私は、『いじめ』なんてしていません。
「シャルロット・ウィンレイン!いずれ国母となるリーリアに数々の虐めを行ったお前の罪は、重く大きい!よってお前を、死刑とする!!」
ざわざわと騒がしい舞踏会で、階段の踊り場に立ち、私にそう告げて来たのは、フェリクス王太子殿下。
彼は、金髪緑目の美形で、私が婚約者候補だった人。…というだけで、実の所、あまり面識は無い。
「私は、ごめんなさいの一言で良かったんです。でもフェリクス様が、愛しの人を傷つけられたから、死をもって償ってもらわないと気が済まない…って」
「……事実無根です。私は虐めなどしていません」
私がそうキッパリと断言すると、フェリクス王太子は黙っていられなかったようで。
「何を言う!証拠も揃っているのだぞ!」
「では、それを見せて貰えますか?」
間髪入れずに返すと、リーリアは一瞬躊躇ったような顔をした後に、一転して悲し気になった。
「シャルロット様は、私を疑っているんですね…。でも、悪いことをしたら大人しく謝る、なんて、子供でも出来ます。公爵令嬢として、じゃなくて、一人の女の子として謝ったらどうですか?気が楽になると思います」
「リーリアの言う通りだ!…だが、僕と君が難なく結ばれるためには、証拠を見せることも必要だろう。リーリアには辛い思いをさせてしまうが、証拠の品を持って来させよう」
口角が一瞬下がったことは、幸い気付かれていないようだった。
従者に命令するフェリクス王太子と、相変わらずシュンとしているリーリアを、私は笑みを形どりながらも冷めた目で見やる。
「それでは、証拠の品々が到着するまでお喋りでもしましょうか。何か聞きたいことはありまして?」
「あ、あの!……私、どうしてシャルロット様に嫌われていたのですか?」
「別に、貴女のことは大して嫌いじゃないわよ?」
「なら、何で虐めなんてして来たの…!?私、辛くて、苦しくて――」
「…何度も言うけど、私は虐めなんてしてないの」
「だ、だって、私のノートを切り裂いて、悪口を綴った手紙を送って来て、机の上に小鳥の死体だって置いてきて!」
水色の瞳を潤ませて、リーリアはこちらを睨んでくる。
「挙句の果てには、お母様の形見まで壊してきたじゃない!私が嫌いじゃないなら、そんなこと、しなければいいのに…!!」
「リーリア…。辛かっただろう。もう大丈夫だ。君の事は、僕が守るよ」
しくしくと泣き出してしまったリーリアを、フェリクス王太子は優しく抱きしめた。
周囲では、リーリアへの同情が込められた囁きが空間をざわめかせ始める。そして同時に、私へは非難の視線が向けられた。
「私は、虐めなんてしていません」
そんな中でも、自分の主張は一切曲げず、堂々と言い放つ。
けれども、それを遮るようにして、バンと舞踏会上の扉は開いた。
「―――殿下!お持ち致しました!!」
「よくやった。…さぁ、シャルロット。もう言い逃れは出来ないぞ?」
持って来られたのは、最早原形をとどめていないネックレス。それから、暴言の数々が綴られた紙に、ビリビリに裂かれたドレス。
その他にも、見るも無残な物たちが、ワゴンの上にはのせられていた。
「これだけでは、シャルロットも言い逃れが出来るだろう。だが、この魔具をもってすれば、最早嘘を吐くことなど不可能!罪人の自白向けに作られている物だが、文句はいうなよ?」
