荒野
その荒野は二つの国に挟まれて存在しており、曖昧な国境線は荒野の中で絶えず変化した。数百年にもわたる両国の確執は、数えきれない冷戦と熱戦を経て、とうとう終幕した。それは二つの国の滅亡という形で起こった悲劇だった。
国と国との争いに、闖入者が現れたのだ。
闖入者は唐突に現れ、戦場を蹂躙し、人々の血を一滴も残さず啜った。
目撃者はすべて物を言わぬ肉塊になったため、当初、二つの国の兵士たちはこの闖入者の姿を把握できなかった。
定刻通りに駐屯地に帰隊してこない戦友を訝しみ、戦場を偵察しに行った者は、体内の血をほとんど抜き取られて青くなった同僚を抱えて戻ってきた。そういった状況が何度も続いた。時には死体を運ぶ途中で敵国の兵士と出くわしたこともある。血の気が引いた顔を見合わせ、目をそらし、互いの姿を見なかったことにした。前線は戦争どころではなかった。日ごとに死者が増えていったが、恐らく戦争の終盤において敵国の兵士を討ったものなど一人もいないだろう。
最初の犠牲者が出たときは敵国の卑劣な戦争兵器だと噂されていたが、そんな話も徐々に消えていった。
荒野には血を吸う化け物がいる。
兵士たちはそう噂した。故郷の平穏を守るために、国の繁栄を叶えるために戦争へ身を投じた者たちは、今は駐屯地から出てこない。身を縮こまらせて、呼吸音すら憚り、充血した両目を見開いて耳を澄ませる。遠くから人の悲鳴が聞こえたら、聞こえた方とは違う方向へ逃げるのだ。助けを呼ぶ声が聞こえたら、聞こえた方とは逆方向へ走るのだ。武器など、走って逃げるのに邪魔なものは持っていない。武器を持っていても、抵抗などできない。
荒野の化け物は次第に勢いを増し、数を増やしていった。人々の絶望が限界を迎えたとき、とうとう化け物の姿は映像に残された。その姿を撮影した偵察兵は、残念ながら既に息絶えていたが、その手に固く握りしめていた映像機器は破壊されていなかった。遺体と機器を担いで駐屯地に戻ったのは、すでに壊滅している正規軍の兵士ではなく、一週間前まで学生だった徴用兵であった。
駐屯地で、十代半ばの少年少女たちが映像を確認した。
上半身は人間のような姿で、下半身は柔毛のような短い触手がおびただしく蠢いていた。全長はおよそ3m。目や鼻といった器官は確認できず、顔には口が一つあるだけだった。全身が白く、下半身の触手に人間の赤黒い血液がついており、それが唯一の色彩だった。