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第10話『いやー。酷い半月だった』

リビングに現れた琉生さんは私の近くに来ると、いきなり正座をして、頭を下げてきた。


「巻き込んでしまって、申し訳ない!!」


「あ、あの琉生さん!?」


「もっと上手くかわす方法があったのに、適当な対応をしてしまって、結果的に麻衣ちゃんを傷つけた。本当に、ごめんなさい!!」


「琉生さん。顔を上げて下さい」


土下座したままであった琉生さんは私の言葉に反応して上半身を起こす。


が、顔は下を向いたままだった。


「ほら、顔を上げて下さい」


「……」


私はそんな琉生さんの頬に手を当て、少し上に顔を向けてもらう。


琉生さんは泣いていた。


まるで幼い子供の様に。


「誰にだって失敗はありますよ。それに私たちは友達じゃないですか。どんな失敗も笑って許すのが本当の友達。って私の尊敬する方は言ってましたよ?」


「麻衣ちゃん……なら、せめて何かお詫びをさせて欲しい」


「お詫びですか。なら、そうですねぇ」


私は少し考えて、アッと思いついた事を口にした。


「でしたら、琉生さんの事を名前で呼んでも良いですか? とは言っても、もう何度か呼んでいますが」


「そんな、事で良いの?」


「えぇ。そんな事が良いんです。どうでしょうか」


「そんなの、駄目だなんて言えないよ」


「じゃあこれで仲直り。これまでの話は終わりです。……では、これからの話をしましょうか」


私は少し緊張しながら、本題へと話を移行してゆく。


理仁さんに頼まれた事。琉生さんのご両親に頼まれた事。


そして、私が望むこと。


「琉生さんは、これからどうしますか?」


「これから……か。俺は芸能界を、引退しようと思ってる」


「……そうなんですね。では引退されてからはどうしますか?」


「それについて、実はもう考えてあるんだ。ちょっと来てくれ」


私は琉生さんに手を引かれて、再び二階へと向かう。


そして先ほどは入る事が出来なかった琉生さんの部屋の中に入ると、机の上に置いてあった紙を手に取って渡してきた。


そこにはびっしりと埋め尽くされた文字があり、目で追ってみればどうやら物語の様だった。


「これ、書いてみたんだ。最初は漫画家を目指そうかと思ったんだけど、自分でもビックリするくらい絵が上手くなくてさ。でも、文章はかなり自信があるんだ。これでも本は沢山読んできたからね」


