1-3 「……でも」
相対するそいつは、見るからに炎を纏い、こちらを激しく警戒していて……それはこのダンジョンのモンスターであるなら、当然の反応だった。
そいつが、モンスターであるなら。
「ぐるあぁっ!!!」
そいつは、人の……少女の姿をしている。
妾の頭がようやく明瞭になってくる。状況の点と点が線で繋がる。
そうだ、こいつは妾の奇跡で先ほど"人間"になったモンスターで……おそらくこの部屋の周囲に住んでいたフレイムリザードの内の一匹だ。
もっとも、その少女は元のフレイムリザードとは姿はかけ離れている。
しかし、その獲物を狙う静かな目、敵に気取らせない上級モンスター特有の気配遮断、そして何より手繰る業火の威力は他に類を見ない。
此度の妾の「ダンジョン内のモンスターを人間にする」という奇跡は、かような形で実現したようだった。
人型になろうがなんだろうが所詮はモンスター。当然冒険者を見れば襲いかかってくる。
じゃが、こちらもその危険は承知の上。
このアステルという男、単身でダンジョンの最奥たる妾の下に辿り着いた冒険者なのだ。
500年間、単身でここに辿り着いた者はほぼいない。ましてや、聖杯への願いが目的でない者など尚更だ。
その強さ、今こそ発揮してもらおうではないか!
「るるるぁっ!!!」
「ぐああああああ痛い痛い痛いっ!!!!!」
……は?
「お主、何をしておる!先ほどのように剣を抜かんか!」
右腕を思いっきり噛まれて流血しているアステルに駆け寄る。
うわぁ、グロい。歯がぶっ刺さって骨まで見えかけておる。
「……ダメだ!人間を殺せるわけないだろ!」
「阿呆!人間ではないわ!そやつはモンスター、フレイムリザードじゃ!」
っていうかさっきここに来るまでに思いっきりぶっ殺してたじゃろお主!
「えっ!?でも人間の姿してるじゃん!!」
「じゃから、お主の願いを妾が叶えたからそうなってるんじゃ!!!」
「…………っ!」
それでも、アステルは動かない。先ほどまで振るっていた剣を抜きもしない。
「さぁ早く!このままじゃとお主が殺されるぞ!」
「……でも」
そうして、アステルは息を大きく吸い込んだ。
「────でも今は人間なんだろっ!?だったら話せるはずだ、対話できるはずだ!!違うかっ!?」
……こやつ、気が触れておるのか!?!?
強がりで言っているのではない。
額に脂汗を浮かべて、今も歯を食いしばりながら痛みに耐えている。
何が……何がこやつをここまで駆り立てるっ!?
人間の姿をしているというのは……こやつにとって何なのだ……っ!?
「──コイツは今、"独り"なんだっ!ダンジョンの中でいきなり人間の身体にされて、目の前には自分の住処への侵入者がいて、自分を守るために必死で戦ってる……っ!」
「……っ!」
────独り。
アステルは、仲間がほしくてここへ来た。
だって、独りだから。
独りは、寂しいのだから。
こやつ……アステルは自分とこの少女は同じだと言い放ちおった。
阿呆。
誰がどう見ても対話などできる相手ではなかろうに。
────だというのに。
「妾の手を取れ!"その者と話したい"と妾に願えっ!」
気が付くと、妾は勝手に手を伸ばし……アステルの左手を握っていた。
「ありがとう。俺は話したい、心を通わせたい。このダンジョンのモンスターたちと!」
アステルのその言葉だけで、奇跡を起こすには十分だった。
────世界が、光に包まれた。
「ううっ……グレイナ、無事か?」
「妾は問題ない。それよりも、奴じゃ」
アステルと共に部屋の隅で倒れたフレイムリザード少女を見やる。
先ほどの奇跡の光が目くらましに効いたようで、うずくまっている。
が、それでも少女は動き出す。
「出て、いけ……私の、居場所から……出て、いけ……うぅ……」
聞こえる。少女の声が。
弱弱しく、どこか怯えた声。
先ほどまで、こんな弱気の少女と戦っていたというのか。
「ああ、出て行くよ。君の居場所を荒らして悪かった」
「…………っ!?」
妾の奇跡で言語が通じるようになったことを理解したのか、それとも事実に理解が追い付いていないのか……少女が目に見えてたじろいでいるのがわかる。
「お、お前……喋れる、のか……?いや、それよりも、私はどうして、こんな、姿に……?」
「……もしよければ、なんだけど。君が人間の姿になった理由と、これからについて俺から話してもいいかい?」
アステルはゆっくりと膝をつき、ポケットから干し葡萄を少女に手渡す。
フレイムリザードだった少女もまた、ゆっくりと警戒の炎を解き、渡された干し葡萄をそっと手に握る。
それは、誰の目からも明らかな停戦の意思であり……アステルの意志が貫かれた確かな証拠であった。