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公爵令嬢、ヘッドハンターになる

 私はコツコツと大理石を敷き詰めた廊下を、わざと音を出して男爵に近づく。淑女としては少々はしたないが、演出としてはこちらの方が良い。はたして、期待通り男爵はこちらを振り向く。


「誰だ?」


 大きくは無いが、良く通る声で男爵は尋ねる。


「御初にお目にかかります。クリステル・エル・ウィステリアが娘。セシリアと申します。お見知りおきを」


 私は扇で半分顔を隠し、胸を張って挨拶をする。デビュタントをしていないとはいえ、私は公爵令嬢。伯爵以上の当主ならともかく、男爵相手にカーテシーはしない。なお、母の名前を出したのは、直系が母だからである。本当の父が生きていたら、父と母両方の名前を出しただろうが、挨拶とは言え、義父の娘などとは名乗りたくなかった。


「これはこれは、セシリア様。お目に描かれて光栄です。私はゼラント・シズ・ギルフォードと申します。わざわざ私のところに来られるとは、一体どういったご用件でしょう」


 そういって、男爵は胸に手を当て一礼をする。ただし、頭は完全に下げてはいない。警戒するように視界の中に私を入れているようだ。本来なら無礼な仕草だが、私はその警戒心に好感を持った。単なるお人好しではこの世界を生き残ることはできない。味方にしようとする者が、用心深いのは良い事だ。


「用件というのはギルフォード卿のご令嬢に関することです。あの義父に側室として、輿入れするように言われたのでしょう?しかも相談ではなく、脅迫という形で。そしてギルフォード卿はそれを快く思われてはいない。私も母の葬儀の場でそんな事を言い出す義父を、鼻持ちならないと思っていますの。

 政治的には兎も角、義父の側室となっても、悲惨な生活が待っているだけ。もしここで義父の言いなりになったら、ギルフォード卿は一生後悔されるでしょう。それは断言できます。

 ですので、ご令嬢を側室にしないため、私が協力しようかと思いまして」


 そう言って、ニッコリとほほ笑む。


「……失礼ながら、まだデビュタントも済ませていらっしゃらない貴方様に、そのような権限があるとは思えませんが……」


 ギルフォード男爵は常識的な返答をする。


「そうですね。権限という意味ではギルフォード卿の言われるように、何の権限もございません。ですが、力はございますの。具体的には、輿入れの途中で、花嫁を力ずくで奪い去る程度の力は。

 疑り深い義父の事。輿入れの際には、子飼いの兵士をそちらの城へと迎えに行かせるでしょう。万が一にも途中で逃げ出されないように。それを我が領内で奪い去れば、ギルフォード卿は責を問われることは無いでしょう?ご令嬢には暫くの間、身を隠していただかなければなりませんが。そうですね、婚約者様には2、3ヶ月後に、平民の娘と結婚する事にしていただきましょう。勿論その娘とはギルフォード卿のご令嬢ですが。元平民となれば社交界に姿を現さずとも不思議はありません。ギルフード卿もご令嬢も婚約者の……ハスバル・テス・レヘンシア騎士爵殿を好ましく思われているのでしょう。心情的にはご令嬢が、暫く社交界に出られなくなろうとも、レヘンシア騎士爵殿との結婚を望まれているのでは?」


 私の言葉を聞いて、ギルフォード男爵は考え込む。小娘の戯言と一笑にしないのが、彼の今の苦悩の深さを物語っている。正に藁にも縋る思いなのだろう。

 

「例え私がご令嬢の奪還に失敗しようと、ギルフォード卿の不利益にはならないでしょう?ご令嬢はご不幸に見舞われますが。まさか私がギルフォード卿に唆された、などと義父に言ったところで、信じるはずもありません」


 私はダメ押しとばかりにそう言葉を重ねる。


「……仮に協力いただくとして、その見返りは何でしょうか?私に利があることは、分かりましたが、貴方様に利があるとは思えません。まさか本当に鼻持ちならない、という理由だけでこの様な事は提案されないでしょう?」


 ギルフォード男爵は暫く考えた末、私にそう質問する。大分心が傾いている。もう少しだ。


「鼻持ちならない、というのも本当ですけれど、確かに他に見返りを求めています。それは私個人に対する、貴方様と婚約者様の忠誠と献身です。具体的な事は、ご令嬢を救出後にお話ししましょう。今話したとして、せんなき事ですから」


 ギルフォード男爵は再び考え込む。それまで油断なく私を見ていていた瞳が、心なしか焦点ぼやけている。私に注意を向けるよりも、提案を吟味しているのだろう。無意識だろうが身分が上の私を前にして、顎に手を当てて考えている。


 ゼラントは目の前の公爵令嬢を名乗る少女からの提案を吟味していた。私を陥れる罠だろうか。だが、それにしては回りくどい。私の心境など、油断して取った私の態度を見れば一目瞭然だ。今更罠にかけるまでもない。

 仮に本当だとして、何を見返りに求められるのかが問題だ。私のメリットは絶大だ。貴族なら、政略の為、喜んで娘を差し出すのが当たり前なのだろう。だが所詮私は貴族と言っても、武勲による成り上がり者、娘を道具のように使いたくはなかった。それでも、娘を大事にしてくれそうな相手なら、話は別だったかもしれないが、公爵代行は違う。あれは、ゲスな男だ。脅し方からして品性の下劣さが見て取れる。側室となったところで娘は幸せにはなれないだろう。

 デメリットの方は当面の間はない。少女が公爵領内で娘を奪還できるか力があるかどうかは分からないが、失敗したところでリスクは無いに等しい。

 娘と婚約者は長い間思い合ってきた仲だ。私自身もハスバルは好ましい青年だと思っている。

 選択肢はあるようで少ない。仮に馬鹿正直に断ったとして、公爵の手によってハスバルは殺されるだろう。それどころか、男爵領ごと潰されるかもしれない。成り上がりの弱小男爵家を潰すことなど、公爵家にとっては虫を踏みつぶすようなものだ。

 成功すれば、目の前の少女は忠誠を捧げるに足る人物だろう。具体的な事を求められないのは不気味だが、それは最悪私一人で被ればなんとかなるだろう。

 そこまで考えて、ゼラントはこの少女の提案に乗ることにした。


「分かりました。娘が無事に帰って来るのなら、この私でよいのでしたら、貴方様に忠誠を捧げましょう」


 そう言って私は少女の前に跪く。


「まあ、まだ早いですわよ。ですが、貴方の心意気を嬉しく思います。では、次は無事ご令嬢を奪還した後にお会いしましょう」


 少女はくるりと踵を返すと、来た時とは変って全く足音を立てず、しずしずと優雅に去って行った。


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[良い点] デビュタントも済ませていらっしゃらない小娘が、男爵程度の令嬢の婚約者で男爵以下の騎士爵の名前を知っている事に疑問を持たないの?
[一言] 「……失礼ながら、まだデビュタントも済ませていらっしゃらない貴方様に、そのような権限があるとは思えませんが……」 しかし、本当にとても失礼な話し方ですね。
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