お茶会
最大の山場と考えていたロールアンクスを倒した後、7月1日になるまで私がのんびりしていたかというと、もちろんそんな事は無い。
強化をしたのは情報収集の強化。簡単に言えばスパイ活動の強化だ。今までは自領周辺で手一杯だった。それよりはロールアンクスを倒す為の軍事力強化の方が優先度が高かったのだ。
それが成功に終わった今次に重要なのは中央の状況と勇者候補が現れる場所だ。
一応ゲームでは比較的平和なこのウィステリアの西部の海岸に流れ着くのだが、ゲーム通りとは限らないし。場合によっては自分達が接触する前に死ぬ。と言うかその可能性は非常に高い。人だと思って近づいてゾンビに殺される。野犬に殺される。はたまた吸血コウモリに殺される。崖から落ちて死ぬなど死ぬパターンには事欠かない。
流れ着く正確な場所が分かればいいのだが、流石に分からない。考えても見てもらいたい、企画会議で日本地図ぐらいの大きさの地図の中で、宮崎のこの辺りとか印がつけられているのを覚えていても、その海岸線の範囲は数十㎞はあるのだ。正確な場所が分からなくても仕方がないと思うだろう。ゲームの序盤なんて私の記憶もかなりあやふやだし……
中央の状況も重要だ。中央は日の光が当たらないため、農産物は基本的に無いと言って良い。そして無いなら奪えば良いと軍事に国力を極振りした、古代のスパルタのような所だ。
幾らウィステリア公爵領が豊かな領で力を持っているといっても、こと軍事力では比較にならない。長期戦に持ち込めれば補給面から何とかといったところだろうか、領土も人員もボロボロにはなるだろうけれど。
そうは言いつつも、将来的にはどうにかするつもりだ。何時までも搾取されるのは性に合わない。ただ、私の人生はまだまだこれからで、それをやるのは正式に女公爵となってからでも遅くはない。それよりもこのフェーゼノン王国の行く末の方が大事だ。
いや、別にこの国に対して忠誠心などないのだが、ゲームのシナリオが始まりバッドエンドだと、国全体が海に沈む。グッドエンディングだと主人公が王となり、今の体制が強固になり、王家以外は隷属する貴族たちとこの世を嘆く平民達だけになる。トゥルーエンドで、今の体制が崩れ、空に浮かぶ暗黒の空間が消え、大地全体に光りが差すようになる。
放っておいてもトゥルーエンドに行ってくれるのなら、若しくはゲームのように破滅へのシナリオが始まらないのなら、のんびりできるが、知らないうちに海に沈むのも、隷属しか道が無くなるのもごめんだ。
そういうわけで、私とホムンクルス達は情報取集と、情報網の構築に全力を注いだ。スパイの基本活動は、非常に地味な世間話の収集だ。裏方はホムンクルス達に任せ、私は社交界での交流に精を出した。とは言っても直接、中央貴族の社交界には行っていない。あそこの社交界は独特なのだ。ちょっと私にはハードルが高い。なので、参加した貴族のお茶会に出席した。
「ようこそいらっしゃいました。ウィステリア公爵令嬢様。こうして公爵家のお嬢様をお招きできたこと、光栄に思っております」
中年に差し掛かった女性が私に対し優雅にカーテシーを行う。中年に差し掛かったといっても、その体は引き締まっているのがドレスの上からでも分かる。肩幅も広く腕も太い。胸も大きいが、それは胸が豊かだというより胸襟が発達しているというべきものだ。中央貴族に近いものの特徴である。あの義父や屑野郎の婚約者が特殊なのだ。まあ、それ故にこそ中央になじもうとしないウィステリア公爵家に派遣されたのだろうが。
「こちらこそ、お招きありがとうございます、オズミラ伯爵夫人。両家の緊張がある中、こうして女性同士だけでも交流が持つことができたのは嬉しく思います」
私も挨拶を返す。本日は格式張らない軽いお茶会と言う事で、伯爵家の邸宅の中庭にあるオープンテラスで行われる。招かれた客は7人。それぞれの格好でどの派閥に属するのか一目瞭然で分かるのが面白いと言えば面白いかもしれない。ゲーム的に言えばそれぐらい分かりやすい特徴がないと、逆にプレイヤーが悩んでしまうというのがある。
その特徴というのが私の様な、普通ファンタジー世界といったらこうだろうという、典型的な貴族の格好をしたもの。もう片方は露出多めのドレスで、その代わり金やプラチナなどの飾りを多くつけたものである。
私のような恰好をしたものをウィステリア公爵派、口さがない連中は辺境貴族派と呼び、オズミラ伯爵夫人のような恰好をしたものを王党派、若しくは中央貴族派と呼んでいる。特に今は表面上は派閥争いをしている訳では無いので、こういうお茶会にはそれぞれ属している派閥の格好をする。もちろんウィステリア公爵家主催の催し物は王家といえどウィステリア公爵家の流儀に従うし、逆もまたしかりだ。だが、他の貴族にはそこまでの影響力はない。この点から見ても如何に我がウィステリア公爵家がフェーゼノン王国において特別な地位に有るかが分かるだろう。
「それにしても、お身体が弱く、あまり表に出られないとお聞きしていましたが、ご令嬢が公爵代行様の補佐をされるようになってからの、ウィステリア公爵家の発展は目覚ましいものですね。正式にウィステリア公爵家をお継ぎになったあかつきには今の方針を続けられるのでしょうか?」
オズミラ伯爵夫人が優雅に分厚い金属でできた1ℓは入るであろうジョッキを、テーブルに置きながら言う。念の為に言うが中に入っているのはビールではない。私は逆に金で縁取りがしてある、小さなカップを持ち上げ口に運ぶ。中に入っている紅茶風味のホットミルクを一口飲む。ミルクティーではない。紅茶風味のホットミルクだ。
そしてそれをソーサーに戻しながら話し始める。
「こう言っては何ですが、義父は少々皆様にご迷惑をおかけしていると思いますの。今すぐとは参りませんが、ご迷惑をおかけした家には、それなりのお詫びの品をお送りしようと考えています。もちろんそれですぐに関係修復とは参らないでしょうが、歩み寄りは大事かと」
「まあ、良い考えだと思いますわ。同じ国の貴族同士でいがみ合っても仕方がないことですもの」
オズミラ夫人はそう言って笑い。お茶菓子のビーフジャーキーの欠片を口に入れる。ちなみにお茶菓子とて並んでいるのは、クッキーやケーキの様なものの他に、ジャッキーカルパス、ウインナー、ケバブ、チーズなどが並んでいる。お茶菓子といえど肉類を出すのが中央貴族風だ。ちょっと私はそれを茶うけにホットミルクは飲まないけれど。
「それにしてもオズミラ伯爵夫人。ネックレスの数が増えたのではありませんか?」
オズミラ伯爵と同じく対立していた、モネンヴァン子爵婦人が褒める。
「まあ、わかりましたか、実はこれで4㎏を超えましたのよ」
「それは羨ましい。私など最近は肩が凝り始め、そろそろ数を減らそうかと思っていたところです」
中央貴族派が嬉しがるのはネックレスの造形ではない、どのぐらいの重さのネックレスを首に下げているかだ。
お茶会はつつがなく進んでいく。
「私、公爵ご令嬢様の事を誤解していたようですわ。良ければ、別の友人をご紹介させて頂いてもよろしいかしら」
「もちろんですとも」
私は愛想よくニッコリ笑う。こうやって人脈を広げていき、いち早く情報を得、自分の有利な情報を流す。これこそが社交界という名の戦場なのである……でも正直疲れるというのが本音だった。
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