友の消失
優を連れ去っていった光の柱は空に消えてしまった、空には薄暗くなり始めた茜色の夕焼けが広がっている。
残された縁と道雄の二人は呆然と立っていた。
じわりと道雄の額に汗が滲む、縁は道夫に掴まれた手を静かに解いた。
そしてもう一度勇が居た場所を注意深く確認し、"勇くん?"と声をかけたが、勇の痕跡残さず消えてしまったことを確認した。
「…誰か大人を呼んでこなくちゃ」
縁にも何が起きたかはわからない。
でも消えてしまった勇を探すには二人では無理だ、早く大人に事情を説明して助けてもらわなくては。
一番最初に浮かんだのは自分の母親と父親、そして勇の家族のことだった。
縁の声に気づき、震える唇で道雄がつづけて声を上げる。
「け、警察に通報しなくちゃ!!
勇が!勇がっ!消えちゃった!なんで!?」
道雄の問いかけに対する答えは縁にもわからない。
とにかく今は山を降りて親しい大人を探さなくては。
「道雄くん、ここで待ってて!
勇くんが戻ってくるかもしれない!
私は大人を呼んでくる!」
「えぇっ!?ぼ、僕も行くよ!
一人で待ってたら僕まで消えちゃうかもしれないだろ!?」
道雄は早くこの場所から離れたかった。
いつも遊んでいた馴染みのある神社が、まるで闇に包まれた恐怖の対象となってしまった。
こんな得体の知れない場所には一人で居られない。
縁は道雄の言うことも、もっともだと考え直し二人で縁の家を目指して走ることにした。
それまでに大人とすれちがったら、電話で警察に通報してもらおう。
ここから家まではおよそ40分、走れば20分には着くかも知れない。
「道雄くん行こう!」
縁が家を目指して猟犬に追われるウサギの様に駆け出した。
道雄も恐怖でもつれる足をなんとか動かし、やっとの思いで縁の後を走り出す。
縁はみるみる道雄を離して走り続ける、それに対して道雄は走るのが苦手だった。
クラスで一番足の早い勇とは違い、道雄は一番足が遅かったしいつも体育の授業は憂鬱だった。
勇がいなくなったら、クラスで一番足が速いのは誰だろう?
道雄はふとそんなことを考えたが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃないことは確かだ。
前をなりふり構わず走る縁のスカートが捲り上がる姿を目にし、一瞬ドキリとした。
縁は家で縁の帰りを待つ母親を目指して必死に山道を走った。
早くお母さんに勇が光の柱に連れ去られて消えたことを伝えなくては。
ありのままの事実を信じてもらえるだろうか?
縁は大人が子供の話を話半分に聞くことがあることを知っている。
今回のことなど特に信じてもらうのは難しそうに感じたが、勇が消えてしまった事実を覆すものは他に何もない気がした。
街に続く山の麓の街頭の灯りが見えた。
後もう少し。
「急いで道雄くん!」
縁が後ろを振り返り、ゼーゼー息を切らして走る道雄に声をかける。
「さ、先に行って!僕も行くからっ!」
道雄は明らかに自分が縁の足手纏いになることを危惧し、先に行く様に促した。
山の入り口までたどり着いたことで、置いてけぼりになりたくない道雄の恐怖心が少しやわらいだのだ。
今はとにかく大人を見つけることは縁に託そう、自分も後から説明すればきっと大丈夫だ。
「わかった!先に行くね!」
縁は道雄を残し、家の方角へ走り去った。
縁も足が速い、あっという間に姿が見えなくなった。
今は特に緊急事態だからなおさら速いのかも知れない。
道雄はキリキリと痛む横腹に手をやりながら小走りで縁の後を追いかけた。
街頭の灯りに照らされた道をずんずん駆け抜けていく。
まだ誰ともすれ違っていない、今は午後六時頃だろうか?
家がある方角まで行けば、仕事終わりの大人とすれ違う可能性が高い。
早く!もっと早く走らなくては!
