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『序章』

少年時代の三人の設定画。

挿絵(By みてみん)

「はい影踏んだ!」


「うわっ!」


「また道雄(ミチオ)の鬼だ!」


世間は夏休み、三人の子供達の声が影隠神社(カゲカクシジンジャ)に響く。

影隠神社は街並みから外れた山奥の手前にぽつんと静かに佇んでいる小さな神社だ。

さわさわと木々が静かに佇む境内には石でできた鳥居、干からびた手洗い場と井戸、そして小さな社があるが、

今は自治体の管理下ではあるもののほとんど手付かずの朽ちる寸前の神社。

地図にも載っていない神社のため訪れる者もおらず、うるさい大人の目が届かない場所として地元の子供達の恰好の遊び場だった。


(ユカリ)、逃げろ!」


「きゃー!」


「二人とも待ってよう」


少女が二つにまとめた三つ編み頭をなびかせ、フリルのついたスカートを翻しながら走り始める。

少年は鬼の少年と一定の距離をとりながら自身の影を踏まれまいとしていた。

子供達三人の影が縦横無尽に揺れる、三人は影踏みごっこをして遊んでいた。

シンプルな遊びだが、三人はこの遊びが大好きだった。


真夏の夕暮れの蒸し暑い重い空気が辺りを包む、八月も中盤に差しかかろうとしていた。

少年は腕につけた時計の時間を確認した。

夏の日は長いので勘違いしがちだが時間にして夕方の五時半頃、もうそんな時間になるのか。

少年の肌は夏の太陽のおかげで健康的な小麦色に焼け、頬には絆創膏が貼ってあった。

この間、小学校で同じクラスのいじめっ子と喧嘩した時にできた傷だった。

喧嘩の原因はクラスのいじめられっ子を勇がいじめっ子から庇ったことだった。

少年にとってくだらない拘りを人に押し付けるいじめっ子は理解し難い存在だった。

きりとした目元はその少年が利発であることを物語っていた。


少年は遠くの山の向こうへ落ちそうな夕日を眺め、帰宅時間である合図を出した。


「もうすぐ日が暮れる、二人とも帰ろうぜ」


少年の瞳が茜色に照らされた可愛らしい少女の顔を捉えた、少女の優しい瞳の中に少年が映っていた。


(ユウ)くん、明日は何して遊ぶ?」


少し甘えたような声で子猫のように小首を傾げ少女が優に尋ねる。

そんな少女を見つめるていると、胸の奥で微かに疼く何かを感じた。


「外は熱くて我慢できないや、明日は涼しい僕ん家でゲームしようよ!」


茹だる暑さに耐えかねた、今にも弾けそうなほっぺのぽっちゃりとした鬼役の少年が名案とばかりに声を上げた。


「道雄は暑がりだよなぁ、ちょっとは痩せろよ」


道雄の声で我に帰った勇の突き刺すような一言が道雄を突いた。

道雄を傷つけるつもりは毛頭ない、勇の友達を思う率直な意見だった。


「い、言わないでよ!これでも太ってるの気にしてるんだよ…」


痛い一言で道雄の人懐っこそうな顔がさっと憂いを帯びた。


「そうだよ、もっと優しい言い方はできないの?」


心を痛めている道雄を見かねた少女が優を責めた。


「悪かったな。」


少女に怒られた勇は、ぶすりと顔を背けた。


「ありがとう…縁ちゃん。」


道雄は縁の顔を恥ずかしそうにコソコソ見つめた。

可愛らしい縁の気配りからの優しさは幼い道夫にとって淡い恋心を抱かせるには十分なことだった。


「じゃあ明日は道雄くん家に集合ね!」


縁は勇に対して、大きな目で強く同意を求めた。


「しゃーねーな、わかったよ。」


この三人の中で調停者と言っても過言でない縁からの提案はのまないわけにはいかない、仕方なく勇は同意した。


「わぁい!二人ともお昼ご飯もうちで食べなよ!」


道雄はここぞとばかりに肉付きの良い丸い手をバンザイして二人を歓迎した。


「はいはい…食うことから離れろよな。」


