公爵令嬢、盟主となる
部屋に帰ったのは日が変わってからだった。と言っても前世の感覚でいったら、デスマーチとは程遠い。ギリギリまで寝ていれば、6時間は寝れる。疲労ゲージは半分近くまで減っている。私はホムンクルス達と解散すると、直ぐにベッドに入って寝た。
朝、メイドのドアノッカーの音で目覚める。6時間は寝たというのにまだ寝たりない。最近睡眠時間が長かったせいだろうか。
何気なくステータスを見ると、疲労ゲージが1割ほど減ったままだ。そうか、この身体って6時間睡眠じゃ3分の1程度しか回復しないんだ……つまり、かなりゆっくり過ごした時なら6時間睡眠で何とか生命が持続可能というレベルらしい。長く寝たからといって、大して疲労回復量は増えないのに……3徹どころか2徹でも死ぬかもしれない。試してみる気はないけれど……
特に今日は何をするまでもなく、午後のお茶の時間を終えて書斎に行くと、机の上に便箋が乗っていた。ギルフォード男爵に渡したものだ。ギルフォード男爵領は小さく、レヘンシア騎士爵領も隣にあるが、それでも普通だったら、行くだけで半日はかかる距離だ。大分急いだことがうかがえる。
手紙を開くと2日後の午後から時間を取ってくれるらしい。令嬢救出を表だてに出来ないため、内輪だけのささやかなものではあるが、夕方には宴を開いてくれるとの事も書いてある。
基本的に質素な暮らしをしている男爵家だから、宴といっても大して期待はできないだろうが、変った料理は出てくるかもしれない。
幽閉の身分だから贅沢は言えないのだが、ここの料理は量と質は兎も角、レパートリーが少ない。バランスは一応考えては有るのだが、余り変わり映えのしない料理を2ヶ月も食べ続けると流石に飽きてきた。前世では朝にパン、昼にカップラーメン、夜にレトルトカレー、という生活を数か月繰り返してもなんともなかったのだけれど……
私は手紙を読み終えると、地下室へといく。地下室はこの1ヶ月半余りで大分様変わりしている。床には絨毯が敷かれ、壁には壁紙が張られ、絵画も飾られている。燭台や棚、机、ソファーなども設置してある。なるべく違いを見せたいのか、4人の部屋はそれぞれの髪の色にちなんだ装飾品がところどころにみえる。
今日はテッセラが食当番らしく、台所で料理をしている。ホムンクルスの技能レベルはすべて私と同じ最高値の10だ。つまり料理レベルも10で、宮廷料理人と同じレベルの料理が作れる。
他の3人はそれぞれ任務に励んでいるようだ。
「あら、マスター今日はこっちでご飯食べるの?」
テッセラが顔を向けて聞いてくる。最初の頃は豪華だと思っていたが、代り映えしない料理に飽きて、最近はたまにこちらでみんなと食事をしていた。
「残念だけど、今日はやめとくわ。最近食が細くなったってメイド達から心配されているからね。それよりもイスナーンが帰ってきたら、2日後は私に同行するように伝えてちょうだいね」
「分かったわ。ギルフォード男爵家に行くのね」
「そうよ。イスナーンの下に付けるつもりだから、一緒に連れて行った方が良いと思ってね。後は襲撃のカモフラージュは大丈夫?」
「勿論抜かりはないわ。トロールも適当な場所で始末しておいたわよ。あそこの街道に居座られると面倒でしょう?」
「それは重畳。自分と同じ考えを持つ者がいると便利ね」
私とホムンクルス達は離れていても、念話で意思疎通ができる。でも、私はできるだけ直接話すようにしている。謂わば息抜きだ。例えて言えば、電話で話すのと、直接会って話すのとの違いだろうか。前世では仕事に追われて、人付き合いは最低限しかやらなかったが、今は時間がある限り行うようにしている。気が合うものとの会話はなかなか楽しいし、気分のリフレッシュにもなる。
2日後イスナーンと共にギルフォード男爵領へと向かう。混乱を招くためイスナーンは幻影を解いている。今は藍色の髪に、私よりちょっと薄めの色のアイスブルーの瞳だ。ホムンクルスというのは伏せて置いて、遠縁の1人だと紹介するつもりだ。幸いにも、よく見れば姿かたちは全く同じなのだが、髪の色と瞳の色が違うおかげで、似た人物と錯覚させることが出来る。
ドアノッカーを叩くと、待機していたのかすぐに執事がドアを開ける。執事はそっくりな人物が2人現れたことに少し驚いたようだが、余計な詮索をする事は無く、応接室まで案内してくれる。応接室に入るとそこには、ギルフォード男爵ともう1人若い男性がいた。両人とも私達に頭を下げてくる。
「改めまして自己紹介をさせて頂きます。この男爵領を治めています、ゼラント・シズ・ギルフォードと申します。先日は娘を助けていただき感謝の念が絶えません。私の事はゼラントとお呼び頂けたらと思います」
