第5話『どういう事だよ!? 麻衣ちゃん!!』
結局水谷さんの交渉は失敗し、私は変わらず夕焼けの里一本で働き続ける事になった。
でも、諦めきれない水谷さんは、どうか火野坂さんが仕事に行くように私からも言って欲しいという事で、上手く会話の中で火野坂さんに仕事へ行く様に言うのだった。
それに効果があったのかは分からないが、火野坂さんは前よりも仕事をよくする様になったと水谷さんは喜んでいた。
そんなある日。
最近ではお馴染みとなった二人が、リビングで火野坂さんのお金で買ったテレビを見ながら大騒ぎしていた。
「何を言っているんだ! どう考えても、最高の妹はリンリンちゃんだろうが! 兄貴。支援してって言われたら、お兄ちゃん全財産支援する準備が出来てるわ!」
「愚かね。至高の妹と言えば、ヒナコちゃんとアリアちゃんでしょ。可愛いの化身を見よ!」
二人はテレビの前で火野坂さんが持ってきた映像ディスクで再生したアニメを流しながら睨み合い、言い争いをしていた。
実に楽しそうだ。
私はそんな二人に飲み物の追加を持って行きながら話に参加する。
「「麻衣ちゃんはどっち!?」」
同時に問われ、私は一時停止されている妹姫というアニメの画面を見ながら考える。
十二人いる妹の中で私が一番可愛く感じる妹は……。
「カレンちゃんですかね」
「なん……だと……!?」
「終わりだ……!」
二人は崩れ落ちながら、ソファーにもたれ掛かった。
もう二人は見た事あるって言ってたし、再生しても良いよね。と思いながら私は続きを再生する。
そして、もはや定位置となった二人の間に座って、クッションを抱えた。
私が再生を押す事で再び動き出した画面では、妹の為にお兄ちゃんが奮闘する話が描かれていた。
それが当然とばかりに。
「……いいなぁ」
クッションに顔を埋めながら小さく呟いた言葉は画面の中に居るお兄ちゃんの叫びにかき消されたけど、私の中には静かに、確かに降り積もっていくのだった。
一度見始めたアニメは結局最終話を見終わるまで止まる事はなく、私達はすっかり夜遅くになるまでアニメを見続けていた。
途中何度か休憩を挟んだけれど、かなり疲れ、体を動かすと全身のあらゆる場所が悲鳴をあげている。
「そろそろ今日はお開きにしましょうか」
「そうだねぇ。という訳だから、さっさと帰りなさい。火野坂琉生」
「もう少し良いだろ。見終わった後の感想会しようぜ!」
「そういう訳にもいかないですよ。あんまり遅くなると風香さんが危ないですし」
「なら送っていけばいいだろ。いつもみたいにさ」
「それでも。あんまり遅くなったら駄目ですよ。明日も仕事ですし。ほら。火野坂さんも明日は朝早くから仕事でしょう? 水谷さんから聞いてますよ」
「だー。心奏の奴! 余計なことを!」
「はい。そういう訳で解散しましょう」
私は手のひらを叩きながらそう言って、二人を立ち上がらせた。
そして、外に出る準備をして、三人で歩く。
風香さんの家はここから歩いて三十分くらいだ。
夜風が涼しい道を三人で色々な話をしながら歩くのが私は好きだった。
「そもそも妹姫だけで最高の妹を決めようっていうのが間違ってると思うんだよ。神ガソダムだけで最強のガソダムを決めようって言ってるみたいなもんだ。他にも良いガソダムは居る」
「私は風車のガソダム好きだけどね。デザイン最高じゃない?」
「それはそう。だが、いくらパワーがあっても最強のガソダムにはなれない。そうだろ?」
「男の子ってそういう最強とか好きだよねぇ」
「ロマンだからな!」
「あっちも良い。こっちも良いじゃいかんのけ?」
「いかんから。こうなってるんだろうなぁ。俺だって好きな奴が一番のが嬉しいし。まぁ二番以下でも好きな事にかわりは無いけど」