「……」
それは私も見たことがある魔具で、手をのせて嘘を吐けば、魔具のランプが赤く光るという代物。これによって王国の平和が守られているのは知っていたが、使うのは初めてだった。
「さぁ、手をのせろ!!」
腕を掴まれて、乱暴に魔具の上に手をのせられる。ぎゅっと握りしめているので、鈍い痛みがじんじんと腕を伝わった。
「リーリアの母君の形見を壊したか、壊してないかを言え」
「…私は、リーリア様のお母様の形見を壊していません」
皆が見守る中、魔具のランプは。
「……やはり、お前がやったのだな」
ぼうと赤く光ったランプを見て、フェリクス王太子から憎悪の瞳を向けられる。
「私は、リーリア様の陰口を言っていません」
「私は、リーリア様のドレスを引き裂いていません」
「私は、リーリア様の暗殺を目論んだことなどありません」
「私は、リーリア様の元に暴漢を送らせてなどいません」
「私は、リーリア様を無視していません」
数々の言葉を述べると、その全てに魔具は赤い光を灯す。
それに相まってフェリクス王太子が私の腕を掴む力はどんどん強くなっていき、ついには血が滲むほどまでになった。
「お前、よくもリーリアを…!!」
「……私は」
その言葉を遮って、私は微笑んで口を開く。
「―――私は、いじめなんてしていません」
すると、ランプの赤の光はたちまち消え去り、後には静寂が残った。
「…………どういうこと?これ、壊れてるの?」
可憐な声を震わせて、リーリアは呟く。
けれども、私が再度「リーリア様を殺したいと思ったことはありません」と言うと、ランプは再び赤く光った。
「……だ、だって。わたし、わたしは、いじめられてて…!」
「いいえ?私、いじめなんてしてませんよ?…私はただ、制裁をしたまでですもの」
そう口にするなり、私が纏っていた濡烏色のドレスに、じんわりと濃い紫の染みが広がった。ドレスを滑り落ちたグラスにヒビが走り、続けざまに、毛先が少しカールした金髪には甘いクリームと果実がぶつけられた。
「この悪女が!!よくも、よくも…!」
「さっさと死ねよ!リーリアを悲しませるなんて!」
「リーリア様に謝れ!」
数々の料理がぶつけられて、その衝撃に耐えられず、私は尻もちをつく。
陶器の皿は床で砕け散り、破片がこちらまで飛んできた。
「皆、やめて!シャルロット様が可哀想よ!」
だけど、リーリアの一言で場は再び静まり返り。
私は、頬に掛かったクリームを拭った。
「シャルロット様。私、謝って欲しいだけなんです。‟ごめんなさい”って。それだけで良いんです。そうすれば私、死刑にならないよう、頼み込めますから」
「…じゃあ、貴女が地に頭をついて謝れば、私も謝ってあげるわ」
「お前、どの分際でそんな事を!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ王太子は無視し、私はリーリアを一心に見つめる。
「悪いことをしたら謝るなんて、子供でも出来るのでしょう?なら、今すぐ地べたを這って、謝って」
「何で…!」
「私だって、貴女から謝罪の一言でもあれば、何もしなかったのよ?」
目の前にいる、桃髪に水色の瞳の男爵令嬢。
私は一体、何度この子に憎悪を向けた?殺したい、憎らしい、死んでしまえって、何度思った?