「はじめてお目にかかります。私は、ギルフード男爵領の東にある、小さな騎士爵を治めています、ハスバル・テス・レヘンシアと申します。今回は婚約者を助けていただいたとの事で、私も貴方様に忠誠と献身を捧げます。男爵と同様、私の事はハスバルと読んで頂ければと思います」
「では私も改めて自己紹介をしますね。クリステル・エル・ウィステリアが娘。セシリアと申します。そしてこちらは遠縁の娘、イスナーン・ジル・ウィステリアと申します。見ての通り姿が似ているので、城では私の影武者として活動しています」
イスナーンは、眼だけ少し下げる。ミドルネームのジルは伯爵家であることを示す。なのでデビュタント前とはいえ、男爵より身分は上である。正確に言えば同格だが、背後関係から序列が上という感じだろうか。
自己紹介を終えると、私達はセンターテーブルを挟んで、それぞれに座る。
「改めて申し上げますが、私もレヘンシア騎士爵も貴方様個人に忠誠を誓います。して、私共を必要とされているのは、どのような事に関してでしょうか?」
「単純に言うならばあなた方個人の武力と、貴族としての軍事力ですわ」
ギルフォード男爵のレベルは18、英雄紋という紋章を持ち全ての能力値に+2のボーナスがある。レヘンシア騎士爵は15、成長紋という紋章を持ち、得られる経験値が25%増える。両者共、純粋な人間としてはかなりのレベルだ。それに比肩し得るのは公爵家では、騎士団長と筆頭魔術師のみ。王国全土でも邪神の加護がある貴族を除けば、恐らく10本の指に入る。ギルフォード男爵は年齢も40過ぎなのにもかかわらず、身体に弛みは無く、精悍さがにじみ出ている。レヘンシア騎士爵は20歳でこのレベルである。成長が楽しみだ。
「手前味噌にはなりますが、私個人の力には些か自信があります。レヘンシア卿も決して失望させるような事は無いでしょう。しかしながら軍事力となると、ウィステリア公爵家に比べれば、微々たる力にしかならないと思われますが……」
男爵が少し戸惑いながら答える。男爵家の常備軍は20名ほどで、騎士爵は5名だけだ。臨時に募集するとしてもその倍程度で、それ以上召集すれば、領土が疲弊して、軍自体が維持できなくなる。
それに対してウィステリア公爵家は領都の常駐兵だけでも1,000名を超える。全土で言えばその10倍は居る。確かに人数を単純に比較すれば、誤差の範囲でしかない。
「兵力に関しましては、今私が行っている農業改革を、男爵領でも取り入れて頂ければもう少し増えると思います。それよりも重視しているのは質です。ギルフォード男爵の兵士は精強とお聞きしております。そこで、私個人の兵士の訓練をして頂きたいのです。中には女性も混じると思いますが、そのあたりは疑問を飲み込んで下さい。もちろん一朝一夕に強くなるとは思っていません。大体3年を目処にしてください」
今までの経験から、この世界にはステータスで表せられない強さがある、と考えている。技量と言うべきだろうか。わかりやすく言えばアクションゲームでいう、中の人の操作レベルだ。同じキャラクターでも動きが全く違う。もっと言えばレベル1、パンツ一丁で、ラスボスを倒すような変態じみた強さの事である。
敵に回せばやっかいだが、もし味方がそれを身に付けられたら、こんなに心強い事はない。
「分かりました。そういう事でしたら精一杯頑張らせていただきます」
男爵は快く引き受け、横で騎士爵も頷いている。
「次に聖域に住む、神竜ロールアンクスを討伐してください。これも3年後を目処にしてください」
私がこの提案をすると、男爵も騎士爵も驚きの余り口をポカンと開けたままになる。
それはそうだろう。聖域は古の神の力(実際は神に反逆した神人の力)を封じ込めた場所であり、それを護ることがウィステリア公爵家の存在意義の一つである。
それだけではなく、そこにいる神竜ロールアンクスはレベル70。通常エンディングで戦うラスボスのレベルが60なので、それより高い。いわゆる裏ボスの一体だ。通常、人間が対抗できるレベルではない。そのため絶対に倒せない存在だと思われている。
だが、私はそれ以上のレベルだし、倒せると知っている。何よりも古の神人の力が欲しい。だが、ままならぬ事に、聖域はロールアンクスが居る限り、神人の血を引く者は侵入できないのだ。それこそがギルフォード男爵を味方に引き入れた最大の理由だ。彼は神域に入る事ができる。1人では無理だろうが、同じようなもの数人でパーティを組み、マジックアイテムを駆使すれば、倒せる可能性は決して低くはない。
「お望みとあらば死力の限りを尽くしますが、確約はしかねます……」
男爵は騎士爵と目くばせをし、少し迷った挙句、そう答える。
「それで十分ですわ」
3年以内に勝てるだけの戦力を作り上げる。戦う意思を示してくれた以上この段階でそれ以上は望まない。私は男爵の答えに満足した。
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