「ふぅーん。麻衣ちゃんってその辺りどうなの?」
「私はあんまり争いは好きじゃないので。みんなが幸せなのが良いですね。だからどれだけ強いかより、どれだけ大切な人を守れるのか。の方が気になります」
「これが平和主義者って奴だよ。分かったかい? 男の子」
「ガソダム世界の指導者に聞かせたい言葉だ」
「聞かせたらどうなる?」
「知らんのか。戦争になる」
「もう終わりだよ。この世界」
なんて緩い話をしながら、夜道を歩いて風香さんの住んでいるマンションに送り届けた後、私は火野坂さんと一緒に歩いてきた道を戻る。
そして自分の部屋の前で火野坂さんに手を振りながら家に入るのだった。
それから部屋の片づけをして、すっかり深夜になってから私は眠りについた。
その翌日。
私は朝から鳴り響くチャイムの音に目を覚まし、玄関に向かい覗き穴から外を見ると、最近ではすっかりお馴染みになった風間さんが立っていた。
いや、でも家まで来るのは久しぶりかもしれない。
そんな事を考えながら玄関を開けると、風間さんが楽しげな様子で花束を差し出してくる。
「やぁ、麻衣ちゃん。久しぶりだね」
「そうですね。風間さん」
「前にも言ったけど、理仁って名前で呼んでくれよ」
「お断りしますね。風間さん」
「つれないな。ところで、バラの花言葉を知ってるかい? 本数によってその言葉は変わるんだが、ここには十一本ある」
「なんでしょうか」
「最愛さ」
「そうなんですね。勉強になりました」
「うん」
「はい」
「……終わり?」
「あ。ごめんなさい。お花。ありがとうございます」
「いや。構わないよ」
「そうですか。では」
「ちょいちょいちょい。待って待って」
「なんでしょうか?」
「今、花束を受け取ったよね? 嬉しかったんだよね?」
「はい。そうですね」
「じゃあ、何かお礼が欲しいんだけど」
「えっと、いくらでしょうか」
「現金渡せって言ってるんじゃなくて! デートしようって言ってるんだよ!」
「はぁ。なるほど。いつでしょうか?」
「今から。とか……どうだい?」
「今は……ちょっと出かける準備がありますし、昼からは仕事なので」
「なら夜はどうだい? 店が終わった後」
「その後は……あー。ちょっと待ってください。確認しますから」
「あぁ」
私はそう言うと、家から出てすぐ横の家に向かった。
そして、チャイムを鳴らすと、家主が出てくるのを待つ。
それから程なくして、火野坂さんが出てくると、私は今夜の用事について聞いた。
「お休み中申し訳ございません。今夜の予定について確認したくて」
「今夜? 今夜は、お願い先生を見る予定だろー?」
「そうだったと思うんですけど。別件の用事が出来て、そちらに行ってきても良いでしょうか?」
「あー。うん。良いんじゃない?」
「分かりました。ありがとうございます。風間さん。大丈夫ですよ」
私はまだ眠そうにしている火野坂さんにお礼を言って、風間さんにそう伝えたのだが、瞬間二人が私を挟んで爆発した。
「理仁!?」「琉生!?」
「「どういう事だよ!? 麻衣ちゃん!!」」
両サイドから挟まれて叫ばれてしまい私は頭を回してしまう。
そして、あれよあれよという間に、車に乗せられて、今日二人が働く場所だというスタジオまで連れ去られてしまった。
現地に着いてからも、二人の睨み合いは終わらず、私は両腕をそれぞれに掴まれたまま逃げ出す事が出来ずにいた。
「これはどういう状態だ?」
「あ。水谷さん。おはようございます」
「おはよう。で? 二人とも。何でここまで高垣さんを連れてきたんだ」
「「それはコイツが! ……真似すんな!」」
「はぁ。なんだか分からないけれど、本番までには何とかしてくれよ。こっちはそれどころじゃあ……って、そうか。良い事を思いついた」
