犠牲者ティータ
母が死に、前世の記憶が戻ってから暫くは、考え事をしたり、色々行動したりで忙しかったが、秋が過ぎ、冬が深まるころには少し余裕が出てきた。ダンジョン攻略も順調に進み、それなりにアイテムも揃ってきた。農業改革の結果はまだ出ていないが、柵作りは順調なようだ。 人材の育成も、ギルフォード男爵とレヘンシア騎士爵が加わったことで、順調に進んでいる。
物事が順調だからといって、余計な仕事を入れてはいけない。余裕がないといざという時に対応できないからだ。良い計画とは順調に言っている時は時間が余るものなのだ。
私はここ最近は、影武者に交代することなく、過ごせている。食事の時は例外だが……正直ホムンクルスの作る食事の方が美味しいし、私好みなので仕方がない。これでも毎回代わらないだけ抑えているつもりだ。
その日は代わらない日で、私は昼食をゆっくり食べ、お茶を楽しんでいた。今日、私のお茶を入れる担当者はティータだ。いつも明るい彼女だが、今日はどことなく沈んだ感じがする。
「ティータどこか具合が悪いの。疲れているのなら休んでいていいわよ」
私が気遣うと、ティータは寂しそうに首を振る。
「いいえ。具合が悪いわけではないのです。こうしてお嬢様にお茶を入れて差し上げるのが、今日で最後かと思うと……」
ティータは平静を装おうとしたが、上手くできず、その内涙が目からあふれてくる。
「申し訳ございません。取り乱してしまいました。お許しください」
そう言って顔を伏せるが、涙が止まる事は無く、ぽたぽたと床に落ちてシミが広がる。
「訳を聞かせてもらえるかしら」
何となく予想はできるが、念の為に聞く。
「公爵代行様の今夜の夜伽の相手に任じられました……平民の私にとっては、本来なら喜ぶべきことかもしれません。ですが、私はお嬢様を幽閉している公爵代行の事は、好きではありません。そしてなにより平民で夜伽を命じられた者は、その後2度と姿を見かけることはありません。恐らくは……ですので、お嬢様とは今日でお別れなのです」
ティータは涙を浮かべた目で、寂しそうに笑う。
「逃げようとは思わないの?」
「街中に隠れても見つかるでしょうし、街の外で生きていくすべを私は持っていません。それに家族に迷惑が掛かる可能性もあります」
前世のブラックと言われる企業も、びっくりのブラックな環境だ。いや、同じレベルの事をニュースで見たことがあるような気もする。どちらにせよもう奴隷根性が身に染みてしまっている状態では、少々の説得は意味をなさない。その環境から遠ざけるのが一番だ。もっとも次の所がホワイトとは言えないかもしれないけれど。
「ティータ。それじゃあ、家族にも迷惑が掛からず、衣住食の保証もする、と言ったら私の元で働いてくれるかしら?残念ながら命の保証まではできないけれども」
ティータは理解できないのか、きょとんとした顔をする。
「それは、お嬢様の元で働けるのなら、それに越したことはありませんが……」
暫く考えを巡らせた後、ティータはそう答える。私に何も権限が無い事を慮ったのだろう。
「では、湯あみの後はちょっと残ってちょうだい。義父に言われた時間は、それよりも遅いのでしょう」
「それはそうですが……はい、分かりました。お嬢様のお望みの通りにします」
ティータは少し怪訝そうな顔をするが、すぐに頷いた。
ティータは他のメイドより遅れて別邸を出る。今から自分を襲う運命に怯えているせいか、どことなく動きがぎこちない。ティータはバモガンの寝室のドアをノックする。
「ダンナサマ。タダイマ、マイリマシタ」
動きだけでなく声もぎこちない。
「おう、よく来た。さあ部屋に入ってまいれ」
部屋の中からバモガンの声がする。ティータはドアを開けて中に入る。中にはバスローブ姿のバモガンがいた。バモガンはティータを見ると舌なめずりをする。
「怯えておるのか。なかなかうい奴よ。本来ならお前のような平民が、儂の夜伽の相手をするなどありえぬ。光栄に思うが良い」
「アリガトウゴザイマス。ダンナサマ」
恐怖の余りか上手く話すことが出来ないようだ。その様子を見てバモガンは笑みを深くする。
「本来なら側室となるものの為に作らせた部屋でお前を可愛がってやる。さあ、付いて来い」
バモガンはティータの手をつかむと、そのまま隠し扉を開き、地下室へと降りる。バモガンが地下室の扉を開くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。数多くの拷問具に、死体が横たわっている。四肢を切断された死体、身体のあちこちを穴だらけにされた死体、関節が変な方向に曲がったり、潰れたりしている死体……死臭が部屋中に充満している。
「……」
ティータはそれを見て声も出せない。
「さて、お前は何日もつかな。良い声で鳴いてくれよ。なに、幾らでも大声を出して構わんぞ。クククッ、アッハッハッハ」
バモガンは愉快そうに笑い、ティータの手を乱暴に捻り揚げ、手錠をはめ、拷問を始める。それは口に出すのもおぞましいものだった。
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