縁は走りながらどうしてこんなことになったのかを考えていた。
いつもの三人、いつも遊ぶ場所だった神社、三人でいつも通り帰るところだった。
いつもと違ったことと言えば、勇から2年後に引っ越す話が出てきて胸が苦しくなっていてもたってもいられなかったくらいだ。
そしてその後、空からあの光の柱がやってきた。
あれはなに?どうして勇くんだけ連れて行ってしまったの?勇くんは何処へ?
わからないことだらけだ、大人にわかりやすく説明しようと頭の中で何度も整理しようとするが上手くいかない。
と、躓き転けそうになるが何とか走り続けた。
そうだ、空から変な音がして神社がいつもと違う様子になったんだ。
あの神社が悪かったのかな?
ふと影隠神社に何か原因があるのではと考えを巡らす。
もしかして影隠神社の境内で遊ぶことが神社に祀られている神様を怒らせたのではとも考えた。
どうしよう…神様、ごめんなさい。
でも勇くんを連れ去るのはおかしい。
どうか勇くんを返して!
縁は力一杯走りながら心の中で神社の神様に祈った。
どれくらい走っただろう?街の手前の住宅街についた。
額から汗が止まらない、下着の中まで汗でいっぱいだ。
誰か、誰か!辺りをキョロキョロ見渡しながら走る。
ふと犬を連れて散歩している人影を見つけた。
「待って!」
やっと見つけた大人らしき人影に思わず縁は声を上げた。
気づいてない、縁が慌てて犬を連れた人影に駆け寄ると50代くらいのおばさんだった。
「助けて!」
息を切らしながら今度は相手の視界に入る距離でもう一度叫んだ。
おばさんが連れていた犬がワンワンと吠えた。
「あら!?お嬢ちゃん、どうしたの?」
おばさんは顔を真っ赤にした汗だくの姿で駆け寄ってくる少女にギョッとしながら声をかけてくれた。
縁はやっとみつけた大人の姿に安堵し、泣き出しそうになるのを堪えながらゆっくりと吐き出す様に話した。
「勇くんが…、友達が、目の前で、突然消えたんです…助けてください」
はぁはぁと息を切らしながら簡単に説明したが、説明になっていない気が自分でもした。
「お友達が目の前で消えたの!?
何処できえたの?」
おばさんは縁の説明だけでは意味がわからず、でも少女の唯ならぬ空気を感じ取り何かが起こったことだけは理解し話を聞いてくれた。
おばさんが連れていた犬は大人しく縁とおばさんを交互に見つめていた。
「影隠神社です、…どうしよう!?
勇くんが消えちゃった!!」
縁は説明しながら勇が消えてしまった恐怖を思い出し狼狽えた。
「お嬢ちゃん落ちついて、影隠神社でお友達がいなくなっちゃったのね?
まさか連れ去りかしら…」
「光の柱に連れていかれて消えたの!
はやくお母さんと警察に連絡して探さないと!」
それが縁にとって今考えられる、唯一の手段の様に感じた。
おばさんは光の柱が何の意味かわからないが、子供が影隠神社で行方不明になったことを理解してくれた。
とりあえず犬の散歩用のバックにしまっていたスマートフォンに手を伸ばした。
まずどちらに連絡すべきか、警察か、この少女の親御さんか…
「お嬢ちゃんのお家の電話番号はわかるかい?」
消えてしまったのは勘違いで、少女のお友達は家に帰宅しているかもしれない。
まずは少女の親御さんに確認してもらってから警察に連絡しよう。
おばさんなりに忙しい警察の手間を省せようとを利かせたつもりの選択だった。
「はい…」
縁は差し出されたスマートフォンに自宅の電話番号を入力し、おばさんに渡した。
おばさんは受け取るとそのまま入力された番号に発信した。
<プルルル…プルルル…ガチャ>
『はい、姫城です。』
縁は聞き慣れた母親の声が電話を取ったことを確認し、力が抜けた。
おばさんは安堵する少女の姿に目をやりながら電話を続けた。
「もしもし、私、坂本と申します。
お宅のお嬢ちゃんに頼まれて連絡させてもらったのだけれど…
お嬢ちゃんのお友達が影隠神社で消えたから警察に連絡してって言うんだけれどね。」
『あの!うちの子はそこにいるんですか!?』
「お母さん!ここいるよ!」
戸惑う母親の声を聞き、心配させまいと縁は声を上げた。
『縁!』
「電話を変わる方が早そうだね」
おばさんはスマートフォンを縁に渡して代わってくれた。
「もしもし?お母さん!?」
『縁!?貴女何処にいるの?』
心配する母の声が聞こえる。
縁は母親になにもかも伝えてしまいたい衝動に駆られた。
「お母さんどうしよう!?
