命令への疑問
冬も深まり領都ユリエナスにもちらほらと雪が舞う日が出てくる。ただ、ウィステリア公爵領はフェーゼノン王国のでも温暖な地域な為、高地以外では殆ど雪は積もらない。それでも人々の往来は減り、街の喧騒も少なくなる。
そんな中騎士団だけは喧騒に包まれていた。騎士団始まって以来の全力出撃の命が下されたのである。各地で物資不足のため、討伐が後回しになっていたモンスターの一斉討伐というものだ。その間は騎士団本部は空になるが、そこは密かに集めていた公爵ご令嬢の私兵が留守を預かることになっていた。私兵というだけあって装備はバラバラだ。中にはメイドの格好をしてるものもいる。一瞬兵士の世話をするためのメイドに見えるが、手に持っている高価そうなスタッフと手と足に付けられた防具がそれを否定している。
2人の男が出撃の準備で忙しく動いている騎士団員と、代わりに入ってくる私兵を見ながら話している。
「なあ、ルーシェズ団長殿。装備はバラバラだが、公爵令嬢の私兵、私兵という割にはえらく曲者を集めているような気がするんですがね。それに説明では騎士団が帰還するまでの間の、単なる留守番ってことでしたが、どうもそれにしちゃあ人数も多いような気もするんですが、どう思います?」
キザラート騎士団長が話しかける
「ふむ。正直に言うと留守番というには過剰戦力じゃな。むしろ、留守役の方がモンスター討伐に向いておる気がするぐらいじゃ。あそこに若いメイドがおるじゃろう。あの者少なくとも魔力に関しては儂以上じゃろうな。どうやってそんな力を手に入れたかは分からぬが、あのご令嬢も規格外じゃったからのう」
いつもの癖で顎髭をなでながら、ルーシェズ魔術師団長が答える。
「やっぱり。俺はそのメイドが話してる女戦士に力だけはかなう気がしませんなあ。背中に背負った大剣は身体に馴染んでいるのが分かりますが、俺じゃあちょっと持て余す大きさですな」
「キザラート団長殿らしからぬ弱気な発言じゃのう。戦ったら負けると」
「さて、戦いは身体能力だけで決まるわけじゃなし、戦ってみないことには何とも」
「フォッフォッフォッ。儂も同じじゃよ。儂の場合は歳の功もあるでな。そう簡単に負ける気はないのう」
そうは言いつつも、2人とも負けるつもりは見られない。
「ただ、ご令嬢には微塵も勝つ気がしませんなあ」
「それも同じじゃな。騎士団、魔術師団総出で戦っても勝てるかどうかは分からんのう」
「おお、怖い怖い」
キザラートがそうおどけると、ルーシェズもニコリと笑う。
「で、ご令嬢は何をするつもりなんですかね?」
「ふむ。一つ考えられる事は有るが、おぬしは聞かぬ方が良かろう。恐らく騎士の誓いに反する事じゃろうからのう。命令通りに討伐に向かうのが、賢い者のやり方じゃよ」
「まあ、それはそうでしょうが、どうも俺の騎士の誓いは、あの時無くなったようでしてね。知りたいと言う好奇心がおさまらないんですよ」
「好奇心は猫をも殺すと言うが、それにしても団長の地位にいるものの言葉ではないのう」
「まあ、そうですな。ただ、今はこの団長って地位も面倒臭く感じてましてね。最近は本当にご令嬢個人の為に働きたいと思ってるんですよ。あの時忠誠を誓いましたしね。それにご令嬢について行けば、俺が見たことの無い世界に連れてってくれる感じがしてるんで」
「やれやれ、おぬしはもう無茶をやるような若造でも、儂のように老い先短いものでもなし。そんな事でいいのかのう……ウェステリア公爵家が誇る騎士団の両団長がそれでは団の統制がとれまいて」
「おや、ルーシェズ団長殿もこの討伐の真意を尋ねるつもりで?」
「儂がここまで登り詰めたのも、人一倍好奇心が有ったからじゃ。後釜も育っておる。残り少ない人生、自分の感性に従って生きても罰はあたるまい。騎士の誓いをしたと言うことで、騎士団と一括りにされる事が多いが、魔術師団は独立した組織。おぬしらと違う考えを持っているものも多いからのう」