「―――ルカを返して、と言ったら、あなたは分かってくれるかしら?」
視界はじんわりぼやけているのに。笑えるところでもないのに。愛想笑いなんて浮かべなくてもいいのに。それなのに、口角が今もなおぎこちなく上がっているのは、ずっと笑んできた故の癖だった。
「ルカ、って…」
ようやく思い出した様子のリーリアに、怒りともいえない気持ちは沸々と湧いてくる。
(私の側に唯一いてくれた、大好きで大切な、ルカ。ルカは、あなたを庇って死んだのに…)
それなのに、この期に及んでリーリアは、今の今まで分かっていなかった。
どうして私が手を出し続けたのかも、きっと、理不尽だとしか思っていなかった。
「で、でも、私が虐められる筋合いはないじゃない…!」
「……どの口で、それを言えるの?」
無駄にかさばるドレスに隠していたナイフを手にして、リーリアの前に立つ。
「…自分の罪を思い知って」
ナイフを向けた先は、リーリアの心臓ではない。私自らの心臓にナイフを向けた私を見て息をのんだリーリアには気にもとめず、私は一気にナイフを突き立てる。
「ひっ…!!」
どくんどくんと鮮血が滴り落ちて、ドレスに赤黒い染みをかたちどる。そして私は、かたかた震えるリーリアの頬に手を添えて、耳元に唇を近付けた。
「――――…この世界は、小説の世界なんかじゃない」
小声でそう囁かれたからか、それとも人の血をべったりと頬に塗られたからか、リーリアはよりいっそう青ざめた。
「なんで、それを…!」
怯えたように佇むリーリアを小気味よく思いつつ、私は意識を暗闇へと委ねた。
◆◆◆◆◆
『シャル。大好きだよ。俺が、ずっと側にいるからね』
母親にも、父親にも、愛して貰えなかった私を、唯一愛してくれた人。
…それが、ルーカス・リオン。私が愛そうと思えた人は、後にも先にも、彼だけ。
『ルカ、ルカ。わたしのこと、おいていかないでね』
何でかは分からないけど、周囲からすぐ嫌われて。
母親と父親から、暴力も受けて。
だから、こんな世界は大嫌いで、へにゃって笑うルカは大好き。
――――それなのに。
ルカは、あっけなく死んだ。
リーリアっていうご令嬢を庇って、呆気なく、死んだ。
……そのリーリアっていう子のことが、会ってないくせして嫌いになるのも当然で。
でも、虐めはしなかった。
だって、ルカもそれは嫌だろうと思って。
―――まぁ、それも少ししか続かなくて。
『やっぱり、ルカ死んじゃったのは痛手だったかな。護衛ポジいないと、流石にちょっと怖いんだよね』
『仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。全然おちてくれないし、そこは危険ですって止めて来て鬱陶しかったしねー。フェリクスも、あんな奴護衛にしてくるとか、ありえないし~。もう、もっと人選ちゃんとしろよー』
『護衛としては確かに強かったけど。あそこで、「吾輩に何か用か」って魔王スティード出て来るはずだったのに出て来ないし、スティ様に会うために着てった一張羅のドレス汚れるしで、ほんと散々~』
『それに、悪役令嬢シャルロットも虐めてこないんだもん。コイコイの世界なのに。ゲーム転生だったらバグも有り得るけど、小説転生なんだからバグはないでしょ』
―――放課後、リーリアしかいない教室内で。
偶然私が聞いてしまったことは、大半が理解不能だった。
……でも、ゆっくりと嚙み砕いていくと。心に湧いたのは、憎悪。
大嫌いともいえない。
どうしようもない、悲しみのような、そんな、感情。
…だから、たくさんたくさん、手を出した。
申し訳ないとは思えなくて。
世界が彼女を許しても、私は、許せなくて。
‟いじめられる方は悪くない”
みたいに、皆は彼女を庇ってばかり。
私は、泣いて悲しむ彼女を見ても、可哀想だなんて思えなかった。
もうやめようとも思えなかった。
こんな私は、ルカから見ても、傍から見ても、悪人でしかない。
…だけど、私にとっての極悪人は、紛れもなく、リーリアただ一人。
――――許せない、許せない、許せない、許せない!!!!
今もなお、胸をぐるぐる巡っているのは、言いようがない、とめようがない、感情。
だから、ありったけの憎しみを込めて、私は口にする。
「―――どうか、どうか!!地獄に落ちて!!!」
血しぶきをあげて深紅に彩られて死んでいった私の姿はきっと、彼女が言った‟悪役”として、最高に相応しい成れの果て。
バタフライエフェクト的なやつで、本当はゲーム本編始まるまで会う事のなかったルカとシャルロットが会っちゃいました。ので、リーリアは実質的な恋のキューピッド…
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その他にも短編あげてます((*_*・ω・)