うんざりという顔で勇はまた道雄を揶揄った。


「ふふふ、楽しみだね。」


夏休みに入ってからというもの、三人はほとんど毎日のように集まっては日が落ちるまで遊びに興じた。

宿題はきっと後からなんとでもなる、夏休みの終盤に駆け足で宿題をやっつけるのはいつもの事だった。

小学四年生の三人にとって、友と過ごす時間は何者にも変え難く、家族と過ごす時間より大切にしていた。


「そういえばもうすぐ勇の誕生日だね。」


ふと思い出したように勇の誕生日の話題を出した縁だったが、

八月二十二日で十歳を迎える勇の誕生日を彼女は密かにずっと待ち侘びていた。


縁の誕生日は六月に終わっており、同級生の二人より早く十歳の誕生日を迎えていた。

誕生日の当日は、縁の家に集まり彼女の母親が用意した子供が大好きそうな料理や、アイスやドーナツの詰め合わせに、

大きなイチゴが乗ったバースデーケーキを前に三人はキャアキャアはしゃいだ。

優からは猫のぬいぐるみがついたキーホルダー、道雄からは花と妖精の装飾が施された陶器の小さなオルゴールを、

二人からのプレゼントを前に縁は飛び上がって喜んだことは昨日のことのように覚えている。

ただ、二人に祝ってもらえたことは嬉しいものの、自分だけ早く年をとるようでそのことが少し複雑だった。


勇が今度の誕生日を迎えれば、二人揃って十歳になれる。

そのことがこの上なく特別なことに感じた。


「そうだな。」


勇はそっけなく興味なさげに返事を返した。

意外な勇の態度に、縁と道雄は信じられないと言った顔で見合わせた。


「誕生日だよ!?楽しみじゃないの?」


道雄は何故そんなに投げやりなのか、全く理解できないといった様子で勇に問いただした。


道雄にとって誕生日は特別な日だ。

家族や友達とバースデーケーキを囲み美味しいものを食べる、至福のひととき。

そして皆からプレゼントされた贈り物を開ける瞬間のドキドキ感といったら…


「なんかよくわかんね。」


誕生日が嫌なわけではなさそうだけれど、素直に喜べない理由がありそうな含みのあるバツが悪そうな返しだった。


「どうしたの?何かあるの?」


縁は騒つく心を静かに押さえながら、なるべく冷静を装い勇に尋ねた。


勇は感情を押し殺したようなどこか苦しそうな顔を二人に見られまいと俯いていた。

しばらくの沈黙が続いたのち、優は仕方がなく重い口を開いた。


「俺多分あと二年…小学校卒業したら親と一緒に海外に引っ越すと思う。」


優は二人に背を向け、ボソリと呟いた。


二人は呆然とその言葉を聞いた、いや聞き間違いかもしれない。

縁は何故勇の誕生日の話をしていたのに、優が引っ越す話になるのか意味がわからなかった。

道雄は何が起こったかわからないと言った様子で、ポカンと勇の背中を見つめている。


夕日はまだ落ちていない、遠くの山々の間に挟まれながら赤く山を照らしていた。

先ほどまで三人の足元を追いかけていた三人の影法師は山の木々の大きな闇に吸い込まれるように見えなくなった。


「もういいじゃん、早く帰ろうぜ。」


二人を振り返り、二人の反応に困ってしまった勇は帰宅を促した。

正確にはこれ以上遅くなると何か危ないことがあるかもしれない、二人の帰り道を案じての言葉でもあったかもしれない。

縁はハッとやっと息をするように言葉をゆっくりと繋いだ。


「よくない…引っ越すなんて初めて聞いた。

どうして…だまってたの?」


消え入りそうな縁の声とは対照的に、ハキハキとした言葉で勇は答えた。


「うん、内緒にするつもりはなかったよ。

話す機会もなかったし、俺だってついこないだ親から聞かされたんだ。」


縁はじっと勇の目を見つめ、勇も縁の目を静かに見つめ返した。


「ひ、引っ越すって言っても、小学校卒業してからの話でしょ!?

