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花嫁の迎え

遂に題名のパターンが途切れてしまいました。どうでも良い事ではありますが……

 セシリアたちが公爵領の辺境で農業改革にいそしんでいる頃、ギルフォード男爵の館に、馬4頭立ての馬車が乗りつけられた。全身黒塗りの鉄製で、上部に小さな鉄格子の付いた明かり窓があるだけの、まるで棺桶の様な武骨で飾り気のない馬車だ。最大の特徴は出入口だろう。ドアには外から大きな閂が掛けられるようになっていた。凶悪囚人やモンスター護送用の馬車である。

 ギルフード男爵領は人口5000にも満たない小さな領だ。なので、住んでいる場所は城というより館である。一応壁には囲まれているが、壁は薄く、その上で戦えるスペースもない。ただ、庭はきれいに整えられていて、秋も深まったころであったが、まだ花が咲いている場所もあった。

 そこに場違いな物々しい馬車が現れたのである。ギルフォード男爵の館は喧騒に包まれた。

 輸送隊の隊長が馬を降りて、館の玄関の前に立つ。


「ギルフォード男爵殿。ウィステリア公爵代行であらせられる、バモガン様の使いで、ご令嬢をお迎えに参りました。至急御目通り願いたい」


 隊長は中まで聞こえるような大きな声で叫ぶ。言葉こそ丁寧だが、そこにはギルフォード男爵に対する敬意の欠片も感じられない。本来ならいきなり馬車で押しかけず、何時ぐらいに届く旨の先ぶれを出すものである。


 隊長の大声を聞いて、玄関口までやってきたギルフォード男爵は、前に止められた馬車を屋敷の窓から見て、歯ぎしりをする。


「なんだあの馬車は。完全に囚人護送用の馬車ではないか。とても側室を迎える様な馬車ではない。幾らなんでも馬鹿にし過ぎている」


 男爵が抗議の為に表に出ようとするのを、娘が止める。


「お父様。ここで問題を起こしてはこの領は、なすすべもなく蹂躙されるでしょう。ハスバル様の所もどうなるか分かりません。私の身一つでそれが防がれるのなら本望です」


「クレナ……不甲斐ない父を許してくれ……」


 男爵は無念極まりないといった感じで、娘を抱きしめる。貴族になどならなかった方が良かったのではないか。そういった後悔が頭をよぎる。


「お父様。大丈夫です。それに、望みはあるのでしょう」


「儚い望みだがな……」


 希望は公爵令嬢との口約束のみ。しかも自分は今まで公爵令嬢と面識はなく、あれが本当に公爵令嬢だったのかも分からない。ただならぬ雰囲気は発していたが、何かの罠の可能性もある。もっとも、これ以上悪い状態というのは思い浮かばないが……


「クレナ。お守り代わりです。これを渡しましょう」


 いつのまにか母がそばに来ており、首から着けていたペンダントを外す。


「これは母の一族が代々受け継いできたものです。効果のほどは分かりませんが、強い願いをかなえる力がある、と言い伝えられています。持って行きなさい」


 婦人は、そっとクレナの首にネックレスを掛ける。


「ありがとうございます、お母様。ではお父様いきましょう。誇り高く胸を張って」


 そう言ってクレナは背筋を伸ばす。


「そうだな……」


 娘に無様な姿は見せられないと、男爵も背筋を伸ばす。そして、使用人数人を連れて、外に出た。

 既に馬車の扉は開けられていた。一縷の望みを託していたが、残念なことに内装も外見から想像出来たものと同じだった。とても貴族が乗るような物ではない。清潔ならばまだいい。だが、見るからに掃除もおざなりで、所々にシミがあり、さらに僅かとは言え悪臭まで漂ってくる。


「とても花嫁を迎えに来たとは思えぬ馬車ですな。それとも凶悪犯でも捕まえに来たのですかな。生憎とそのような罪人に心あたりは有りませんが」


 娘を差し出すのは仕方が無いこととはいえ、男爵は嫌みの一つでも言わずには居られない。


「いえいえ。道中は危険なモンスターが居る場所もありますからなあ。もちろん我が身を盾として、お嬢様はお守りしますが、万が一を考えてもっとも頑丈な馬車を用意したまでです。それともギルフォード男爵はこれより丈夫な馬車をご用意出来るのですかな?」


 隊長はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて言う。身分としては男爵の方が当然上だが、背後に付いている公爵家の事を考えると、無礼者と咎める事も出来ない。虎の威を借る狐、いやどぶ鼠か、と思うも、何も出来ない。

 隊長が言った前半部分は嘘である。確かに囚人護送用の馬車は頑丈だ。しかし公爵家が普通に使う馬車の方が、魔法で強化してるためよほど頑丈だ。これは見る者に公爵と男爵の力関係を見せびらかす、デモンストレーションの一つにすぎない。

 だが、男爵がこれ以上頑丈な馬車を用意できないのは本当の事だった。男爵は悔しさの余り、握り締めた拳がギチギチと音をたて、血が滴り落ちる。そこにクレナの手がそっと添えられる。


「大丈夫ですよ。お父様。私とて貴族の端くれ。家の為に犠牲になる覚悟は出来ています」


 そう言ってクレナは手を離すと、自分から馬車に乗り込む。花嫁衣装であるはずの白を基調としたドレスが、まるで何かの儀式の生贄の衣装のように見える。


「犠牲になるとは余り聞こえが良くありませんな。バモガン様はお嬢様の為に色々準備されていますよ。それはもう莫大なお金をかけて。涙を流してうち震える事間違い有りません。場合によっては私も、微力ながらお手伝いさせていただく事になっております。その日が来るのが楽しみですなあ」


 隊長はニヤニヤと加虐的な笑みを浮かべて、馬車の分厚い鉄の扉を閉める。そして、これ見よがしに隊長は(かんぬき)をかけて、男爵の館を去って行った。


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