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2-1 安藤紅葉

平成8年の春頃。安藤紅葉は一人娘恵の夜泣きに毎晩悩まされていた。そろそろ自分の精神も限界になりそうだった。一緒に泣いてしまえればいいが、なかなかどうして、そうもいかない。


「あああああぁぁぁああああ!うぁああああ!」

「恵、お父さんはここにいるよ。ほら、ゆっくり息をして。ね、吸ってー、吐いて。ほら、ふーってしてごらん。大丈夫、大丈夫。何も怖くないよ。お父さんは恵の側にいるからね。」

「あうぅ・・・。おと、とうさん。お父さん。怖いよぉ、怖いよお。」

「大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ。お父さんが守るからね。大丈夫。恵に怖い思いはさせないよ。大丈夫。大丈夫。」


うぅぅ・・・と言って泣く恵を抱いて、紅葉は今晩も途方に暮れている。旧家で母が強く、妻は折り合いがつかなくて恵が言葉を覚えるよりも前に出て行ってしまった。1人で子育てをする自信がない私はそのまま実家に世話になっているものの、ここの所の恵の夜泣きがひどくてどうにもならない。母親がいなくなってしまった以上、私が2人分しっかりしなければ、そう思えば思う程、恵が不安定になるようで後にも先にも行けず引けず、ほんの少しでも気を抜けば私まで泣き出してしまいそうだ。


もう半年もすれば6歳になると言うのに、まだこんなにも夜泣きがあるものかと思いもするが、これは果たして本当にただの夜泣きなのか?どこか体の具合が悪くて、それが痛かったり気持ち悪かったりするから夜うまく眠れないのではないか。そう思って地元の病院をハシゴした。どこでどう検査をしてもほんの少し成長が遅いかもしれない、わかるのはその程度で、それさえもこんなに検査しているからと気を使われているようにさえ思う。誰かに異常じゃない、平気だと言ってもらいたいのに、検査の結果何もないとそれはそれで絶望する。すると言いにくそうに言われるのだ。お母さんがいらっしゃらない事が不安定の原因かもしれません、と。


母とうまくいかなかった妻を選んで家を捨てればよかったのか、そうすれば恵はこんな思いをしなかったのだろうか。いや、恵の為と言ってはいるが結局は自分の為だ。妻との生活を選んでいれば私はこんな思いをする事はなかったのだろうか、が正しい。しかしそれとて”たられば論”だ。ああしておけば、こうしておけば、それは過ぎ去って選択肢が詳らかになっているからこそ、通り過ぎたからこそ、言える事。現在進行形の場合はまだ他の可能性が当たり前に追加される。そんな時に全てが出揃った後に初めて吟味出来る答えを間違いなく選べるはずがない。そんな事をしてのけるなど、何周か同じ事を繰り返してでもいない限り無理だろう。


泣いて少しは落ち着いた恵の顔は涙で濡れ、一部は既に幼児の高い体温で乾いて白くなっている。


「恵。よく落ち着けたね。えらいね。お顔を洗ってきて、それからもう一度おねんねしようか。」

「お父さんも一緒に寝る。」

「うん。一緒に寝ようね。まずはそのお顔をどうにかしようね。朝になったらくっついて取れなくなっちゃうよ。」

「わかった。」


23時を過ぎて静まり返っている母屋は広く、寒々しい。断熱材は入っているから実際にそこまで寒い訳ではないのだが、そうではないこ寒さがどうしてもこの家からはどの季節でも取れる事がない。歩きながら寝そうになる恵を抱き上げて洗面所に向かうと、母が出張から帰ってきたばかりの母四葉に出会した。


「あら、恵はまたぐずったの?」

「はい。やっぱり私だけではダメなんでしょうか。怖い夢を見ては泣き叫んでしまうんです。病院で見せても特に悪い所はありませんでした。」

「誰だって初めての子育てでちゃんと出来る訳ないじゃない。私だって今度こそ今度こそと思って子育てしてたけど、もうその内の1人が自分の子どもを抱えて目の前で悩んでるわよ。時間は気が付いた時にはもう取り返せないの。明日から手が空くから私がしばらく面倒見てあげるわ。あなたは何日か家を出てリフレッシュしてらっしゃい。もし理由がいるのなら、東京までお使いの用事をあげるけど。」

