北の大地にて2
その闘技場は城の地下にあり、そとは厳冬だというのに、そこは熱気に満ちていた。しかしよく見ると闘技場の観客が2種類に分かれているのが分かる。一つは熱狂的になっている者。もう一つは憎悪、恐怖、悲嘆などの感情を目に浮かべ静かにみている者。熱狂的なものは伯爵の配下の者、そして静かにみているものは町の住民だった。
闘技場のは直径10m程の戦いの場となるリングと、その上に5段になった観客席がある。リングの周囲には3m程の壁があり、観客席はそこから上に設けられていた。
そして、今リングの中では凄惨な試合が行われていた。両者ともまるでクマかというような大きさと膨れ上がった筋肉を持っており、殆ど裸で、一応ビキニパンツとサンダルは履いているが、その体は血だらけだ。
だが片方はフラフラで目もうつろなのに対し、もう片方は余裕綽々で観客にポージングを見せている時さえある。両者に付いた血は、片方が流した血だった。その余裕綽々の男こそここの伯爵家の当主ガードスだった。
リングの上には檻が吊り下げられていて、その籠の中には飾り気のない服を着ているものの若く美しい娘が閉じ込められていた。
「もうやめて!もうやめてください!私は領主様の妾になります。ですからお願いします。もうやめてください」
檻の中の女性は必死に涙声で訴えている。
「おおー、聞いたか皆の者!何と美しい愛情よ。さあ、お前の答えはどうだ。ん?」
ガードスが男に顔を近づけるも、男の目はうつろでなにも反応が無い。
「ふむ。いかんなあ。女が必死に頑張っているのにこれではなあ。もしかして、女の声援が足りなかったのか?よし、こうしよう。女は俺の妾ではなく家畜として飼うことにしよう。たかが領民の女が俺の妾などおこがましいからな。家畜小屋で飼って、家畜の餌を食わせ、家畜のように扱ってやる。さあ、女。俺様の家畜になると誓うんだ!」
「わ、わたしは、ご領主様の」
があああぁ、と獣のような声を出し、女の言葉を遮り、先ほどまでうつろだった目に闘志を燃やしながら、男はガードスに殴り掛かる。だがその拳が顔にあたったにもかかわらず、ガードスは少し首を傾けた程度である。
「ふむ。まだやれるではないか。いいぞう。今宵の獲物は実にいい。さあ、もっと頑張るんだ」
ガードスは無防備に両腕を大きく広げる。そこに男はこぶしを打ち込むが、顔には届かず胸にペチっと当たっただけだった。そして男は崩れ落ちる
「なんだ。もうさっきので最後の力を使い果たしたか。ふん」
ガードスが男を蹴ると、まるで綿が入っただけの軽い人形のように、男は壁に向かって飛んでいく。そのまま壁に激突するかと思われたが、一人の男が捕まえ激突を防ぐ。
「おい、大丈夫か!おい、返事をしてくれ!」
受け取った男はミウレッヒだった。
「あ、兄貴……なん……で……」
死にかけた男が淡い光でつつまれる。男の傷が見る見るうちに治っていく。そこにはフードを目深にかぶったローブ姿の人物の手が添えられている
「すまん。俺の決断が遅かったばかりに……この仇は必ず討つ」
ミウレッヒは悔しさのあまり目を瞑り涙を流す。そして恐る恐る目を開けた時見えたのは傷一つない弟分の身体だった。
「あれ?痛くない。俺このまま死ぬのかな?」
息も絶え絶えだった男がいきなりはっきりと話し始める。
「大丈夫ですよ。旦那様はその方を守っていて下さいね。あ、恋人様もいるんでしたっけ」
緊張感のない声がしたと思うと、天井から吊るされていた鎖が切れ、檻がローブ姿の人物に向かっていく。そしてその人物は人が入った檻を片手で掴んだ。
「これもお願いします」
そう言ってミウレッヒにひょいと檻を押し付ける。
「ちょっ、おまっ」
力には自信があったミウレッヒだったが身動きが取れなくなってしまった。声、ローブから出た手、ローブの上からでも分かる胸のふくらみで、謎の人物は女性だと分かる。そしてフードから現れた顔は、ガードスの想像を超える美しさだった。未だかつてこのような女性を見たことが無い。自然と鼻の下が伸びる。先ほどの不可解な出来事など、きれいさっぱり記憶から消えていた。
「今日は何とよ良き日か。新しい妻が俺様の元に現れるとは。お前なら側室いや、正室にしてやってもいい」
ガードスはニヤニヤと笑う。
「貴方の妻になるなんて嫌よ。まあ、私に決闘で勝ったらなってあげても良いわ。私は強い男が好きなの。でも、貴方は私が勝った場合何をくれるの?」
ガードスに比べたらまるで子供のように見える少女は、動じることなくガードスに聞く。
「俺様と戦うだと?クックックッ。威勢のいい女も良いものよ。何でもくれてやるとも」
ガードスは完全に馬鹿にして言う。
「そう。それはよかったわ。面倒が無くて済むもの。じゃあ貴方の爵位と領地を貰うわ。さあ戦いましょう。武器はどうするの?」
「せっかちな女よな。何でもいいとも。お前の好きな武器を好きなように使うと良い。じっくりともてあそんでやる。心配するな後に残るような傷はつけないとも」
ガードスは舌なめずりをする。先ずは寝技か。関節を外した時にあの美しい顔が痛みに歪む姿を想像すると股間が熱くなる。女が自分を傷つける事ができるなど露ほどにも思わなかった。なぜなら自分の鍛え上げた身体は、鋼をも上回るからだ。女の力では例え名剣をもってしても傷一つつけられることはない。
ガードスが合図をすると、試合開始を告げる銅鑼が叩かれる。そしてガードスが女がまず何をするのかを見ようと、構えたとたん女は踵を返す。
「おい女なんのつもりだ!」
ガードスは怒鳴る。
「あら、馬鹿は死んだことにも気が付かないのね」
「なにを、ヴェラグァ」
ガードスが動き始めたとたん身体の至るところに赤い線が生まれ、そこから身体がずれ、血が噴き出し、バラバラになっていく。
一瞬の出来事に、闘技場はシーンと静まり返る。暫くして我に返ったガードス配下の者が叫ぶ。
「反逆者だ!殺せ!」
それを叫んだものの首が飛ぶ。そして行動に移したものの首も飛ぶ。よく見ると首が飛ぶたびに光りの鞭の様なものが見える。女が使っているのは蛇腹剣と呼ばれるものだった。細かいくの字型の刃が魔法の糸で結ばれた。変幻自在の剣だ。だがそれにしても凄まじい間合いの長さと切れ味だった。
そしていつしか女に近づく者は居なくなった。
「嫌だわ。ちゃんと正当な手段でもらったのに。これじゃあ強引に奪い取ったみたいじゃない。まあ、みんな死んじゃったからどうでも良いけど」
女はもう死体になったガードスの配下達に興味がないようだった。
「い、一体何なんだ?」
訳が分からないという顔をしたミウレッヒの前に女が跪く。
「私の名はイスナーンと申します。貴方のお父上様は民の為中央貴族に逆らい、無念にも殺されてしまわれた、先々代のサオエズロス伯爵様のご遺児でございます。貴方様は正当なる伯爵家の後継者、ミウレッヒ・ジル・サオエズロス伯爵なのです。さあ、今こそお爺様の無念を晴らす時です。微力ながらお手伝いするためにはせ参じました」
「はい?」
ミウレッヒは何とかそう答える事しかできなかった。
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