1-1 「ダンジョンで強くなれば、冒険者たちの仲間になれるんじゃないか?」
ダンジョン最奥にたった一人で辿り着いたぼっち冒険者は、聖杯に語る。
「このダンジョンのモンスターを全部人間にしてしまえばいい」
聖杯は願いを叶えた。
そうして、万能の美少女が隣に現れた。
「でりゃああぁっ!!!!!」
……一閃。
振り返るまでもなく、俺の足元には真っ赤な頭部が転がっていた。
フレイムリザード……このダンジョンの中でも特に上級に類するモンスターの、そのトカゲに似た頭部は完全に生命活動を停止していた。
どさり、と味気ない音を立てて、先ほどまで俺と死闘を繰り広げていた奴の身体が崩れ落ちる。
……ふぅ。
……やった。
「……やったああああああっ!!!!」
…………………………。
目の前には宝物庫への扉。虚しく雄叫びを上げる俺。フレイムリザードの死体。
……以上。それがこのダンジョン50階層最奥に辿り着いた、俺のパーティメンバーだった。
× × ×
宝物庫の扉はごく自然に、俺を阻むことなく開き切った。
これまでの内装と同じように、埃臭く質素な石造りの部屋。
……だが、その中央の台座には明らかな異物がある。
────聖杯。
このダンジョンの隠されし秘宝というやつであり、手にした者はどんな願いでも叶えられるのだという。
どんな願いも……というのは流石にないだろうが、それでもこれを目当てにこれまで多くの冒険者たちが失敗を繰り返しているのだから、何か強力な力が秘められているのは間違いなさそうだ。
「さて……」
聖杯を手に取る。質感は別に大したことはない。一般的な貴金属と特に大差ないようにも思える。
だが、この埃だらけの部屋でこの聖杯にだけは不自然にも汚れ一つ見られない。
それはつまり、この聖杯に何かしらの力が備わっているということを表す。
……と、聖杯を持ち上げて一通り鑑賞した辺りだった。
「────汝、願いを申してみよ」
「うわっ!」
危ない。声にビックリして聖杯を落とすところだった。
周囲には誰の姿もない。ということは、この声の主は────
「何を驚いておる。貴様、聖杯に願いをかけに来たのだろうが」
もちろん、この俺の手の中にある聖杯に他ならなかった。
「……ええと、つまり……願いを叶える力は本当、ということか?」
「うむ、ある程度はな。具体的には、このダンジョンの内部で起こせる範囲でなら、だいたいは可能じゃ。例えばダンジョンから自分と沢山の宝を即座に出口まで送り届けてほしいとか、ダンジョン内で完全に無敵になれる力がほしいとか……あとは、ダンジョンの中で永遠に暮らすための力がほしいという輩なんかもおったな」
このダンジョンの何がいいんだか、と笑い飛ばし、聖杯は改めて俺に問い直した。
「……で、お前が叶えたい願いとはなんじゃ?」
そう、それが問題だった。
この際ハッキリ言っておくが、俺がこのダンジョンに来た目的はこの聖杯ではない。
俺はただ……人と仲良くなりたかったのだ。
このダンジョンの近くに、ハルコーという小さな村があった。
小さな村と言っても、ダンジョンにやって来る冒険者たちやその帰還者のおかげでそれなりに栄えている活気のある街だ。
そこに似つかわしくない、臆病な男が一人いた。
名前はアステル。
そいつは勉強、運動、遊び、何をやってもダメな男で……それでいて、周囲に合わせることもできない不器用な人間で、当然ながら彼は村で孤立した。
そして、村で誰も仲間がいなかったそいつは……毎日村で楽しそうに酒を飲む冒険者たちを見て考えた。
「ダンジョンで強くなれば、冒険者たちの仲間になれるんじゃないか?」
男は臆病なだけでなく、アホだった。
そして問題もあった。
そのアホというのが、他ならぬ俺自身だったということだ。
そうして、俺はダンジョンにこっそりと入り浸るようになり……モンスターたちの特徴を覚え、戦い方を学び……気が付けば、仲間を作れないままにダンジョンの最奥、つまりこの部屋に辿り着いていたというわけだ。
えっ?
