよ。少しは頭使え】


【使える人は行動してないから。使えないバカが暴走してんのよ】


【駄目だこりゃ】


【てか、この特定したって店、夕焼けの里じゃん。え? ここに行くの? ヤバくない?】


【何? 有名な店?】


【有名なんてモンじゃない。鳴村清が店主の店だぞ】


【マジかよ】


【いや、鳴村清って誰よ】


【伝説の料理人だよ。世界でもトップクラスに有名な人。弟子の河合風香も悪い意味と良い意味で有名だけど】


【多分悪い意味の方が強いだろ】


【いやー。どうだろ。あの若さであのレベルだからな。正直人間国宝ルートだろ。アイツ】


【性格さえまともならなぁ……河合風香】


【夏に暑くなければ最高って言うようなもんだし。無理なモンは無理だろ】


【あぁ、なるほど。その二人が居る店って事は、超有名人が大量に来てるって事ね】


【そういうこっちゃ。下手な事すれば国を敵に回す事になる】


【そら国宝レベルの偉人が居る店に犯行予告とか、まぁ考えるまでもないな】


【これが破滅RTAですか】


【まるで同情せんし。そのまま破滅していただいて】


【これで静かになるね】


【おい。ヤバいぞ。もっとヤバイ事になった】


【なんだ? もう店に突撃した奴が出たか?】


【いや、これ】


【火野坂琉生『ごちゃごちゃうるせぇ。もうアイドル辞める。これで良いんだろ』】


【こ、れ、は!】


【始まったな。動画じゃ落ち着いてる様に見えたけど実は相当ブチ切れてたんだな。火野坂】


【そりゃそうだろ。好きな女が傷つけられて笑ってるような奴は男じゃねぇ】


【ま、アイドルで相当稼いでるんだろうし。このまま引退して例の彼女さんと結婚かね】


【火野坂オタクさん完全敗北で笑う。良いぞもっとやれ】


【テレビで火野坂のオタトーク聞けなくなるのは少し残念ではあるな】


【まぁ言うて、彼女さんもかなり可愛いし、一緒に配信者でも始めれば良いじゃろ】


【オタクカップルで世界を盛り上げていけー】

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