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徒花の九龍  作者: 菜種油
プロローグ
3/5

3.咎の責任


「……成程。かつて此処で何が起きたかは、これでおおよそ理解出来ました。

しかし、その話が真実であれば……とてもじゃないが、今貴女を死なせる訳にはいきませんね。

ましてやこのイドロア帝国の壊滅が、貴女を含んだ《九龍》の仕業というなら、()()


「……どういう意味?」


意味深な言葉にレイが再び目を開け、探るような目付きでそう聞き返す。

そんなレイに対し、マチルダはその夕焼けの隻眼を細め、薄らと口元に笑みをたたえた。

それはまるで絵画のように美しく――何処かひやりと背筋が冷えるような厳かさがあった。


「……先程も少し触れましたが、最近、五大連合領内に謎の怪物が出現するようになりまして。

どれもこれも人より一回りも二回りも巨大で、様々な動物を無理矢理くっつけたような異様な風体。

更には個体によって火や冷気を噴いたり空を飛んだりと――まるで、あの九龍信仰の昔話に出てくる龍のような生き物でした。

……もっとも、森羅万象を司る神として崇められる彼等とは違い、()()()はただただ醜悪でおぞましい怪物でしかなかったですけど」


淡々と、まるで報告書でも読み上げているかのようにマチルダは言葉を紡いていく。


「怪物が出現してからというもの、領内では人が怪物に襲われるという被害が多発するようになりました。

中には怪物によって一つの村や街が消滅するような事態も起き、事の重大さを憂いた各五大領のトップは龍に似た合成獣の怪物――“人造龍”を討伐する為の精鋭部隊を立ち上げ、各々の軍から選りすぐりの人物達を召集しました。

そうして出来上がったのが、私共の所属する《人造龍討伐部隊》です」


マチルダが右腕を胸の前に翳せば、それに習うように背後にいる二人の兵士も同様の格好を取る。

彼女達の右腕には、大口を開けた龍の頭骨とそれに交差する二つの剣を表した腕章があった。


「私共の役目は跋扈する人造龍の討伐とそれらに対する研究、及び調査です。

……とはいえ、何から何まで未知の生物ですからね。

その生態も行動原理も全てが未解明。

対処法なんてそう判るはずもなく、奴等と対峙する際はどうしても後手に回ってしまう。

お陰で此処まで来るのに、それなりの数の部下を喪ってしまった……全く自分が情けない限りですよ」


顔の半分程を覆う眼帯に手を触れつつ、そう言ってマチルダは自虐めいた笑みを浮かべてみせた。

が、次の瞬間にはまるで突き刺すかのような鋭く冷徹な視線をレイの方へと向ける。


「イドロア帝国の崩壊が、今から半年程前。

人造龍達が領内に出現し出したのも、今から半年程前です。

そしてつい先程貴女から聞いた、“イドロア帝国が《九龍》を造り出す為に数多の合成獣実験を行っていた”事を踏まえると……自ずと答えが見えてきます」


マチルダがただ真っ直ぐレイを射抜く。

睨むように細められた夕焼けの奥に、怒りにも似た激情が浮かんでいる。

 

「……恐らくあれらは、貴女同様イドロア帝国で行われた合成獣実験の際に造られた、《九龍》の()()()()()

貴女方が帝国を破壊した際に偶然生き残った個体が此処から解き放たれ、それらが帝国に隣接している我が五大連合領内へと流れ込んだのではないのですか?」


「……」


レイはその問いに何も答えない。

ただじいっと静かに、マチルダ達を見つめている。


「私はですね、過去に帝国が何をしていたか等は正直どうだって良いのですよ。

信仰心を拗らして《九龍》を造ろうが、その果てに自滅しようが、所詮は隣の他国の話ですもの。

ですが、その余波や尻拭いを我々だけが担うというのは……些か理不尽ではないかと思うのですよ。

ですからね」


にこ、とそこでマチルダは笑う。

美しくも悪辣に、笑う。


「貴女には死ぬ前に、我々の人造龍討伐のご協力をして頂きたい。

同じ合成獣とはいえ、貴女は《九龍》の成功体。

帝国を一夜にして滅ぼす力を持ち、今こうやって私と対話出来るだけの知性と理性も持ち合わせている。

そんな貴女が我が隊に入れば、研究や調査も進むでしょうし、討伐の際の負担も軽くなるでしょう。

ああ勿論、身の周りの事は此方が保証しますし、全ての討伐が完了した暁には貴方の望みを叶えると約束しましょう」


「……アンタ、自分が何言ってるか解ってんの?」


格子の奥で、レイはまるで理解出来ないものでも見るかのような目で此方を凝視していた。

そんな彼女にマチルダは更に笑みを深める。

 

「ええ、ええ、理解していますとも。

その上で要請しているのですよ。

別に貴女にとっては難しい事ではないでしょう?

