公爵令嬢、守銭奴になりかける(今はなってません)
題名にもある通り今はなってませんよ。ええ、作者が言うのですから本当ですよ。
「うふふふふっ」
地下室に押し殺した笑い声が響く。といっても薄暗い不気味な場所ではなく何時もの別邸の地下室の中だ。その共同スペースで口角を上げ、目を弓なりにして笑っているのは何を隠そう私である。
今私が見ているのは帳簿。謂わば数字の羅列。そんなものを見てなぜ笑っているのか。それはドラゴン退治の式典が興業的に大成功だったからである。もちろん公爵家からは大幅な持ち出しだ。だが、これを機に我がアナトリ商会は一気に領都方面へ進出したのだ。義父の悪政で萎縮し、流通網がズタズタになっていた他の商会は、急に降ってわいたドラゴン退治の祝祭というイベントに対応できなかった。そこで対応したのが我が商会だ。
確かに公爵家はこの準備の為に多額の金を使用した。不景気では民衆は金を貰っても溜め込む傾向がある。それでは経済は回らない。だが、祝祭という一種独特の雰囲気の中、人々は普段は飲むのを控えていた酒を買ったり、服やアクセサリーを買ったりした。それらはアナトリ商会が用意したものだ。マッチポンプというなかれ、ちゃんとこれは従業員の給与や買い付けの原資となって、また世の中に循環するのだ。死んでいた金が、生きた金になるのである。
「そんなに儲けたの?」
横に座って居たイスナーンが尋ねてくる。
「そう。帳簿がまだそろってないから、正確な事は言えないけれど、売り上げだけなら公爵家の持ち出し分より多分多いわ」
「え?それって」
「そう。領民が溜め込んでいたものもあったっていうこと。まあ不景気だったのは事実でしょうけど、有るところには有ったていう話しね。そもそも、我が公爵領は義父が変な事をしなければ、豊かな領土だったんだから」
不景気になった最も大きな原因は税金の上げ過ぎだ。上げ過ぎて、かえって納税額が減り、さらに上げるという悪循環に陥ったのが今の公爵領だ。しかも他領ならともかく、我が領は自領に豊かな鉱物資源がある。まだ信用経済に移行するまで経済が発展していないとはいえ、これは通貨発行権を持っているに等しい。
「それにしても、笑い方がちょっと気味が悪いわ」
「し、しょうがないじゃない。前世は売り上げによってボーナスがだいぶ変わったんだから……」
成果主義とは聞こえが良いが、実際はそれにかこつけた賃金カット。成果が出て当たり前、出なければ容赦なくカットされた。知識として知っている者と実感した者ではお金に対する執着の仕方が違うのだろうか。ああ、それにしてもこれだけのお金が前世で自由にできていたら、自分の好きなようにゲームが作れただろうに……
私は泣く泣くボツにされたゲームのアイデアを思い浮かべながら、目の前のテーブルに載っていたクッキーをポリポリと食べる。
「そういえばドレスのサイズはどうだったの?」
今度はトゥリアが聞いてくる。
「サイズ?もちろんピッタリだったわよ。その為に採寸したんだし」
「違うわよ!最近マスター書類仕事がメインで動いてないじゃない。太ってないの?」
私も16歳を過ぎそろそろ上への成長が止まるころである。そうなると気になるのはおなかのサイズ。しかしこれだけ間食しても私のおなかはサイズが変わらなかった。
「サイズは変わらなかったわ。コルセットは飾りよ。まあ、胸のサイズも変わらなかったんだけど……」
ビジュアルはもう自分が現世でプレイしていた時そっくりなので、成長は難しいかもしれない。
「それはそれとして、今度は私の誕生祭なんかやろうかしら、勝手に義父が自滅してくれたから、それぐらいやれると思うのよね」
実入りが良かったので私は次のイベントのネタを考えてみる。
「それも良いけど、エロオヤジの自滅、あれは中々面白かったでしょう?」
義父の自滅ネタを持ってきたエナが言う。
「確かにあれは面白かったわ。全滅の知らせを聞いたときの顔なんか最高ね。勝手に騎士団・魔術師団と対立してくれたから、これで忠誠を捧げる相手が家ではなくて、私個人になるものが多く出るでしょうね。親衛隊のくず達にこんな使い道があったなんて、思いもよらなかったわ。王家が調べようと私は何もしてないし、義父が自滅した証拠しか出てこないし」
私は義父の自滅劇を思い出して再びニマニマする。私が実権を取り戻すのは成人してからと思っていたが、もうすでに実権があるのとほぼ同様だ。義父が例え王家に泣きついても、自滅した義父の味方はしないだろう。それにあと1年半もすれば私は、あのいけ好かない王子と結婚することになる。王家も今更義父に肩入れする理由もない。
なぜ私が事あるごとに王家を警戒しているのか。それはダークムーン独自の世界にある。このフェーゼノン王国は人口約1000万の王国だ。その内王家の直轄の人口は約300万人。対するウィステリア公爵家の人口は約200万人。対人口比で比べればウィステリア公爵家は王家とそう遜色ないレベルだ。この2家だけでフェーゼノン王国の人口の半数を占める。如何にウィステリア公爵家がフェーゼノン王国の貴族の中で力を持っているかが分かるだろう。
だが軍事面になると、話が変わってくる。軍隊というのは非生産的な組織だ。国力が疲弊しないレベルで常備軍を揃えると、地球の中世を例にするなら、麦が主体となっている地域で人口の約1%、米が主体となっている地域で2%といったところである。
地球の中世より農業レベルの低いこの世界では1%以下が普通だ。ウィステリア公爵家も常備軍は領軍、騎士団合わせて1万程度である。
対する王家は約50万。基本的に戦える男性は(中には女性も)全員兵士という極端な構成なのである。戦士以外は、年寄りか子供、女性、少数の工芸家、そして奴隷である。なぜこんな極端な軍事偏重ができるのか。それは周りの貴族から税をむしり取っているからだ。これだけの非生産的な組織を支えるなら、そりゃあ他の地域は疲弊して当たり前というものだ。
義父がいくら重税をかけたところで、基本的に納められるのは農作物だ。増えたところでそれを買うところが無ければ、腐るだけである。だが、王家の直轄地という大消費地がある為に重税を課せば、懐が潤ったのだ(最初の方だけだが)
王家としてもそうせざるを得ない事情がある。王家の直轄地の殆どは日が差さない不毛の大地だ。工芸品などで食料を得ることは出来るが、それには限界がある。そこで力を入れたのが軍事である。圧倒的な軍事力で他の地域から奪う事を選択したのだ。
要するに古代のスパルタの様なものだ。私がいくら強いといっても対個人戦であって、これだけの戦力差は一朝一夕でどうにかなるものではない。戦になったら私のいる戦場は勝てるかもしれないが、他は負ける。そして私は無理をしたら死ぬ。
私だって出来れば、この世界をのんびりとしたファンタジー世界にしたい。ちゃんとゲーム通りに勇者が現れ、支配者層を倒し、トゥルーエンドまで持って行けばそれが叶うはず。ただし、もちろん私がハッピーになる前提で。それが私の行動原理なのである。
私が思いを馳せていると、別邸にメイドがやってくる。義父の呼び出しだろう。ここまで派手に動いたのだ。流石に私を無視することはできないだろう。私は今までのいい気分が一気に落ち込み、長い溜息を吐いた。
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