「東京?」

「ええ。私が行く予定だったけど別に私でなくてもいいのよ。だから紅葉にお願いするわ。詳細は明日雪に確認して。」

「わかりました。本当に恵の世話を頼んでいいんですか?」

「私はあなたの母だけど、同様に恵のおばあちゃんなの。息子が倒れそうになってんだから仕方ないじゃない。たまにはおばあちゃんさせなさいよ。思いっきり甘やかしてやるわ。」

「それはちょっと・・・。でもちょっと折れてしまいそうだったので、少し、ホッとしています。じゃあお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます。」

「いいのよ。今日はもう休みなさい。この顔を洗ってあげてからね。じゃあおやすみ。」


おやすみなさい、そう言う頃には母の四葉は秘書も兼ねている使用人の多野雪に翌日以降の指示を出していた。


「お父さん・・・?」


腕の中でウトウトしていた恵が目を開けてこちらを見上げている。可愛い。本当に。でもやはり1人では抱えきれない事がある。命を育むとはこんなにも大変な事なのだ。今冷水で顔を洗ってしまうと目が完全に覚めてしまうから、それを避ける為にお湯でタオルを湿らせて、柔らかい頬をきづつけないように優しく拭く。さっきまで必死の形相で泣き喚いていたとは到底思えない落ち着いた様子だ。心配ではあるが、一度母に預けてみるのもいいのかもしれない。何も帰ってこない訳ではない。数日離れるだけでも何かがきっかけになって落ち着いてくれれば。願うようなその思いを抱え、翌日の昼には東京へ向かう事となった。


*****

今回母の代理で上京した理由は既に話のついている医院の買収と屋敷の売買だった。母は宗教活動のようなものをやっていて、その活動拠点を各地に持っている。その一つとして今回東京に物件を買ったのだ。実際の見定めは済んでいて、購入の内内定にはなっている。今回私が改めて屋敷と土地を確認して問題なければ本契約をする予定なのだ。最寄り駅からも歩ける距離ではあるものの、車の便も確認しておきたかったから、行きは駅からタクシーで向かった。契約の立会いに顧問弁護士も呼んであるらしく、先に屋敷に向かっているとの事だった。つまり私は安藤家の人間がその場にいた方がいいからと呼ばれただけの存在だった。


予想通りにあっさりとワンメーター以内で屋敷の入り口に辿りつくと門の前にスーツを着た男性が2人待っている。私に気がつくとゆっくりと近づいてきて軽く会釈して自己紹介をした。


「以前にお見かけはしておりますが、しっかり面と向かうのは初めてですかね。紅葉坊っちゃま。顧問弁護士の佐藤です。こっちは倅の未知です。今回は勉強の為に連れてきております。ゆくゆくは私も引退を考えておりますので、その後は倅が引き続き安藤家のお手伝いをさせていただくつもりです。」

「お話はかねがね伺っております。安藤家次男の紅葉です。佐藤先生、私もいい歳ですので坊ちゃんはやめてください。未知さんの事は多野に聞きました。こちらこそよろしくお願いします。」

「ははは、これは失敬。では参りましょう。まず設備等一緒に見ていただきます。その後、今からですと1時間程で先方が来られますのでそれから本契約をしてこちらは終了です。その後は医院ですが、これは後程お話ししましょう。」


門扉を開くと、そこには一面の芝生が広がっており、その奥には控えめに普通とは言えない洋館が見える。母さんは迎賓館でも作る気なのか。それもまたやりかねない、と思わず漏れた独り言を隠しながら、歩を進める。広い広い芝生の庭は見目麗しいが、明らかにこれは庭師と館の手入れをする人足が必要だ。1人やそこらでこなせるとは思えない。少なくとも2人は確実に常駐で世話をしてもらう必要があるだろう。本家の世話は庭師は別途頼んでいるにしても、屋敷と車の管理で3人。それに行事などがあれば何人か都度雇い足している。まあ全ての目処をつけた上で買おうとはしているのだろうが、相変わらずの豪傑さだ。住むと言うよりも”世路”の用で使う気ならば見せ物としての役割も必要なのかもしれない。


