公爵令嬢、神人になる
扉の向こう側に立ち込めていた白い靄が晴れていく。神竜ロールアンクルが倒れたのだ。実に20日にも及ぶ戦いだった。靄が晴れた後、その向こうに、倒れた白い巨大なドラゴンと騎士団を中心とした部隊が見える。ロールアンクルの経験値は驚きの1000万。騎士団員はロジーレを除いて全員レベル31に、ロジーレも38まで上がっている。部隊の他の4人も大体33〜34まで上がっていた。しかし改めて考えてみても、このメンバーでよく倒せたものだ。最後の死力を尽くした攻撃だってあっただろうに、と思う。
部隊の者はロールアンクスを倒したというのに、高揚することもなく、訝しげな顔で倒れたロールアンクルを見ている。扉のこちら側が勝利の歓声に沸き立っているのとは対照的だ。
私はもう阻むものがない聖域の中に入り、部隊に近づく。
「どうかしたのですか?」
「いや、何が起きたのか分からなくなりましたので……我々がロールアンクルの渾身の攻撃に死を覚悟したところ、死んでいたのはロールアンクルだったんです。何を言っているのか分からないと思いますが、私にも分かりません……」
私の問いかけにキザラートが答える。私はそれを聞いてロールアンクルの死体を観察する。確かに多くの傷は有るが致命傷になるような物はない。恐らくだが渾身の攻撃をしようとした、と言う事だから身体に相当負担を掛けたに違いない。その負担に脳か心臓かが耐えられなかったのだろう。所謂過労死というやつだ。そうなるように仕向けたのは私だけど。
この世界の生物は疲労ゲージなんてステータスは無い。無いからと言って疲れないかというとちゃんと疲れる。でも無いステータスは魔法での回復手段が無い。聖域はHPやMPは回復させたかもしれないが、疲労を回復させることはできなかった。
しかし、300近い部隊の中でそれが起こるのがこの部隊なんて、よほどこの6人……いや、多分キザラートは持っている人間なのだろう。
私はロールアンクルの死体から離れ、ロールアンクルが守っていた、大きすぎて舞台のようにも見える祭壇へと上がる。その奥に時には白く時には緑にと色を変えながら光る、不思議なソフトボール大の球体が祀られていた。神人の力を封じ込めたものだ。私はそれを手にとり、胸に当てる。すると、その球体は私の胸の中に吸い込まれていく。そしてそれが私の胸の中に吸い込まれた瞬間。凄まじい力の奔流が私の体の中を駆け巡る。そしてそれが収まった時。私は万能感に包まれた。高揚が抑えられそうにない。冷静な私がこれはちょっとまずいかもと考え、キザラート達に別れの挨拶をすますと、すぐに別邸の地下室へと転移する。
円卓の間に行くと、念話で勝利を知らせていたホムンクルス達が集まっていた。
「「「「おめでとう!」」」」
皆私が現れると、一斉にお祝いを言ってくれる。
「フフフフ、アハハハハ、ついに手に入れたわ。私本来の力を、世界をも滅ぼす力を」
そう言って私は、邪悪そうな笑みを浮かべる。ホムンクルス達は黙っている。
「……何か反応してくれないと、ちょっと恥ずかしいわ」
私は少し顔を赤くした。
「いや、どこまでやるのかなと思って。意外と素に戻るの早かったわね」
エナが大分呆れた表情で言う。
「だって誰も反応しないから。本当は力を吸収したその場でやりたかったのを、我慢してたのに……」
私はちょっとだけ拗ねる。
「だって今更世界を滅ぼす力を手に入れたとか言われてもねぇ……そこは世界を支配する力の方が良かったと思うわ」
私の言葉に今度はイスナーンが反応する。そう、私というか私達は神人の力なんてなくても世界を滅ぼすだけならできる。ティ〇ト・ウェイトの呪文を唱えた後考えたのだ。あれ?実際核反応が起きるんだったら、水爆作った方が早いんじゃねって……で、今回手に入れた力がそれに匹敵するかというと、シビアな世界だけあってそこまでではない。一応能力値は限界を超えてオール110まで上がったけど。マジックアイテムを装備すれば到達できる能力値だ。
そして世界を征服する力を手に入れたかというと、これも微妙だ。疲労ゲージがある以上自分一人で世界を征服しようとしたら過労死してしまう。
「まあ、気持ちは分からないでもないから、我慢したのは良い判断だったと思うわ。これから疑いの目で見られるようになるでしょうからね」
トゥリアは私に賛同してくれる。
「はあ。そうなのよね。下手に品行方正だとこういった時に困るわ」
私は溜息をつく。
「品行方正?え?いや、まあ、そう言えなくもないのかな?」
テッセラが失礼な事を言う。そりゃあ時には暴力も振るうし、陰謀を巡らせるし、脅迫したりもするけど、基本的には品行方正のはず……ここ暫くの自分の行動を思い出してみるとあんまりそんな事した記憶がない。そもそもあんまり表舞台には出てない。
「まっ、そんな事はどうでも良いわ。欲しかったのは世界を滅ぼす力でも、征服する力でもないしね」
私が望むのは寿命で死ぬこと。もっと言えば老衰で死ぬこと。その為に必要なのは防御力だ。私は神人として、物理ダメージ99%カット。魔法ダメージ99%カット。毒、熱、冷気、病気、呪い、状態異常、即死攻撃、精神攻撃無効。持続ダメージ無効を手に入れた。能力値での防御力も併せてほぼ無敵と言ってよいだろう。もしこれが敵に渡っていたら、ロールアンクルと同じく間断の無い攻撃で過労死させるか、地道に削り殺すしかない。ただ、ロールアンクルと違っていざという時は逃げることもできるので、対応は困難を極めただろう。
それに加えて私だけの特殊能力、スキップを使えるようになった。これは次のシーンにスキップができると言うものだ。分かりやすく言うと戦闘が起きたらスキップできる。基本的に負ける=死で、オープニング画面に戻るゲームだったので死のシーンは無い。つまり、基本的には勝利したシーンに進むことが出来るのだ。100%負けた後のシーンが無い訳ではないし、デストラップみたいなものもあるので注意は必要だが、戦闘が苦手な私にとっては非常にありがたい能力で、前世でテストをやっていた時にもよく使ったものだ。
これで大きな山場は超えたといえる。後はあと約5か月後に勇者が現れるのか、現れたらちゃんとトゥルーエンドに導けるのか。現れなかった場合は世界は今のままなのか、それともゲームシナリオ通り何もしないと世界が崩壊してしまうのか。それはまだ分からないが、そのどれにも楽勝で対応できる。この時はそう考えていた。
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