騎士団と魔術師団は基本的には違う組織である。ではなぜ騎士団と一括りにされる事が多いのか。その一つは人数比、騎士団約900名に対し魔術師団は約100名だ。もう一つは集団的な行動を取らず、騎士団に助力と言う形で数名を派遣する事が多いからだった。
「では、私もご一緒させていただきましょう」
「物好きな奴よ」
ルーシェズはそう言っただけで、キザラートの同行を止めることなく城へ向かう。ウィステリア城は醜悪な死体のオブジェが取り払われ、かつての美しさを取り戻していた。
城に向かう途中、4人の男女がキザラート達を待ち構えていた。ジフロネット、ロジーレ、ヨデルナ、レルニート、つまりユエナ平原まで旅をした者の残りだ。
「お前達こんなところで何をしてるんだ。出撃の準備があるだろう」
キザラートは答えは何となく予想できたが一応尋ねる。
「団長。私は兎も角、他の3人を出し抜けると思ってたんですか?公爵ご令嬢の所に行くんでしょう?」
ジフロネットが肩をすくめて答える。
「全く。どうしようもない奴らだな。下手したら口封じの為に殺されるかもしれないんだぞ」
キザラートは頭をかきながら言う。あのご令嬢にはそれだけの力がある。人の身では絶対に到達できない壁。キザラートはそれを感じ取っていた。
「まあ、どうせあの時ご令嬢が助けに入ってくれなければ死んでおった身じゃ。そう惜しむこともあるまいて」
「ロジーレ殿まで……儂がもし居なくなったあかつきには、ロジーレ殿に団長を頼みたかったのですがな」
ルーシェズは困ったように言う。
「わらわには副団長の地位ですら肩がこる。団長なぞ無理じゃ。それにもしなろうと考えていたのならとうになっておる」
ロジーレはウィステリア騎士団の中でも最古参の者であり、実力も最強と言っても良い。当然のセリフだった。
「ハイハイ。分かりました。じゃあ、6人でご令嬢のところへ行きますか」
言い合っていても仕方がない。キザラートはあきらめて6人で公爵令嬢の元へと向かう。
公爵令嬢は城の別邸にいた。実権を握ったのに表向きはまだ幽閉されていた時と同じ生活をしているらしい。一般人には豪華だが、王国一の勢力を誇る公爵家の一人娘としては実にこじんまりとした別邸に着く。案内してきたメイドがドアノッカーを叩くと、どうぞ、という声と共にカギがカチャリと開く音がする。
中に入ると食堂らしき部屋へ案内される。令嬢は既に座って居た。
「この別邸には大人数を招く部屋が無く、食堂を使わせてもらいました。堅苦しい挨拶は抜きにしてお座りください」
6人が席に座ると案内したメイドは、外に出て行く。
「さて、どうして騎士団の幹部が出撃前の忙しい時に私に面会を希望したのでしょう?」
6人を代表してキザラートが答える。
「この前代未聞の騎士団出撃の意味についてです」
それを聞いて、ご令嬢はコテリと首をかしげる。美しい金髪がさらりと動く。それだけで美しい。
「今まで討伐が延び延びになっていたのです。遅れを取り戻そうとするのは当然の事では?これでもまだ足りないぐらいです。それに各地に派遣する騎士団員、物資ともに討伐する敵に見合った数を振り分けたと思いますし、義父のように無茶な命令をしている訳ではないと思いますが」
「それはそうですが、色々と引っかかるところがりまして。隠された真の目的を知りたいんですよ。そして出来るなら討伐より、そちらでお嬢様の役に立ちたいのです」
ご令嬢は暫く考え、答える。
「討伐任務も大事だとは思うのですが……知ったら騎士の誓いを破る事にも、命を失う事にもなるかもしれないのですよ」
「よく考えた上の事です」
ご令嬢は6人の顔を見回す。そして決意が固い事を知ったのだろう。軽いため息をもらす。
「分かりました。ですが、それを知る資格があるかどうかを確かめさせていただきます。これを切り抜けられなければ、知ったところで死ぬだけでしょうから。良いですね」
6人はいっせいに頷いた。
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