影隠神社で勇くんが消えちゃった!
早くみんなで探さないと!」
『ちょっ、ちょっとまって!
何があったの?』
「わからない、勇くんが光の柱に連れていかれたの…お母さんどうしたらいい…?」
要領を得ない回答に母親は困っているようだった。
『わかった、とにかくお母さんも勇くんのお母さんに連絡してから、
そっちに迎えに行くからさっきの人に電話変わって。』
母親は迎えが必要なこと、娘達の身に何かが起きたことを理解した。
縁は母親にまだ言いたいことがあったが、迎えにきてくれるとの言葉に安心し大人しく従っておばさん…もとい、坂本さんにスマートフォンを返した。
「もしもし 私だけどね。
私もなにがなんだかわからないのよ、だから警察に連絡する前に親御さんに連絡したのよ。
女の子一人で残しておくのも危ないから、
奥さんが迎えにくるまでお嬢ちゃんをうちで預かっておくわね。」
『すいません、ありがとうございます。
すぐ迎えに行きますのでよろしくお願いします。
あの、坂本さんのご自宅の住所は…』
「はいはい…」
坂本さんと母親のやりとりが終わり、電話は終了した。
坂本さんはゆっくりと安心させる様に優しく話しかけてくれた。
「さぁ、おばさん家でお母さんが迎えにきてくれるのを待とうか。」
ふくよかな坂本さんの手が頭に伸びてきて縁の緊張をときほぐしてくれた。
坂本さんが連れていた犬も慰める様に縁の手を舐めてくれた。
「ありがとう…」
二人と一匹は坂本さんの家を目指して歩み始めた。
縁は歩きながら消えてしまった勇の姿を頭に思い返していた。
坂本さんの家に着くと、ちょっと待ってねと坂本さんはテキパキと犬の足を拭き、犬の餌の用意をした。
コロと呼ばれた犬が嬉しそうにお座りしてから餌にかぶりつく。
廊下の奥から頭の禿げたおじさんが顔を出した。
犬の散歩に行ったはずの嫁が可愛らしい少女と一緒に帰ってきたことについて一言。
「誘拐でもしてきたんか。」
「馬鹿なことを、あんたじゃあるまいし。」
呆れたとばかりに坂本さんがおじさんの冗談を一蹴りした。
「さ、上がって上がって。
変なおじさんは無視して、ジュースでも飲んでお母さんを待とうね」
坂本さんは縁を居間に案内してくれた。
後ろからあっという間に餌を平らげたコロが付いてきて一緒に座った。
坂本さんはちょっと待っててねと台所へ消えていった。
縁は部屋の中をぐるりと見渡しているとさっきのおじさんと目が合った。
おじさんは眼鏡と新聞を手にし、居間に入ってきて座った。
ちらと縁にめをやってから眼鏡を掛けて新聞を広げた。
縁は鼻をすり寄せてきたコロの頭を掻いてやる。
しばらくの沈黙が続いた後、おじさんが口を開いた。
「なんかあったかね?」
視線は新聞をみたままの問いかけだった。
縁は坂本さんに説明したよりもわかりやすい様に、おじさんにも説明した。
「影隠神社で一緒に遊んでいた友達が、いきなりあらわれた光の柱に連れていかれて消えてしまったんです。」
ありのままに起きたことだった。
おじさんは、ほぅと唸り呟いた。
「神隠しか。」
「神隠し?」
あまり日常生活では聞き慣れない言葉だったが、縁の好きなアニメ映画のタイトルにもなっている言葉だったから思わず聞き返した。