「こちら、読んでみても良いですか?」


「お、おう。どうぞ!」


私は床に座り、琉生さんの描いた物語を読み始めた。


琉生さんは落ち着かないのか。椅子に座ったり、ベッドに座ったり、部屋をウロウロと歩き回ったりしていたが、最後はベッドに横たわり、顔を枕に埋めてしまった。


これでようやく落ち着いて読めると、私は改めて琉生さんの物語に入っていった。




その物語の主人公は、内気であまり人と接するのが得意ではない貴族の少年だった。


彼には町民にも慕われる立派な両親が居たが、彼はそんな両親と自分の違いに悩んでいた。


どうして自分は両親の様に立派であれないのか。どうして自分はもっと強くなれないのか。


その悩みは彼を孤独に追いやり、彼は一人で少年時代を過ごす事になる。


しかしそんな彼に転機が訪れた。


それは母の弟さんとの出会いであった。


彼は孤独の闇の中に沈んだ主人公の傍に座り、彼の事を知ろうとしてくれたのだ。友になろうと言ってくれた。


そんな彼に主人公はいくつもの冒険譚を聞かせてもらった。


それは恐ろしいドラゴンから町を守った英雄の話であったり、巨神像を操って大いなる敵と戦う物語であったりした。


それらの物語はどれも胸を躍らせるような物ばかりであり、主人公はすぐその物語に夢中になった。


そして、何よりも主人公の胸を熱くさせたのは、どんな素晴らしい物語も、主人公は皆少年の様に臆病であったことだ。


いつだって恐怖に怯えていた。逃げ出したい気持ちがあった。それでも、彼らは皆、守るべきものの為に立ち向かっていった。


恐ろしい敵に。


そんな彼らを見て、少年は思うのだ。自分も彼らの様になりたいと。


そして少年はそのちっぽけで、大きな夢を叔父さんに語った。自分もヒーローになりたいと。


叔父さんはそんな彼の夢を聞き、彼の為に大いなる勇気の歌を授けた。


広大なる海へ旅立つ猫と少年の勇気を讃えた歌を。彼は授けられたのだ。


叔父さんから貰った勇気を胸に、少年は世界に向かって挑む。叔父さんが病という名の強大なる敵に敗北し、その命を散らしても、少年は困難に立ち向かったのだ。


しかし、そんな彼に世界は冷たかった。


子供じみた冒険譚を否定し、叔父さんが授けてくれた勇気を嘲笑した。彼が残してくれたものを破壊した。


荒れ狂う様な少年の情動が、世界に対する憎しみへと変わろうとした。


だが、そうはならなかった。


少年にはまだ心に灯った勇気があったからだ。希望があったからだ。誰かの勇気になりたいという願いがあったからだ


その勇気を胸に、彼は両親と相談して、世界を旅する勇者の仲間となった。


少年の仲間は皆、才気あふれる者たちばかりであった。


無論問題も多くはあったが、しかしそれを含めてもなお、皆魅力的な人間ばかりであった。


少年は彼らと共に多くの困難に挑み、多くの人に希望の光をもたらしてきた。


しかし、世界は少年が旅に出る前と何も変わらず悪意ある者や敵が蠢いていた。


その悪意は常に少年に襲い掛かり、少年はその中で抗い続けた。


戦いの日々だった。


そんなある日。少年は一つの出会いをした。


それはとある食堂の看板娘だった。


いつも控え目で、自己主張しない彼女は、クールで格好いい存在であったが、その反面酷く弱い所もあった。


でもだからこそ、彼女がたまに見せる笑顔はとても可愛らしいのだ。


彼女はいつも人と距離を取っていた。


彼女は人の幸せを願いながらも、自分の幸せを願う事は無かった。


彼女は小さな世界をとても大事にしていて、その世界を守ろうと必死だった。


彼女は……少年の夢を笑わなかった。とても良い夢だと、微笑んでくれた。叔父さんの様に。仲間達の様に。


勇者の一行でもない。貴族の子供でもない。ただ、一人の人間として見てくれたのだ。


それが、少年にとって嬉しかった。


だから少年は彼女と過ごす日々が楽しかった。世界はこんなにも素晴らしいのだと思えた。


でも、少年は忘れていたのだ。この世界は、悪意に満ちたものであるという事を。


少年の行動は小さな物を守ろうとする彼女を巻き込み、彼女は世界に傷つけられた。


少年は……。少年は、これから……。


「……ふぅ」


一気に読み切ってしまった。


恐らくは琉生さん自身の人生であった物語を。


そして、恥ずかしながらこの看板娘というのは私の事なのだろう。多分。きっと。自惚れでなければ。


自惚れだったら非常に恥ずかしいのだけれど。


いや、冷静に考えると格好いいとか可愛いとか言われているし、別人かもしれない。


や。これは小説なんだし、美化するのは当たり前か……いや、それでも、いや、うーん。


「どう、だった?」


「えぇ、良い物語でしたよ。とても面白かったです」


「一億部くらい売れて、アニメ化するかな」


「それは、どうでしょうか。世界の反応次第な所はありますね」


私の返答に琉生さんは枕に顔を埋めたまま呻いた。


悶えて、ベッドの上で転がっている。


少し声を掛けない方が良いかなと考え、私は何も言わないまま琉生さんの物語が描かれた原稿用紙を机の上に置いた。


その際に、飾ってあった一枚のCDを見つけてしまった。


『ネコ太探検隊』


いつかのアニメショップで見ていたそれは、ケースにヒビが入り、割れていた。


中身は大丈夫だろうが、それでも亡くなった叔父さんの大切な遺品であっただろうそれを壊されてしまった琉生さんはどんな気持ちだったのだろうか。


自分の気持ちを否定され、大切な思い出を踏みにじられる。


それは、どれほどの痛みであっただろうか。


私には想像する事しか出来ない。


でも、耐えがたい苦しみである事は確かだった。


「……? 麻衣ちゃん?」


「ごめ、んなさい。見るつもりは、無かったんですけど」


「泣いてるの?」


ベッドから立ち上がった琉生さんが私の所に来ると、そっと私を抱きしめた。


まるでガラス細工の宝物を手にする様に、優しく。


こんなつもりでは無かったと、私は涙を振り払って、琉生さんを見据えた。


「琉生さん。一つ聞いても良いですか?」


「あ、あぁ」


「この物語。続きが書かれていませんが、この後はどうなるのでしょうか」


「この後は……この後は、どうするか、まだ決まってないんだ」


「……」


「家に帰って家業を継ぐか、一人で旅を始めるか……」


「勇者さん達と、また旅を始めるか」


「っ! 麻衣ちゃん?」


「琉生さん。きっとこの看板娘さんは、食堂で待っていると思いますよ。いくつもの冒険を乗り越えて、誰かの希望となれたエピソードを聞く日を」


「でも、俺は、怖いんだ。いつか、全部壊れてしまうんじゃないかって、思うと」


「大丈夫ですよ。勇者さん達はいずれ世界を救う人たちでしょう? ちょっとやそっとの困難じゃ負けません」


「看板娘ちゃんは!! 麻衣ちゃんは、そんなに強くない!」


「そうですね。お察しの通り、非常に弱いです。でも、私には凄く強い味方が居るんですよ。この国でトラブルが起こるなら別の国に行こうかと言ってくれるお姉ちゃんがいます。どんな強大な敵にも負けないオーナーが、お爺ちゃんがいます。私の危機に手を差し伸べてくれる大切なお友達が居ます。私は一人じゃないんです」