何となく想定はしていたが、中も思った通りの迎賓館っぷりで、一体今の持ち主こそ何に使っていたのかと本気で疑問に思う。まあ似たような宗教関係と言われれば何となくわからなくもない。恐る恐る聞いてみればそれは意外なものだった。元を辿ればまた違ってはくるものの、今の持ち主は撮影などに貸し出す事をメインにしていたようで、さながらレンタルスタジオだったようなのだ。だがある程度使われると同じ絵になってしまうからと客は違う物件に移り始める。次のターンを待つ手もあるが、そうこうしているうちに相続が発生し、手に余るからと売りに出したらしい。相続でこの物件は明らかに問題児で、相場よりもだいぶ安く話がまとまっているのだとか。安藤との話が決裂した場合は結婚式場になる話もあったようで、それもまた納得だ。実際に晴れた日にこの芝生の上ではウェディングドレスが映えるだろう。余裕でガーデンパーティが出来る程の広さはある。日本庭園では出来ないそれが今回の購入の一つの目的なのかもしれない。あの人はとにかく人を集めるのが好きだから。


ある程度見て回るのに思いの外時間を要したものの、特にわかりやすい欠陥もなく、と言うよりも私が見た所で本当に表の見目しかわからない。実際は業者を入れてある程度のチェックはしているそうだから、そこでリストアップされていた老朽箇所を数箇所見た程度だ。それも後日修繕の手配まで済んでいる。私はあくまでこれで問題ありません、と言う為だけにここに送られた。母が自分でなくてもいいと言うのもうなづける。既に全て済んでいるのだから、確かに母の目は今更必要ない。形ばかりの本契約を済ませ、この迎賓館は安藤家の資産となった。これからひと月程かけて改修を行い、そこから住むなり施設として使うなりが可能となる。


ピピピピピ・・・


マナーモードにし損ねた携帯からメールの着信を知らせる音が響く。全て終わって屋敷を出ようとした所だったから良かったものの、確認しながらそれでも垂れた冷や汗を拭う。メールは母からでそこには自撮りしたと思われる笑顔の恵の写真が添えられていた。離れてまだ数時間とは言え、ちゃんと笑っていてくれて助かった。私自身も少しずつ恵から親離れをする事も考え始めなければ、気がつけば思春期の娘にウザがられるようになってしまうだろう。とは言え、あと数年はこの笑顔を見ていたいものだ。


一泊二日で済むかと思われた出張は少しづつタイミングがずれた事と台風が来てしまった事で飛行機が欠航し、ずるずると伸びて結果的に1週間の長丁場となってしまった。その間、恵は夜泣きする事もなくしっかり朝まで寝入っていたと言うのだから既に恵は親離れを始めているのかもしれない。少し早すぎる気もするが、女の子はませるのが早い。それは兄庵の娘郁を見ていてよくわかる。郁は恵の5つ上だがその口調は時折義姉さんを彷彿とさせる程で、兄は既に小言を言われている。10歳であれなら、高校生にでもなった日には本当に口を聞いてもらえなくなるのかもしれないな、とまだ少し遠い未来の思春期を先取りしてほろ苦くなったものだ。母は”世路”の仕事と集会がちらほらあったものの、その1週間は優先的に恵に時間を割いてくれたようで、存分に甘やかしてくれる祖母に居心地よくしていたようで助かった。