「お嬢ちゃんは影隠神社が何故"カゲカクシジンジャ"と呼ばれるのか知っているかな?」
「知りません…」
縁はおじさんの目をじっと見つめながら答えた。
おじさんは新聞から目を離し、眼鏡をクイと人差し指で上げるとじっと縁を見つめ返した。
「あの神社がある山では昔から不思議な話があってな、あの山で遊んでいる子供達の影が消えるという不思議な現象が起こることがあったそうだ。」
「影が消える?」
そんな話は初めて聞いた。
縁はじっとおじさんの話に集中した。
「ふむ、大概は消えた影は次の日には帰ってきていたそうだが、次の日になっても影がなくなったままの子供は病に倒れ亡くなったそうだ。
その摩訶不思議な現象に大人達は山神様の祟りだと噂し、山神様の祟りを鎮めるためにあの神社が建てられたんだよ。」
「あっ…だから影隠神社?」
あっとばかりに縁が神社の名前の言われに気づく。
「ふむ、わしも子供の頃はよくあの神社で遊んだものだが不思議な場所でな。
わし自身は影が消えたことを見たことはない。
だが、偶然持ち合わせた方位磁針であの神社がある場所では磁場が狂うことに気づいた。
昔からそういった場所では不思議なことが起こるのはよくある話だ。」
おじさんは眼鏡を外して顔を顔を撫で下ろした。
縁はおじさんが言う磁場が神隠しとどう言う関係があるのかまではわからないが、いつも遊んでいた影隠神社があまり良い場所ではなかったことを初めて知り、もしかしてそのせいで勇くんが消えたの?と困惑していた。
「あんた、いい加減な話を子供にするのはやめなさいよ」
ピシャリと一喝しながら坂本さんが、美味しそうに盛られたアイスクリームとオレンジジュースを持ってきてくれた。
「わしは子供の頃に聞いた話をしとるだけだ。」
いい加減な話と言われたおじさんが不服そうに小指で耳をかいた。
「まだ消えたお友達の親御さんに確認したわけじゃないんだ、お友達が神隠しにあったと考えるのは早合点な話だよ。
さ、溶ける前に食べてしまいなよ。」
坂本さんは縁にスプーンを渡しながらアイスクリームを食べるように勧めた。
こんもりと丸く盛られたバニラのアイスクリームにビスケットが刺さっていた。
縁は思わず唾を飲み込んだ。
コロがこれは自分も食べられるのではとじっと物欲しそうに見つめている。
思わずアイスクリームに手を伸ばし食べようとしたが、勇が消えてしまったことへの罪悪感がそれを止めた。
「おじさん、神隠しにあった人は帰ってくるの?」
ポツリと呟いた縁の言葉に、おじさんは禿げた頭をかきながらふむと考えだした。
「わからん。
世界的な規模の現象として帰って来た例もなくは無いが、わしが知る限り稀な話だな。」
「ちょっとあんた!」
坂本さんがおじさんを制した。
おじさんは坂本さんが持ってきたお茶を啜りながら空を見つめる。
縁は早く母親の顔が見たかった、じっとアイスクリームを見ていると道雄のことを思い出した。
そういえば道雄はどうしただろうか?
あとから縁の家で合流する話だったが、縁の母親はこちらへ向かっている。
行き違いになるかもしれない、けれど今の縁には母親の到着を待つ他なす術もなかった。
どれくらい経っただろうか?