水谷さんは頭を抱えていたのだが、私を見てハッとなり、笑う。
そして私を二人から引き離すと、二人に告げた。
「今から高垣さんには別件の仕事をお願いする。それが終わるまでに二人とも喧嘩を辞めていなかった場合、接触禁止だ」
「なにぃ!?」
「横暴だぞ! 心奏!」
「やかましい。トラブルばっかり起こして。いい加減にしろ!」
部屋の中に言葉を放った水谷さんは私を部屋の外に連れ出して一枚の写真と地図を渡してきた。
そして、私を見て真剣な声で語る。
「この場所に土屋海斗っていう男が居るから、ソイツをここまで連れてきて欲しい。手段は問わない。最悪生きてりゃ何でもいい。頼む」
「えっと、はい。分かりました」
「じゃあ、俺はこっちを何とかしてるから」
そう言うと、水谷さんは廊下を走って何処かへ行ってしまった。
忙しい人だなと思いながら、私はその指定された場所へと向かうのだった。
水谷さんに貰った地図通りにスタジオを出て歩いていた私はその古びた店の前に立っていた。
店の名前は『天竜』
麻雀のお店らしい。
二階へと上がる階段を上って、店の名前が書かれた扉を開くと、中にはあまり人が居ないようだった。
店員さんに声を掛けられ、土屋さんという人を探していると言うと奥に案内される。
そこにいたのはまだ小さな子供の様な男の子だった。
「ロン! 3900は4200」
そしてその子がオジサン達と一緒に麻雀をやりながら、今まさにアガった瞬間らしい。
「土屋君。君にお客さんだよ」
「僕に客ぅ? ファンなら後にしてよね。今僕は忙しいんだ」
「あ。いえ。水谷さんに依頼されてきました。そろそろ時間だから来いとの事で」
「悪いけどまだ途中だから。半荘終わったら行ってあげるよ」
「そういう訳にもいかないと思いますよ。水谷さんも時間が無さそうでした」
「メンドクサイなぁ。んー。どうしようかな。そうだ! じゃあお姉さんが僕の代わりに打ってくれるっていうんなら、行ってあげても良いよ? まぁ、どうせ出来ないだろうけど」
「分かりました」
「は?」
私は土屋さんにお願いして椅子に座らせてもらい、オジサン達によろしくお願いしますと頭を下げる。
そして、始まった麻雀に向き合った。
一応ルールとか打ちまわしは店の常連さんに教えてもらったから、分かる。
教えてもらった基本通りに、手牌を並び替えて、一枚取ってきた後、一枚捨てる。
それを繰り返して、手を少しずつ進めていった。
しかし。
「おっしゃ! リーチ!」
「ヤマさん意地が悪いなぁ。普段はダマテンなのに。可愛い子が入った瞬間それかい?」
「へっへっへ。逆に親切って言って貰いたいぜ。危ないって教えてあげてるんだからよ」
確かに。
それはそうだ。と私はオジサンの言葉に心で頷いた。
素人の私にはそうやって分かりやすい方が良い。
そして私はオジサンの捨ててある牌から危なそうな所を考えて、手から一枚選んで捨てた。
運よくその牌は当たりでは無かったようで、私はふぅと息を小さく吐いた。
それから次、また次とオジサンを避けながら手牌を作っていく。
が、オジサンが私以外の人からアガった事でこの局は終わるのだった。
「ふぅん。中々面白いね。君、名前なんて言うんだっけ? 確か心奏の知り合いなんだよね?」
「はい。そうですね。私は、高垣麻衣といいます」
「タカガキさんね。オーケー。さっきの話は無し。とりあえず一緒にスタジオ行こうか。オジサン達。そういう事だから。またね」
「おいおい。お嬢ちゃんは置いてってくれよ」
「ダーメ。心奏に怒られるかもしれないし。また今度ね。今度は一緒に来るよ」
「待ってるぞ」
「じゃあ行こうか」
こうして土屋さんと私は一緒にスタジオへ戻るのだった。