医院の買収も無事に済み、こちらからは医師になり大学病院で10年近く勤めた多野卓を院長として送り込む手筈となった。彼は雪の息子の1人だ。そろそろ独立を考えていると雪に聞いた母がそれならばとこの話を持ち出したのだ。安藤としても身内に医者がいてくれると助かる。そして裏の意味では”世路”での自由が効く人足と施設が必要だった。その為の投資は厭わず、恐らく軌道に乗るまでに億単位の資金を注ぎ込んだ事は間違いない。何故そうまでするのか。その実、安藤の家には悪癖があった。それは安藤のものと言うのか、それをそのまま集団に投影した”世路の教え”が諸悪の根源と言えるのか、もはや卵と鶏のどちらが先だと言う話にも似ているその起源を元に今も秘密裏に行われているのだ。実際、多野家への援助もその為で全ての必要経費は安藤持ちなのだ。一蓮托生とはこの事。その秘密を守る為に多くの金と人が動いていた。そして厳重にそれは守られた。秘密は縁を濃くし、金の流れを堅牢にした。そうする事でより権力も金も集まり、益々大きく深い淵となっていく。その淵に足を踏み入れた者は容易に逃れる事は出来ず、それを保つ為にまた新しい仲間を増やそうとする。自分の利の為だ。人はどうとでも化ける。それが時に倫理や理を超えたものであったとしても。それどころか自分たちは許される、そんな驕り高ぶりさえが彼らの”普通”となる。それは次の世代へも引き継がれ、そして歴史となる。因習と呼ばれればまだいいだろう。その言葉を使う過程でどこかの誰かがこれはおかしいと思った瞬間があるのだから。問題はそうも思わなかった時、それが”普通”であり続けた時。時としてそれは常識のように振る舞い、そうでないものを非常識と否定するだろう。明らかにその環流の中で生きている自分が抗うにはあまりにも大きな相手である事はわかりきっているものの、このままでいいはずがない、そうも思うのだ。それでも私は自分がどう振る舞うべきなのか今もまだわからない。


自分の家は他とは違うのかもしれない。そう思った思春期の頃、大人になれば何かわかるのかもしれない。何か変わるのかもしれない。自分にも大きな力が宿るのかもしれない。漠然とそう思っていた。ただそれは歳をとってどうにかなるものでもなく、結婚して子どもを持って、そしてその妻と別れても、ほとんど何も変わっちゃいない。ある日天からスッと頭に降りてくるようなそんな代物ではないのだ。体だけは歳を取り、顔だけ見ればそれなりの風貌なのに、それでもどうだ。自分はあの頃の環流の一部のまま、何も変わらないし、変わろうともしていない。自分が出来ない事を棚に上げて、一族の隠部を因習だと1人揶揄する事でしかそのやるせなさを消化出来ないのだ。ただ時に成長を余儀なくされる事もある。それは偶然に、必然に、強引に、空気を読まずに唐突に選択を迫る。逃げる事も出来るだろう。見過ごす事も出来るだろう。暗に受け入れる事だって出来る。自分の事だけならば。


*****

長引いた出張から帰ってすぐに事態を知る事となった紅葉は我を無くして声を荒げ、今にも暴れ出しそうな勢いだった。


「恵に何て事させたんだよ!」


大声をあげて母四葉の胸ぐらを掴み、鬼の形相で今にもしめ殺してしまいそうな所を母の秘書の雪と声を聞いて奥の書斎から駆けつけた兄の庵に止められた。


「紅葉!落ち着け!」


何を言われても耳に入らない。全てが目の前で落としたショートケーキのようにぐちゃっと形を変える。目に入るものも、耳に聞こえるものも、口から発するものも全て全てぐちゃぐちゃで見るに耐えない、受け入れ難い、どうにもならない代物になる。


「このやろう!どうしてくれるんだ!何で!何でっ!何でそんな!ふざけるなよ!」


その後やってきた雪の弟の武雄と庵の男2人がかりで母から引き離されたものの、怒りが沸騰すればする程に自分のものとは思えない力が身体中に巡る。血圧が異常に上がり、末端の毛細血管がちぎれるようだ。最高潮に達したその時、眼球の血管も切れ、その目は赤く染まる。