コロは腹を見せてスヤスヤ眠り始めていた。
縁があれほど遠慮していたアイスクリームを食べ始め、半分くらいまで食べたところで玄関のチャイムが鳴る音がした。
コロが身を起こし玄関まで駆け抜けていく。
「ごめんください、姫城です。」
「お母さんだ!」
「おや、いらしたね」
縁の母親が到着した、玄関まで来て分かったが勇の母親も一緒だった。
「お母さん!」
縁は思わず母親に飛びついた。
母の匂いは縁を一層安心させてくれた。
「縁!なにがあったの?」
「こんばんは。
お嬢ちゃんのお友達はまだ家に帰ってなかったのかい?」
坂本さんは勇の行方を案じて尋ねてくれたが、勇の母親は申し訳なさそうに言った。
「勇はまだ家に帰ってきていません。
こちらにくるまでに勇とすれ違うかとも思いましたが、それらしい子は見かけませんでした。」
勇の母親はギュッと自身の腕を掴んでいた。
母親の腕に抱かれながら勇の母親の心配そうな顔を縁はじっとみつめた。
勇の母親はシングルマザーだった。
翻訳か長身で髪は短くカットされており、勇と同じく切れ長な強い瞳が印象的な女性だった。
翻訳家の仕事をしていると聞いているが、勇が言っていた海外に引っ越す話はもしかしたら優の母親の仕事の都合かもしれない。
ぼんやりと縁がそんなことを考えていると、
「縁、優くんが消えたってどういうことか説明してくれる?」
縁の母親の優しく強い声だった。
縁は母親の腕からするりと母と抜け手を繋ぎながら言った。
「影隠神社で優くんと道雄くんと三人で遊んでいたら、光の柱が降りてきて勇くんが目の前で連れ去られて消えたの。」
「消えたってどういうこと?
光の柱に連れ去られたって、三人の他に大人か誰かいたの?」
「ううん、居たのは三人だけだよ。」
電話と同じく、縁の母親には要領の得ない話だった。
優の母親はじっとその話を聞いた後、縁と同じ目線の位置に立ちゆっくりとした声で尋ねた。
「勇は何か言っていた?」
縁はじっと目を見つめながら思い返し、あの話をした。
「優くんが、二年後海外に引っ越すって。」
優の母親は一瞬縁から視線を外しため息をついた。
「そう、そんなことを話していたのね。」
「その話は本当のことですか?」
縁は事実が知りたかった、もしかしたらなかったことかもしれない。
優の母親は再び縁と同じ目線で話す。
「そうね、現段階では本当のことよ。
小学校を卒業してからの先の話だから、まだ何があるかはわからないけれどね」
縁の心がチクンと痛む、勇くんやっぱりどの道居なくなっちゃうんだ。
母親の手をぎゅっと握ると、縁の母親が困ったように言う。
「岸野さん、どうしよう影隠神社に行ってみる?」
「そうね、警察への連絡はそれからにしましょう。」
優の母親が強く頷いた。
「私も行く!」
縁はもう一度勇が本当にいないのかを母親たちと一緒に確認したかった。
「縁、貴女はここで待たせてもらいなさい。」
「そうだね、お嬢ちゃんはおばさん達と一緒に待ってようかね。」
「いや!私も探しに行く!」
縁の母親は坂本さんのところで縁を待たせておきたかったが、
意地でもついて行きそうな縁に根負けし、連れて行くことにした。
「坂本さん、本当にありがとうございました。」
「いえいえ、大したお構いもしませんで。
お嬢ちゃん、また困ったことがあったらおいで、またね。」
「おばさん、ありがとう!」
縁と母親が礼を告げると、坂本さんは手をヒラヒラしながら見送ってくれた。
コロもまた寂しそうにクークー鳴きながら別れを告げる。
おじさんの姿はなかった。
縁とその母親と勇の母親、三人は坂本さんから借りた懐中電灯を手に影隠神社へ向かった。