まだあと二年もある!」


二人が喧嘩でもするのではないかと驚き、気をまわした道雄が吃りながら声を上げた。


「そうだな。

だからどうってこともないけどさ。

ま、そういうことだから。」


「そんな言い方…しないで。」


涙を目の淵いっぱいに溜め、今にも泣き出しそうな縁の声だった。


「ごめん、なんて言えばいいかわかんねぇよ。」


勇は縁の顔がもうまともに見れず、もどかしげに頭を掻いた。


「勇…」


《カァ カァ カァ》バサバサバサ…

《アーォ アーォ》バサササ、バサ…


「ギャァッ!」


道雄の情けない声があたりに響く。

山の樹々の間に消えたはずの山鴉達が騒ぎ始めた。


「…道雄くん、大丈夫?」


「う、うん。

びっくりしただけだよ。」


《カァ カァー》バサバサ…

《ギャア ギャア》バサッバサ…


山鴉たちは辺りを飛び回っているようだった。


ゴウン ゴウン ゴウン ゴウン…

何処からともなく轟々と空から正体不明の音が鳴り響く。


「なんだこの音?」


音の正体を突き止めるために、勇は辺りを伺った。


ざわざわざわ…今し方静かにさわさわと音を立ててたたずんでいるだけだった木々たちが、喋るはずがないのにまるでどよめいているような感覚に襲われた。

道雄は騒ぎ出した山鴉と木々達に怯え、縁は震える瞳で勇を見つめ、勇は辺りを伺った後ふと空を見上げた。


三人のいる、影隠神社の上空で赤い雲が渦を巻いているようだ。

いつの間にあんな雲が?

さっきは茜色の空が見えていただけなのに。


空から何か来る!三人は正体のわからない何かが、空から降ってくるような気がして身構えた。

突如として空にピカッと稲光が走ったかと思えば、夕焼けの空に現れた赤いの雲を切り裂く、見たこともない一筋の眩い細い光の柱が現れたのだ。


「なんだありゃ?」


勇はその正体を見極めんとし、食い入るようにその光の柱を見つめた。

光の柱はゆっくりと此方に降りてこようとしている。


「勇くん!」


縁は何かとんでもないことが起ころうとしているのではないかと心配し、勇に駆け寄ろうとしたが誰かに手を掴まれた。


「縁ちゃん!あ、危ないから僕から離れないで!」


道雄だった。

道雄は口では縁の身を案じる言葉をかけたが、実のところ情けないことに腰が抜けて動けず、藁をもすがる思いで縁の手をつかんだのだった。


「道雄くん離して!

勇くんが…!」


「勇なら大丈夫だよ!」


なんの保証もなかった、ただ今の道雄は縁の手を離したくなかった。


「勇くん!」


細く眩い光の柱は静かに勇の姿を捉えた。

瞬間、勇の足元と上空で丸い円形の光る文字が浮かび上がるのを三人は見た。

どこの国の文字かはわからない、ただこれに似たものを三人はゲームや漫画で見たことがある。

そう、それはまるで勇の足元から上空へ連なる魔法陣だった。


勇は自身の足元がぐらつく感覚に襲われ、魔法陣と光の柱を避けようとしたが、光の柱はまるで勇を逃すまいとして巨大化した。

動けない!勇の全身は光の柱にすっぽりと吸い込まれてしまった。


勇はどうしていいかわからず、勇は有らんばかりの大声で二人の名を叫んだ!


「縁!道雄!」


カッとあたりが光の洪水に包まれ、一瞬何も見えなくなった。

そしてゴウという爆風と共に再び静かに闇が訪れた。

さっきの轟く音は消えさり、あたりが静まり返る。

山鴉たちも静かに息を潜め、木々たちはサワサワと静かに佇んている、空は茜色の夕闇が広がっていた。


「勇…くん?」


縁は眩しさのあまりチカチカしていた目を擦り、辺りに勇の姿を探したが、

勇の姿はそこになかった。


「勇?」


道雄もまた、まだ目がやられているのか何度も瞬きをしながら辺りを伺っていた。

勇がいない。


勇は突如として現れた光の柱と共に忽然と二人の前から跡形もなく消えてしまった。


序章からお見苦しい幼稚な文かと思いますが、どうぞゆるりとお付き合いいただけますと幸いです。

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