1-2 「寂しかったわけではない!ただ人間に興味があっただけじゃ!妾を愚弄するなぁ!」
「……うわぁっ!」
目を開いた冒険者はそう叫ぶと妾──そう、聖杯そのものであり、今は自らの奇跡によって美少女の肉体を得た謎多き魔女──の両脇の下に差し込まれた手を即座に離しおった。
もちろん、その反応は想定済みだった。むしろ、いきなりこんな美少女が現れて全く無反応な方が驚くというもの。
妾の身体は地面に落ちることなく、魔法でふわふわと宙を漂い着地する。
「ふん、いきなり情けない声を出すでないわ。それに、お主の恩人であるこのグレイナ様の美しい身体に傷が付いたらどうしてくれる?」
「グ、グレイナ……?」
グレイナ。その名前を名乗ったのは実に500年ぶりだろうか。
「そうとも。妾の美しき御名である。お主も今後はグレイナと呼ぶがよい」
えっへん、と胸を張ってみたはいいものの……どうにも140cmの身長では迫力は出なかった。
────聖杯。
その起源はこのダンジョンの成立よりも古く、詳しく語るにはそれこそ1年かけて毎日寝る前に語りかけてやらねばならない長さなので、その辺は省略するとして。
妾という個が聖杯の中に芽生えた時、それは既にこのダンジョンの部屋にあった。
周囲を見渡しても壁、壁、壁。
ただ一人、このダンジョンを作り上げた者だけが妾に語り掛けた。
「グレイナ、お前はここで冒険者たちの願いを叶えてやるんだ。それが、お前の生まれてきた意味なのだ」
そう言い残し、その名前も知らぬ誰かは姿を消した。
それから500年、その者は二度と妾の前に姿を現すことはなかった。
以降の日々は、目まぐるしいものだった。
たまに来る冒険者たちは妾の奇跡を前に願いを叶えるための争いを始めたり、そもそも気が触れている奴であったりと、およそ話しかけられる雰囲気ではなかったので黙って奇跡を起こし続けた。
人の願いというものの価値は妾にはわからぬ。
ただ、願う者たちを見ている内に妾の願いを叶えてみたい、と思うようになった。
それが300年ほど前。
その内、自分でも自らの願いを叶えてみようと考え、実践した。
しかし、そのどれもが失敗に終わった。
妾は聖杯であるが故に、自らの願いを自分の奇跡で叶えることはできない。
奇跡とは、魔法でも到達できぬこの世の理を覆す行い。
それを思うがままに振るえる意思があってはならないのだと、妾は200年かけて理解した。
それからの100年は、だんだんと訪れる数の減っていく冒険者たちを見ながら「どうやって話をするべきか」ということを考えた。
ある者は国を救うため、大量の犠牲者を出して妾に願いを捧げた。
ある者は既に人の形を保っておらず、ただ悪意だけを願って消えた。
ある者は己の家族のため最期の願いを妾に託し、この部屋で息絶えた。
まぁ要するにこの冒険者が訪れるまで妾にはまともな話し相手すらいなかったということであり、同時に外へ出るチャンスもなかったということだ。
「……な、なるほど」
「そこへお主……名をアステルと言ったか?アステル、お主が通りかかって初めてこうして言葉を交わしておるのよ。妾にとって、これはチャンスでもあるというわけじゃ」
「ええと……寂しかったとか外に出たかったってのはわかるんだけど、それと女の子になっちゃったことに何か関係があるのか?」
「寂しかったわけではない!ただ人間に興味があっただけじゃ!妾を愚弄するなぁ!」
「わ、わかったよ、わかったから……ほら、落ち着こう、な?」
「……むぅ。頭を撫でればいいというものではないわ、たわけ」
じゃが、こうして撫でられるのは存外にも悪くない。もっとするがよい。
「で、グレイナはどうやって女の子になったんだ?」
「うむ、それはじゃな────────」
────────ヒュッ。
得意げに語ろうとする妾の頬を、何かが高速で掠めた音がした。
頬を掠めた何か……それが妾の頬に触れた瞬間、凄まじい高温であることが伝わって────
「あっっっっっっつ!!!!!!!!!」
いや熱っ!!!!!!!
っていうか痛っ!!!!!!
なにこれ????
人間の身体ってこんな脆いの?????
妾、聞いてないんだけど???????
「────グレイナ、俺の後ろに隠れてくれ」
気が付くと妾と"それ"の間に、アステルが戦闘態勢で立っている。
「俺は誰かを守りながら戦うのは不慣れだ。だから、どうにか頑張って俺の後ろから離れないようにしてくれ」
"ぐるるるるるるるるるっ…………!"
この部屋に先ほどまでなかった殺気と視線。
敵。
そう、敵だ。
そいつは少女の姿で炎を身に纏い……"人"でないことは誰の目にも明らかで。
「ぐるぁっ……!」
目の殺意だけが、こちらを向いていた。