時間はもう七時半くらいだろうか、外はやっと薄暗くなり始めていたが空は薄い青とオレンジ色のグラデーションが広がっていた。
「勇ーーーーー!」
「勇くーーん!」
「優くん!どこー!?」
三人はそれぞれに優の名前を呼びながら影隠神社の点在する山を登る。
木々の間を懐中電灯の光が照らすが、それらしい影は見つからなかった。
母親たちが一緒にいてくれるせいか、縁は少し落ち着きを取り戻していた。
さっきは不安な気持ちを断ち切るように力一杯降った山道も、今は怖くない。
三人は辺りに勇の名前を呼びながらずんずんと進んだ。
「姫城さん、鳥居だわ」
「縁、ここなの?」
「うん!ここだよ」
影隠神社に着いた。
虫の声も聞こえないくらい神社は静まり返っている。
さっきのおじさんの話を思い出した縁は神社の神様に祈った。
勇くんを返して下さいと…
「勇ーー!!帰るよーー!」
優の母親は境内を歩き回りながら辺りに声をかけた。
何の反応も返ってこない闇が広がっている。
「縁、勇くんはどこで消えたの?」
縁は母親の問いかけに対し、できるだけ正確に返した。
「そこの鳥居の少し手前…ここ!」
勇が光に囚われながら最後に立っていた場所に立った。
「ここが?」
優の母親が注意深く地面を懐中電灯で照らした。
特に気になるものは何もない。
次は空を見上げた。
「光は空からやってきたのよね?」
「うん!」
優の母親はじっと空を見つめる。
空は相変わらず広大な闇が広がっていた。
「わからないわ。
埒が空かないわね、やっぱり警察に連絡しましょう。」
「…しょうがないわね。」
母親同士が警察への連絡を検討している側で、縁は勇の最後の姿を思い出していた。
勇は私と道雄くんの名前を呼んでいた、きっと助けて欲しかったんだ。
勇はいつだっていじめっ子に目をつけられていた縁や道雄を助けに来てくれた。
なのにでも自分は肝心な時に何もできなかった、悔しさの涙で目の前が滲んだ。
縁は母親の手に引かれ、母親達と三人、影隠神社を後にした。
道雄は汗だくで縁の家を目指して小走りに走っていた。
見慣れた住宅街の光景、縁の家まで後もうすぐだ。
どれくらいの時間走ったかはわからないけれど、道雄の中では精一杯走った。
勇はどこに行ったんだろう?
あの光の柱は何だったんだろう?
道雄は走りながらありったけの思考を頭の中に巡らした。
まず優を連れ去った光の柱だ、あの柱は変な音と共に空からやってきた。
その場では気が動転して気づかなかったが、
これと似てなくもない現象を道雄は知っているかもしれない。
「…まさかUFO?
宇宙人かもしれない…!」
そうだ、間違いないTVで見たことがある。
あの光の柱は宇宙人がUFOを使って誘拐するキャトルミューティレーションだ。
不可解な現象に一つの答えが見つかり、視界が広がる感覚を覚えた。
宇宙人が優を誘拐したかもしれない事実を早く縁にも伝えなくては。
そうこうしてる間に、足は縁の家に着いた。
息を切らしながら玄関のインターホンを鳴らした。
『はい、どなたですか?』
男の人の声だった、縁の父親だ。
親しい仲の大人の声を聞いて道雄は胸を撫で下ろした。
「お、お父さん!道雄です!縁は帰ってますか!?」
『おぉ、道雄くんか。
縁はまだだよ。
鍵を開けるからからちょっと待ってなさい。』
「えっ!?まだ着いてないの!?」
道雄は絶句した。
自分の前を自宅めがけて走っていた縁ちゃんがまだ家に辿り着いてない?
まさか縁までUFOに連れて行かれたのではと不安が押し寄せてきた。
「やぁ中で話を聞こう、入りなさい。」
縁の父親が玄関の扉を開け、道雄を出迎えた。
「大変だお父さん!
