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第1話『……放置、って訳にもいかないよね』

人生とは嫌なことが積み重なった物である。


学生であればクラスメイトと、社会人であれば同僚と。


特に気が合わない相手であっても好意的に接しなくてはいけない。


それが社会で生きるという事だし。人間社会で生きているのなら当然だとは思う。


ただ、そう。嫌なこととは面倒で厄介な事なのだ。


やらなくても良いならやりたくはない。


でも生きていく為には必要だからやっているだけだ。


そして、そういう事は何も外だけではない。


家庭という所にも存在している。


私の家は、まぁなんてことはない普通の家ではあるが、ちょいと面倒な家でもある。


母は私の兄が大好きな人で、兄の為に必要だからと全てを兄に捧げてきた。


それは時間とか、お金とかもそうだが、細かい所を挙げていけばキリがない。


とにかく母にとって兄は全てだった。


兄が成功する為にはあらゆる全てを捧げる必要があると、常々語っていた。


私はと言えば、お小遣いもなく、お年玉も奪われ、高校からやっていたバイトも半分ほど奪われてきた。


それが腹立たしくもあったけど、いつか家を出る事を夢見て頑張ってきたのだ。


そして、高校を卒業すると同時に家を飛び出して、あるレストランで働き始めた。


そのレストランのオーナーが凄く良い人で、私はその人の紹介でちょっと高級なマンションに格安で住めるようにもなった。


全ては上手くいっていた筈だった。


しかし。嫌なことは向こうからやってくるという事を私は忘れていた。


働き始めてから買った携帯電話に、よく知っている電話番号から掛かってきたのである。


私は嫌々ながらその電話に出る事にした。


「……もしもし?」


『もしもし!? 麻衣!?』


「聞こえてるから、あんまり耳元で叫ばないで」


『貴女。今どこにいるの!?』


「何処って。言いたくないけど」


『言いたくないって、それが親に言う言葉!? ここまで育ててあげたのに』


あぁ、やかましいな。本当に。


ようやくあの家から抜け出せたっていうのに。


「……用が無いのなら、切るけど」


『麻衣。貴女、働き始めたんでしょ? なら家にお金を入れる必要があるんじゃないの?』


「そんな必要感じないけど」


『なんて酷い子なの!?』


ギャアギャアと騒ぎ始めた電話を今すぐ切りたいが、どこから知ったのか私の番号を知った以上、話が終わるまでアホの様に電話を鳴らすだろうから、とりあえずは付き合わないといけない。