言葉を重ねて、想いを重ねて、琉生さんは崩れ、泣きながら私に抱き着いていた。


まるで子供の様であるが、いつだって強くいられるほど人は強くないのだ。


こうやって泣きたい時くらいあっても良いだろうと思う。


それから彼が泣き止むまでそうしていた私だったが、日もすっかり落ちた夜になって、琉生さんは私に一言謝って家を飛び出していった。


私はと言えば、琉生さんのご両親の勧めで家に泊めてもらい、翌日テレビのニュースでエレメンタルの皆さんが謝罪会見を開き、また同じ四人チームとして活動する事を聞いたのだった。


そして、琉生さんのご両親と喜び、落ち着いた頃を見計らってまた店に、私の世界に戻る事を決めるのだった。




【いやー。酷い半月だった】


【ほんそれ。毎日の様にエレメンタルのスキャンダル見て頭おかしくなるかと思ったぞ】


【噂じゃ例の火野坂と一緒にいた可愛い子を守るためにスキャンダルをわざと起こしてたって話だが】


【スキャンダルってわざと起こせるモンなのか】


【エレメンタルクラスになると余裕だろ】


【河合風香とか陽菜ちゃんもいけそう】


【それ言うなら、立花光佑が一番余裕では? 女と一緒に何かするだけで炎上するぞ。相手が】


【酷すぎて笑う】


【もう炎上王決定戦でも開けよ。最強を決めろ! みたいな】


【どっちかって言うと最狂では】


【どっちでもえぇわ】


【で? 結局どうなの? 火野坂はあのかわい子ちゃんと付き合うの?】


【さぁ? 情報はゼロ。店に突撃したアホも犯行予告したアホもみんな逮捕されたし。真相は不明デス】


【どっかの雑誌じゃあ風間と逃避行してたなんて話もあったが、そっちも詳細不明】


【何もかもが謎か】


【まぁエレメンタルオタク以外興味無いからな。ぶっちゃけ】


【確かに】


【でも風間のお手付きだと思うと、なんかガッカリするな。結局イケメンなら何でも良いのかっていう】


【僻むな僻むな。鏡を見て冷静さを取り戻せよ】


【せやな……ん? どうしてこんな所に割れた鏡が】


【ブチ切れて破壊してんじゃねぇよ】


【冷静さとは……(哲学)】


【耐えられなかったんだろ。現実に】


【でもまぁ俺らより発狂してる人々が居るので】


【火野坂オタクさん……哀れ】


【まぁ騒げば今度こそ火野坂引退だしな。今回戻ってきたのも言ってないけど、多分彼女さんの説得だろ。ファンはマジで感謝しろよって感じだよな】


【まぁ殺人未遂されて、暴行未遂されて、殺害予告とか、脅迫状やらやりたい放題されて、ネットで言いたい放題されて、それでも火野坂を求める人が居るんだからって芸能界に戻る様に説得したんだろ? 女神かよ】


【だから火野坂も惚れたんだろ】


【火野坂は一途な男だったか。珍しいな】


【いやいや。エレメンタルは風間以外全員一途だろ】


【そうなの?】


【水谷はずっと山瀬佳織の信者だし】


【信者? 片思いとか、恋人とかじゃなくて? 信者……?】


【あぁ、なんか神棚作ってて、そこに山瀬佳織の写真を飾ってるらしい。神らしいぞ】


【水谷もエレメンタルの一員だったんやな。なんか安心したわ】


【ただ胃を痛めてるだけの苦労人じゃなかったんだな】


【別に胃を痛めてるのは事実だろ。それはそれとして狂ってるだけだぞ】


【それはそれとして狂ってるとかいうパワーワードやべぇな】


【まぁエレメンタルだし】


【この圧倒的説得力よ】


【火野坂は例の彼女で納得だが、土屋は?】


【ハイリスクハイリターンとかじゃないの?】


【いや、ここはバジリスクだな。俺は昔あれで十六万稼いだんだ】


【深い衝撃さんじゃないの? 最強の馬とか好きそう】


【残念ながら全員外れだ。公式HPにある土屋の初恋欄に書いてあるのは『清一色二盃口赤赤』だな】


【麻雀やってる奴にしか分からない魔法の呪文を唱えるな】


【11役か三倍だけど、なんか二役欲しいな】


【立直自摸で数え行くじゃん?】


【いや、それ入れたら運ゲー感が強くなるだろ。あくまでダマテンだから格好いいとかじゃねぇのかな】


【ドラ二つ乗せればそれで良いだろ】


【逆に三倍満だから格好いい説を推したい】


【どっちかって言うと二盃口が三役なの冷静に考えておかしいだろっていう訴えの可能性も】


【いやいや、ここはまず三倍満があまりにも空気という所から考えていくべきではないだろうか】

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