勇と縁ちゃんがUFOに攫われたかもしれない!」
「はぁ?」
道雄のとんでもな話に縁の父親は思わず声を上げた。
「はははは、心配かけてすまなかったね。」
「い、いえ。縁ちゃんが無事でよかった。」
縁の父親は苦笑した。
縁からは電話で連絡が来て、母親が迎えに行ったことを道雄に説明したのだ。
縁の母親と優の母親が一緒に縁を迎えに行き、勇のことも探しに行った話を聞き道雄は心底ホッとした。
縁の父親は家で事の成り行きを待たされていた。
「勇くんが消えたって話は本当かい?」
縁の父親が道雄に冷たい麦茶を出しながら問うた。
差し出された麦茶をグビグビと飲み干すと、人心地ついた道雄が話し始める。
「は、はい。目の前でピカって消えちゃって…」
「うーむ、おじさんはUFOを見たことがないから俄には信じ難い話だな。」
道雄のせいか、何故か勇はUFOに連れ去られたという話に換えられていた。
「で、でも、勇は消えてしまったし…僕もあんなの初めて見た…。」
「まぁ、今妻と優くんのお母さんが探しに行っているから待とうじゃないか。」
「は、はい…。」
縁の父親は空っぽになったコップに麦茶のおかわりを注ぎなががら、二人は三人の帰りを待った。
時間にして一時間くらいだろうか?
道雄はリビングのソファーの上で微睡む寸前のところ、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー!」
縁の声だった。
「縁ちゃん!」
道雄は眠たい目を擦り、縁を出迎えた。
「道雄くん!来てたんだねよかった!」
「どうだった?」
縁の父親が帰ってきた縁の母親に尋ねた。
「優くんが見つからなかったわ。」
「今から警察の方にも連絡します。」
「そうか…心配だな。」
大人同士の会話を他所に、道雄は縁に先ほど自分が導き出した答えを話し始めた。
「縁ちゃん、勇はきっとUFOに攫われたんだ。」
「え?」
道雄のとんでもない話に縁は驚いた。
UFO?何の話?優くんは空から現れた光に連れ去られたのに、
何故かUFOに連れ去られた話になっていたことに縁は首を傾げた。
「あの光の柱はキャトルミューティレーションだよ。」
「キャトル…何?」
縁は聞いたことがない言葉に戸惑った。
道雄は戸惑う縁を他所に少し得意げになって答える。
「つまり、きっと宇宙人が人体実験するために勇を連れ去ったんだ!」
「やめて!」
縁は思わず大きな声を上げた。
道雄がびくっとして大きな体を硬直させた。
「どうしたの?大きな声なんか出して…」
「道雄くん、大丈夫かい?」
「あ…はい。」
道雄は縁の父親の気遣う言葉で自分が何を言ったのか我にかえる。
勇の身を案じる縁ちゃんに何てことを言ってしまったんだろう、僕のバカバカバカ…
道雄は両手の拳を頭にやった。
「道雄くん、そろそろ君も家に帰らないと家の方々が心配されるに違いない。
おじさんが家まで送っていこう。」
「あっ…」
時計の針はもう午後九時になろうとしていた。
お母さんに怒られる!道雄はあたふたとし、縁の父親と一緒に帰宅の準備をした。
「道雄くん」
玄関で道雄を呼び止める声がした。
「縁ちゃん…」
道雄は申し訳なさそうに縁を見つめた。
さっきの自身の考えなしの発言が誰を傷つけたのかをよく理解した。
「気をつけて帰ってね。
道雄くんまで消えたりしないでね…」
縁の心からの願いの言葉だった。
道雄は縁が最後に自分なんかを気遣う言葉をかけてくれたことに驚き嬉しかった。
「ぼ、僕は大丈夫だよ!
またね!」
道雄はぷよぷよの二の腕を大きく揺らして手を振りながら別れを告げ、帰路についた。
道雄は帰宅時間が遅くなったことを母親に咎められたが、勇が行方不明になった話をした後、母親が何故か優しくなった。
道雄が疲れて眠る頃、道雄の母親は父親と相談したのち、縁の母親に事の真相を確かめる電話をしている様子だった。
その頃、優の母親は自宅から警察へ電話をかけていた。
<プルルル…プルルル…ガチャ>
『はい、もしもし110番です。
事故ですか?事件ですか?』
「私の子供が行方不明になりました、どうか探してください。」
祈るような声の優の母親の警察への通報だった。
今回も稚拙な文章を読んでいただき、ありがとうございます。
ぼちぼち頑張ります。