じゃあ聖杯とかいらないんじゃないか?
はっはっは。全くもってその通りだ。
というわけで、俺は素直に答えた。
「俺は……叶えたい願いがあるわけじゃないんだ。ただずっと独りで、仲間がほしくて、このダンジョンに入っただけなんだよ」
「………………あのな」
「ん?」
「お主アホか?自分で言っとるじゃろ、自分の願い」
「えっ?」
「仲間がほしいんじゃろ?別にそのぐらい用意できるが」
「えっ!?そうなの!?」
俺がそれとなくカッコつけた姿勢は3秒で崩れた。
「そうとも。聖杯をナメるでないわ」
「えっ、でもダンジョンの外に出たら魔法が解けちゃうんだろ?俺、ダンジョンの外に出た瞬間に溶ける仲間とかほしくないよ……」
「アホ、そうではないわ。確かに起こせる奇跡はダンジョン内のものに限定したものじゃが……ダンジョンの内部で変化したものはダンジョンの外へ持ち出せる。そこらの石を宝石に変えて冒険者に持ち出させる、なんてのは常套手段じゃ」
なるほど。言われてみればそれもそうだ。
「じゃあ、この石を仲間に……人間に変えてくれるか?」
「……あー、うん、それは無理じゃな」
「お前さっきと言ってること違わないか!?」
「うるさい奴じゃの……その石の大きさでは精々手のひら大の人間しか作れん。質量を大きく狂わせる奇跡というのは……まぁお互いのために止めておいた方が身のためじゃ」
「そ、そういうもんか……」
となると困った。人間ほどの大きさで、このダンジョンの中にあるもの……そんなものが都合よく俺の前に存在するだろうか?
………………………………………………。
……………………………………。
…………………………。
………………。
……いや、あった。
「なぁ、だったらこういうのはどうだ?」
「む、申してみよ」
「このダンジョンのモンスターを、人間に変えられるだけ変えてしまおう」
「…………………………………………はぁ?」
「さっき言ってたのは、要するに人間ほどの大きさであれば人間に変えられる、ということだろう?だったら、モンスターを人間にしてしまえばいい。ほら、この部屋の近くにいたフレイムリザードとか、だいたい俺と同じくらいの大きさだったぞ」
「…………お主、よくもまぁそんなことを思いつくものじゃな」
「そうか?仲間を増やすなら、これはこれで効率がいいと思うんだが……」
手の中の聖杯に表情があったなら、随分と怪訝な顔をしていたに違いない。
そんな感情が、声色を通して伝わってくる。
「モンスターを人間に変えた例がないわけではないが……変えたとしても人間と同じ文化や知能を得られるかどうかは約束できぬぞ?」
「それでいい。まずは何事もやってみなければわからないからな!」
「……だんだんわかってきたのじゃが、少なくともお主の臆病という自己認識は改めた方がよいのではないか?」
聖杯が何かブツブツと言いながらも、手の中で光を増していくのがわかった。
その光がすぐに俺を、部屋を、そしてその外を飲み込んでいく。
────俺は思った。
この世には魔法という豊かさをもたらす便利なものがある。
ダンジョンという未知をもたらす異界がある。
けれど、この光はそのどれとも違う、暖かな光だった。
この光によってもたらされたものが何であっても、俺は受け入れてしまうだろう。そう思わせるだけの、今まで触れたことのない優しい暖かさだった。
それがしばらく続いたかと思うと、光は俺の手の中へ収まっていった。
「もう目を開けてよいぞ、冒険者よ」
先ほどの暖かさがまだ手に残る。両手で握っていた聖杯に熱が残っているのだろうか。
そう思って目を開けると、そこに聖杯は既になく。
「喜べ、妾も人の姿になってやったぞ」
なぜか得意げな顔を浮かべた少女……いや幼女が、俺の両手で抱えられていた。
初めての投稿でおぼつかないかもしれませんが、よろしくお願いします。