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宣誓の王国  作者: 滞りない猫
4/5

火種を投げる

 全部だめだ。


 世の中なんて全部だめ。


 昨日まで元気そうだった友達も今日は命が終わってたし、ラジオでは毎日テロや事件のニュースしか聞こえてこない。日に日にみんなの顔が暗くなっていく。何日か前に雨が降ったときはおっさんが道の猫に八つ当たりしてた。

 もう全部だめだ。こんな時でも教会は神の試練だとかなんだとか言っていて。神様が僕に今日の食事を施してくれるのか?


 サイズの大きいよれよれの服を着た少年は、血のつながりのない兄を家に戻すために酒場へ訪れた。数年前はこのあたりの浮浪児を集めて寝食を与えていた兄だったが、日雇いの仕事が徐々に少なくなっていったあたりから様子が変わった。一度で多く稼ぐとなると日の下での仕事では到底不可能だ。この兄に一番年齢が近いこの少年も肉体労働に勤しむことができるほど頑強な身体を持っていない。精神的にも肉体的にも兄は抱えるものが増えていった。苦しみを酒で癒したつもりになっている兄は毎夜酒場に通っている。


「いてっ」


「おっと」


 酒場から出てきた客とぶつかった。女性の二人連れで、少年とぶつかったのは背の低いほうだった。背が低いといっても少年よりは背が高い。


「ごめんね。けがはない?」


「いや……大丈夫です」


 ああ、きっと今日冥界に送られたジョンならもっと大げさに痛がってこの人からいくらか金をもらってたんだろうな。

 別れたばかりの家族を思い出して少し涙がにじんだ。


「あ、そんなに痛かった?ごめんね、これで医者にでもかかるといい」


 そう言ってその人は懐から財布を取り出し紙幣を10枚渡してきた。家族全員で1か月は暮らせる額だ。


「え、こんなにもらえません」


「いいからいいから」


 少年の手に無理やり紙幣を持たせて二人の女性は行ってしまった。


「……あっ!」


 夢のような出来事にしばらく呆然としていたが、通行人に見られていないことを確認してズボンのポケットに紙幣をねじ込んだ。


 最近は嫌なことばかりだったけれど今日は悪くない日かも知れない。そうだ、兄ちゃんを連れ戻しに来たんだった。


 店を覗いたら先ほどの二人が最後の客だったようで、店内には従業員と店主と兄だけがいた。


「兄ちゃん。帰ろう」


「!ああ……もうこんな時間か。帰ろう、ルーク」


「え?うん……?」


 いつもと兄の様子が違う。迎えに来た時点で一人では歩けないほど酔っぱらっているから、毎回兄の友人でこの店の従業員をしているパストに支えられて家まで送ってもらっているのに。