あれらが解き放たれたのは貴女方のせいなのですから、咎の責任を果たして貰わねば困ります」


「……頭おかしいんじゃないの」


「こんな状況を作り出した内の一人である貴女が、それを言います?」


「……それを拒否した場合、どうなる」


「そうですねぇ……」


少し考える素振りを見せた後、マチルダは言った。


「とりあえず、貴女を研究チームに回して、文字通り身体の隅々まで調べて貰いますかね。

きっと生きた合成獣、それも《九龍》の検体が手に入れば彼等も喜んでくれるでしょうし。

ああでも、一応加減はするよう言いますけど、恐らく麻酔を使って解剖はすると思いますので、中をある程度好き勝手に弄くり回されるのは覚悟した方がいいですよ?

優秀で自慢の部下達ですが、どうもそうゆう悪癖は何度言っても直らなくて……」


困ったものですとマチルダが溜息を吐く一方、そんな話を聞かされたレイはというと、元々青ざめた顔色を更に悪くしながら静かに引いていた。

よく見たら背後の兵士達も、レイと同じように顔色悪く引いているのが分かる。


「……アンタ、《九龍(あたし)》を脅すのか」

 

「結果的にはそうなりますかね」


「……その気になったら、こんな拘束引き千切って、アンタ達全員を噛み殺すのは造作もないんだけど」


「そうですね。

ですが貴女はきっとしないでしょう?

拘束しているとはいえ、ただの人間である私共と《九龍(貴女)》とでは最初から力の差は歴然としています。

する気なら最初から私の話も聞かず、とっと拘束を引き千切って私共を殺そうとするでしょうしね」


あっけらかんと言い放つマチルダにレイは目を瞬く。

そして微かに、笑みを溢した。


「……そこまで分かった上でとか……アンタ、本当に度胸があるね」


「これでも怪物討伐を担う部隊を預かる者ですもの。

度胸がなくては務まりませんよ」


「くく、確かに……うん、いいよ」


不意にレイがそう答えれば、今度はマチルダが虚を突かれる番だ。

それを可笑しそうにレイは見つめる。


「……なに驚いてんの。アンタが言った通り、咎の責任を果たしてやるって言ってんのに」


「…いえ、思ったよりあっさり了承して貰えたので」


「……ちゃんとやれば、望み、叶えてくれるんでしょ?」


「ええ。それは勿論」


はぁ、とレイの口から気怠げな息が漏れる。

彼女は疲れた様子で首を斜め前に倒し、ぼぅっと地面へ視線を落とした。


「……あたしさ、別に何か望みがある訳じゃない。

今更こんな糞みたいな世界に、望む事なんてないもの。

強いて何があるとすれば――早く死にたい。

せめて()()()()、この人生を終わりたい」


ひたりと。

濁った金の瞳がマチルダの姿を捕える。

無気力に、しかし何処か有無を言わせない圧を伴って。


「手駒として利用されるのは良いよ。

今に始まった事じゃない。昔から手駒として、誰かに利用され続けた結果が()()だから。

……ただ、全て終わったら、あたしを人として終わらせて。処刑でも何でも良い。手段は問わないから。

《九龍》という化け物ではなく、ただの人間の女として、葬って欲しい。

……これがアンタの話を引き受ける条件だよ」


「……人として死にたい、ですか」


「……もう生き方選べないからね。

せめて死に方くらいは選んだっていいでしょ」


そう言って皮肉げに微笑うレイにマチルダは何ともやるせない気分になる。

盛大に溜息を吐きたくなったが、何とか飲み込んで言葉を続けた。


「……そうですか。分かりました。

その条件を飲みましょう。

条件等含めた内容は本部にて誓約書として発行します。

形ばかりですが口約束よりはマシでしょう」


「……別に何だっていいよ、それは。

まぁ……そうやって誠意を見せてくれようとする辺り、アンタは此処(イドロア)より幾分かマシだよ。

アイツらなんか、手駒(あたし)の意思なんて聞いちゃいなかったからね」


「……まぁ、何はともあれ」


マチルダが更に一歩、地下牢へと歩み寄る。

そしてその場にしゃがみ込み、部下達の静止も構わず格子内へと右手を差し出した。

それに対し、レイはその濁った金の双眸を丸くしたと思いきや、突如鋭い犬歯を剥き出しに獰猛に笑った。

そして次の瞬間、バキンッ!と凄まじい破壊音が鳴り、一拍遅れてカランカランと幾つかの金属音が牢内を反響する。


「ッ、何を……ッ!」


「総隊長、お退がり下さい!」


「まぁ待ちなさい。二人共」


二人の兵士が慌てて銃を構え、マチルダを自身の背後に退がらせようとするが、それを彼女は鷹揚に止める。

全身の拘束を力任せに解いたレイは少し覚束ない足取りでマチルダ達の前までやって来て、彼女と同じく地面へとしゃがみ込んだ。

 


「これから宜しくお願い致しますね、氷龍」


「……こちらの務めは果たしましょう、総隊長殿」



そう言って二人の女傑は、格子越しに固く握手を交わした。




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