実家の番号を着信拒否にしても良いが、そうすればまた別の手段で連絡を取ろうとするだけだろうし、ある程度は付き合う必要もあるだろう。


面倒だ。


「そういう子に育てたのは貴方達でしょ。良かったね。子育て成功して」


『貴方ね!!』


「そもそもさ。なんでお金必要なの? お父さんはまだ働いてるんでしょ?」


『それは、そうだけど。お父さんがお兄ちゃんの塾のお金は出せないって言ってきたのよ』


「はぁ」


『お兄ちゃんは良い大学に行くべきなのに、三浪もしたのだから、諦めるべきだって言って、本当に信じられないわ! ねぇ、分かるでしょ?』


全く分からない。興味も無い。


「そういう話なら、まずはお父さんと交渉して。私は貯金なんて一円も無いから。日々の生活でいっぱいいっぱいなの」


『それはそうなのかもしれないけど。それでも少しくらい節約できない?』


何で私が我慢してお前らの為に頑張らないといけないんだ。意味が分からない。


相変わらず、何年経っても変わらないんだなと嫌な気持ちがムクムクと湧き上がってきた。


「無理。節約してどうにかなる状況じゃない。私は今働いてるんだよ? そんな余裕あるわけ無いでしょ。そんなにお金が欲しいなら、お母さんが働けば良いでしょ!?」


『そんな、私、だって働いた事無いし。それは出来る人がやれば良いと思うの。私はお兄ちゃんとお父さんを支えないといけないし』


「ならお父さんに言って。とにかく私は無理だから」


『麻衣……!』


「じゃあね!!」


私は携帯を切って、衝動的に実家の電話番号を着信拒否した。


とりあえず別の解決手段は伝えたし、私と連絡が取れない以上、そっちに行くだろう。いってほしい。私は願う事しかできないけど。


そして大きなため息を吐きながら、携帯を見つめた。


番号の変更とかってどうやるんだろう。また窓口の人に聞かなきゃなぁ。


「……ハァ」


「大変だねぇ。麻衣ちゃん」


「っ!? 風香さん。居たんですね」


「まぁねぇー。ちょっと休憩しようと思って、こっち来たら、なんか麻衣ちゃん電話してたから静かにしてた」


「それは、ありがとうございます。後、ご迷惑おかけして申し訳ありません」


「いやいや。気にしないでちょうだい。私は気にしてないし。ここには私しか居ないしね?」


「……はい」


風香さんはナハハと笑うと、多分風香さんが持ってきたであろうジュースとデザートのケーキを私の前に移動してきた。


そして、自分の前にあるケーキを食べ、ふむふむと呟く。


「ビッミョー。なんか足りないんだよなぁー。麻衣ちゃんも食べてみて。感想教えて。教えて」


「は、はい」


私は言われるままに椅子に座ってケーキを口にした。


とんでもなく美味しい。


でも、風香さんはジッと私の感想を待っている。


それに緊張しながら、私は何とか感想をひねり出した。


「えっと、なんか、少し甘すぎる様な気がします、かね」


「なるほどね。サンクス! 次は少し控え目で作ってみるか」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。素人意見ですよ!?」


「うん。知ってるよ。でも、私達が料理食べて貰うのって、その素人さんなんだよね。なら、素人さんの意見が一番大事じゃない?」


「それは、そうかもしれないですけど」


「ま。味の調整はこっちでやるけどさ。プロを気取って、プロにしか分からない物を作ったってしょうがないって訳よ。人類の殆どは素人だからね」


そうなんですね。と頷きながら、ケーキを食べる。


これで物足りないのかと、風香さんやオーナーの感覚に驚くが、このレストランではこれが常識だ。


イチイチ驚いてはいられない。


「そういえばさっき話聞いちゃったけどさ。お金ないって言ってたけど大丈夫? 貸す?」


「あ、いえ。お金に関しては、ちょっと例の関係で使ってるだけなので、気にしないで下さい」


「あぁ。アニメ? なら良いか。使いすぎは駄目だよー」


「は、はい。気を付けます!」


怒られなくて良かったと安心しながら、休憩を終わらせてまた店に出た。


ホールスタッフとしてお客さんへの接客を始める。


この店は基本的に礼儀正しい人が来るので、トラブルらしいトラブルは今の所当たった事が無いのだが、今日はいつもとは違うようだった。


とあるテーブルに居たカップルが口喧嘩を始めてしまったのだ。


既にその声は周りのお客さんが気になる程であり、私はとりあえずその喧嘩を止める為にテーブルへと向かう。


「あの。お客様。大変申し訳ございませんが、少々声を抑えていただけます様、お願いいたします」


「何よ!? 私が悪いって言うの!?」


いや、まぁ、その通りなんだけど。「そうですよ」という訳にもいかず私は申し訳ございませんが、と言葉を繰り返した。


そして、どうやら発狂しているのは女ばかりで男の方はまともそうであった。


その為、私は何とかしろという気持ちを込めて、男の方へと視線を送った。


「あー。悪いね。店員さん。迷惑だろうし。店を出るよ」


「申し訳ございません。ありがとうございます」


「会計お願いできる?」


「はい」


私はとりあえず、会計を終わらせてそれを持っていくと、既に女の方は店から出ており、男の方に手渡して事態は解決したのである。




これで、面倒ごとは終わった。と思っていたのだが、そうはならなかった。


レストランでの仕事を終え、家に帰る途中に雪がチラついてきたのだが、ふと公園のベンチで誰かが横になっているのを見つけた。


これから寒くなってくるし、何かあったら大変だと様子を見に行ったのだが、そこに居たのは店で騒いでいたカップルの男だった。


「……放置、って訳にもいかないよね」


いっそ無視して帰ろうかと思ったが、男は息を荒くしているし、気分が悪そうだし、見捨てる事は出来ないと、私はさっき別れたばかりの風香さんに連絡をした。


そして、風香さんに手伝ってもらい、家に連れて行って、布団に寝かせたのだが、風邪を引いたのか辛そうにしていた。


ただ放置する事も出来ず、私は熱にうなされている男の人を一晩中看病し続けるのだった。

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