「何をどうしたってあんたも抗えないのよ。今の自分の様子を見てごらんなさい。これが普通なの?あなたが言う普通なの?」


胸ぐらを掴まれて乱れた服を戻した母が甚く冷静に部屋にあった姿見の鏡をくるりと回してその姿を映して見せる。そこに映る自分の姿は人と言うよりは鬼のようで、暴力のその先を渇望しているその血の気配がまざまざとして、そこで一気にえずいた瞬間に腹の中の物を戻した。これ以上暴れる事はないだろうと踏んだ武雄は庵に私を任せ、粗相の跡を片付けるべく部屋を小走りで出ていった。大して何も食べていないのに吐いても吐いてもスッキリしない。もう胃液しか出ていないのに、それでもダメなのだ。恐らく五臓六腑の全てを吐き出して、自分を終えてしまうまではこの気持ち悪さが抜ける事はないのだろう。


「恵には才能があるわ。郁も線はいいけれど、跡目は恵かもしれない。それは私が死んだ後でないとわからないけれど。私たちには私たちの役目があるの。それは私たちにしか出来ない事。紅葉、あなたも選ばれた子なの。選ばれた子のあなたの娘も選ばれたの。観念なさい。あなたは困っている人に手を差し伸べないの?」

「それでも、あの子には普通の生活をさせてやりたい。お願いだから、私はどうなっても構わない。お願いだ、母さん。お願いだから。あの子だけは。私はどうなってもいい、何でも言われた通りにするから。あの子だけはお願いだ。頼む。頼む・・・。」

「・・・はぁ。とは言え、あの子も直にその欲求に気が付く時が来るわよ。そうなったらこの家の目の届く所で生きた方が確実なのはあなたもわかっているでしょう。私たちは求められて、それを実行する。お互いの利害が一致してるの。だからここにいればコントロール出来る。目覚めたらすぐにこちらに戻す事を約束するなら、一旦あの子は保留にしましょう。どのみち関東の地盤を固めたいのよ。丁度いいからあなたにはそれに尽力してもらいます。それが整うまでは私たちが恵に接触する事も避けましょう。そうすれば数年はあなたの言う”普通”の暮らしが出来るわ。家も別に用意してあげる。でもあなたはその職務の全てを負うのよ。庵のように教育していけばあなただって楽になるのに。それをしないと言うのならあなた1人でやり遂げなさい。それが出来るなら約束しましょう。こちらは庵と神楽がいるから任せていいわ。郁だってそろそろ戦力になる。もしもの時の為に郁は将来”世路”の跡目にもその補佐にもなれるように教育します。郁と恵が将来の安藤を支える事実は変わらない。これを忘れないで。約束出来るわね。」

「わかりました。関東の地盤とは先日の屋敷と買収した医院の拡大でしょうか。」

「そうよ。あなたはあの屋敷であちらの困っている人々に手を差し伸べなさい。あちこちでたくさんの人が助けを求めているわ。医院の院長に卓を送ったわね。そのツテでスムーズに処理が出来るように流れを構築してシステム化しなさい。屋敷の管理には本家同様の使用人をつけます。あなたはその監督も兼ねて裁量権を持ちなさい。世間体の為に適当な仕事のカモフラージュも考える事。質問は?」

「ありません。では出来る限り早く荷物をまとめます。当面必要なものだけを持って、明日、明後日にでも本家を出ます。兄さん、面倒をかけますがよろしくお願いします。」

「気にするな。恵ちゃんはまだ幼い。今回の事はもしかするとよく理解もしていないし、覚えてもいないかもしれない。目覚めなければそれはその時だ。関東はまだまだこれからだ。私たちの需要も多くある。また私も出張があれば顔を見に寄るから。恵ちゃんには接触しない。紅葉が屋敷にいる時に出向くよ。向こうでも頑張ってくれ。」

「わかりました。先程は取り乱してしまい申し訳ありませんでした。安藤紅葉、これからも身を粉にして安藤家の発展の為尽くさせていただきます。」

「はい、よろしく。では庵、諸々紅葉と確認して必要であれば雪と武雄に話を通して。じゃ私はそろそろ出るわ。」


いってらっしゃいませ、その言葉の後に草履の摺り足の音が妙に耳に残る。和服の出立の母は今日も依頼を受けて、その命を刈り取りに向かうのだ。


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