 店主が少年に尋ねた。


「ルーク君、今日のサムは全然飲んでなかったんだが理由は知ってるかい?」


「いえ、知りません……」


 カウンターにいるパストと兄の話が聞こえてきた。


「おいサム、お前美人が隣に座ったから緊張して飲めなかったんだろ?」


「馬鹿言え、確かに美人だったけどせいぜい十七、八だろ。一回り下の相手に緊張もくそもあるかよ」


「そうか?顔だけ見たらそんぐらいに見えるけど、なんか雰囲気がもっと大人っぽくなかったか?」


「雰囲気とかあてになるかよ。寮抜け出して友達と飲みに来た学生とかじゃねえの」


「友達、ねえ」


「なんだよ」


「いや、その友達ってサムの二つ隣の子だよな」


「おう」


「……なんかどっかで見たことあるような気がするんだよな」


「そういうのは本人に言え」


「違う!ナンパじゃない!本当なんだって!子供のころ見たことあるような……」


「お前が子供の頃って、あの客は赤ん坊じゃねえの?」


「うーん、でもお前も一緒にいたときに見たような」


「店の照明で分かりにくかったけど黒髪黒目だっただろ?この辺じゃ珍しいし、昔会ったのも同じ髪色の別人じゃねえか?」


 そういえば、酒場の前で紙幣をくれた女性の髪は黒かった。


「ねえ、兄ちゃん。その、これ」


「えっ、これどうしたんだ」


 先ほどの経緯を説明した。


「へえ、サム。あの人もしかしたら……緑衣の方かもしれないぜ」


「はあ……?」


「ほら、各地に残る神話で『緑衣の方は黒髪黒目で~』って残ってんじゃん」


「この辺りには少ない髪色と眼の色だったから神聖視されただけだろ。神なんていねえよ」


「あ!それ絶対年寄りの前で言うなよ。袋叩きにされるぞ」


「はいはい……。でもさ正直、神がいるならもうこんな生活から救ってくれていいんじゃねえの?」


「いったそばから……。まあ気持ちはわかるけどな。俺は緑衣の方は……昔はいたと思ってるけど、今はどうだかってかんじだしな」


「俺らは救う価値がないってことなんだろうかね?」


 サムとパストの頭を店長が軽く抑える。


「お前らぁ、神学論は結構だが店はもう終いだぞ。サムは歩けるんならルークと帰れ」


「ああ、すまんすまん。ごちそうさん。帰ろうか、ルーク」


「うん」


 店から出ようとした二人にパストが声をかける。


「うまい店見つけたから今度行こうぜ。ルークとかリサとか連れてきていいからさ」


 サムが振り返って答える。


「いや、金が無いんだよ」


「それが初めて聞いたんだが『食べ放題』ってのが売りの店でさ。ワンコインで30分間いくらでも食っていいらしいぜ」


「何だその富豪の店……そのへんの雑草炒めたのしか出てこねえんじゃねえの」


「いや一回行ったんだが普通に肉とか注文できたんだ」


「ほーん……。まあ帰ってからみんなに聞いてみるわ」


 店をあとにして10分経った頃。

 サムがルークに話しかける。


「今日はジョンだったそうだな」


「うん」


「……ごめんな。こんな日も酒呑んだくれた兄ちゃんで」


「ジョンはたしかに冥界に送られたけど、それって別に悪いことじゃないよ!そもそも、ほら!僕がもっと子供の頃の冥界送りはお祭りみたいに明るかったじゃん。今はなんだか、人が送られると皆暗くなってるけど……」


「……外の文化がこの国に入ってきたからだ」


「外の文化?」


「ああ、元々この国はそんなに他国との交流が盛んだったわけじゃない。でも数年前に他所の国から色々情報が入ってきた。最初は若者……俺たちを中心に広がっていった」


「その文化が入ってきたから、皆冥界送りが暗くて寂しい感じになったの?」


「……ああ、要因だと思う。文化の浸透によって場の空気感すら塗り替えられてる気がする」


 サムは過去を思い返した。

 冥界送りは死を悼むのみではなく、死者の旅路を祝うものでもあった。貧しい中でもできるだけ上等で豪華に見える食事を用意して、送り場は様々な色の花や布で飾り付け、悲しみにくれるものは大いに悼み、祝うものは死者の旅路を言祝ぎ、餞の歌を歌い奏でた。


 サムは他国からの観光客がそれを見て「不謹慎」と呟いたのを聞いたことがあった。

 彼らとは環境が違い、文化も、生活の基盤から異なる。

 どうあっても彼らと自分たちが同一になどなれないのだ。

 なのに。


「外の文化を神格化して、倣おうとするとは……」


「兄ちゃん?よくわからない……」


「ああ、サム。……明日のジョンの冥界送りは明るくいこうって話だ」


「!うん!お金もちょうどあるしね」


「ああ」


 サムは血の繋がりのない弟の笑顔を見て微笑んだ。



 家に着いた。

 3年前に所有者が行方不明となった3階建てのビルだ。元は1階がカフェ、2階が事務所、3階が所有者の住まいだった。

 1階はすべての窓ガラスが割れ、窓は木材の切れ端で丁寧に塞がれている。サムは1階で生活しており、子どもたちは2階と3階で生活している。


 サムが椅子に腰を掛け、酒場で隣りに座った女性客を思い出す。彼女はサムの上着のポケットに紙を入れてきた。まだ何が書かれているのか見てはいない。今夜はこの紙が気になって酒も進まなかった。


 なんとなく、見たら、なにか重要なことが決まってしまう気がした。別に見なくてもいいのだ。女性は何も言わず紙を入れた。見ろとは言われていない。


 数分、折りたたまれた紙を見つめる。

 途端、馬鹿馬鹿しく思った。

 たかが紙にこうも警戒するとは。

 自嘲気味にため息を吐き、紙を開いた。


 そこには「荒野 スカウト 22:30」と記されていた。






 

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