原型、核心
今日は晴れた。昨日は珍しく雨が降ったものだから、長く続くかと思ったがそうでもなかった。これなら農作物への大きな被害は無いかもしれない。こころなしか街を歩く人間たちの表情も温和に見える。
裏路地に入る。1人の人間が布で顔を覆い隠して路地に座り込んでいる。この人間が売っているものが欲しい。
「こんにちは」
「……」
無視している。一見の客は断っているのだろうか。非常に困った。とても欲しいものなのだ。この人間に恩をきせるか、脅すほかない。
「殺されたくなければ応答してください」
「……何がいるんだ」
良い人間で助かった。自分の命を大切にする人間は良いものだ。
「欲しい物があるんです。情報屋のあなたに探していただきたいのです。龍の骨が欲しくて」
「俺はこの街の中にあるものの情報しか持っていない」
「ありますよね。この街に」
人間はおもむろに右手に3本残っている指をいっぱいに広げた。私は袋から紙幣を3枚取り出して人間に渡した。
「……ある、この街に」
また袋から紙幣を取り出した。今度は10枚。
「具体的な場所を教えて下さい」
人間が笑った。この笑顔に追加料金を払わなければならないとしたら面倒だ。幸いそんなこともなく、人間はにこやかに龍の骨を持っている人間の情報と場所を私に教えた。
龍の骨を持っている人間の名前は、
…………………………忘れた。
けれど場所は覚えている。この街で3番目に規模の大きい美術館の館長の家だ。その美術館に飾られていた『天を割る緑衣の方』の絵は額縁のデザインが好ましいものだったことで覚えている。1,2番目に大きい美術館との違いは、空に関する作品が多いことだった、はずだ。多分。
記憶があっているか、旅の同行人であるむいかに確認した。
「空に関する作品……まあ間違ってないよ。より正確に言うと宇宙に関する作品が多いかな」
とのことだった。せっかくだから龍の骨を盗む帰り道にでも美術館に寄ろうと考える。何ならむいかに一緒に行かないかと提案した。
「盗まずに買い取ったほうが良くない?」
むいかに正論を言われた。全くもってそのとおり。人間との取引の際に会話しなければならないのが面倒でつい楽な方法を取ろうとしていた。
「面倒なら私が相手の方と交渉するよ。それにしても、君は戦友とは普通に会話するのにそれ以外の人との交流は面倒なんだね。不思議だ」
彼らのことは使い勝手のいい駒だと思っているので、より使役しやすくするために交流している。仲間意識は日々の積み重ねが肝要だから。
「なるほど。君なりの効率を求めた結果だね」
そういうこと。では館長の家の訪問許可を取らなければ。
「メールを送っておいたから明日あたりに返信があると思うよ。今日のところは……外に出かけようか?」
「ええ、ぜひ」
この街に関して特筆すべき点は、やはり緑衣の方ゆかりの地というところだろう。まあこの星の大体の地域に緑衣の方の伝説があるけれど、この国はその起こりから緑衣の方が関わっている。
およそ2000年前、建国神話として語られている伝説に緑衣の方が現れる。緑豊かな大地を突如として毒龍が襲い、その龍を退けたのが初代国王。現在では『宣誓の王』として知られている英雄だ。緑衣の方は王になる前の少年を龍のもとへと導いた。龍が真に倒れるまで何十回何百回も導いたとされる。
そして今、私が求めている龍の骨はかの毒龍のものだ。かつて毒泥を吐きながらこの地を蹂躙した龍の骨は、現在でも失われることなく存在している。
「没後2000年も経とうというのに、あの骨はまだ毒泥をにじませているみたい。あの聖龍もこんなしぶとい毒に侵されたら我を失うに決まってるね」
毒で我を失い、正気のうちに吐いた最後の言葉は『殺してほしい』だった龍は建国の礎となった。聖龍はもともと緑豊かな大地を守護するものだったのに、その地は自らの体から出る毒で汚すこととなった。
この国の民は2000年前の哀れな龍の顛末など知る由もない。当時この地域に住んでいた人間たちですら、美しい銀色の聖龍と、体中からおびただしい量の泥が滲んでいる毒龍が同じ龍だとは思っていなかった。
そして現在館長と一部の人間にしか存在を知られていない龍の骨は、2000年前の伝説の龍のものだとは思われていない。そもそも神話に対する考え方が人によって異なる。龍は存在していただろう。実際に今でも会おうと思えば会える存在ではある。しかし毒の泥を吐く、なんていうのは少しオーバーな表現ではないか?と考えている人間がほとんどのようだ。
以前生徒に課題として龍を想像のみで描くよう指示したところ、炎や冷気を吐いている絵は一枚もなく、大抵爪や翼のおこす風によって何かを破壊しているものだった。
2000年前は魔術を扱う龍が多くいたが現在はそうでもないためだろう。
最近の人間たちの先入観も相まって、毒を吐く龍は創作だろう、という認識が強くなっている。しかし実際に骨から絶えず泥が滲んでいる様を見た人間たちは、この骨は他の古龍の骨とは明らかに違うと判断した。すぐに美術館に展示することはなく、しばらくは染み出す泥や骨自体の年代を調べることにしたようだ。
そこで『骨を買い取る』と言って果たして売るのだろうか。しかし、むいかは『盗まずに買い取ったほうが良くない?』と言った。むいかは重要なことに関して非効率なことはしない。ああいった提案をしたということは買い取ることが可能だからだろう。
「とても状態の良い龍の骨でございます。先日ご連絡いただきましたとおり、研究費を投資していただけるとのことでしたが……、いかがでしょうか?」
館長が揉み手でこちらの様子をうかがっている。
むいかが館長の疑問に答える。
「ええ、所有権を我が社に譲っていただけるのでしたら、人件費でも研究費でも際限なく投資するつもりです。以前から弊社では龍の骨に関する研究を続けておりまして、この国に支社を設ける計画も立っていたのですが……。高名な美術館と提携して研究できるのであれば、こちらとしても願ったり叶ったりなものです」
「合同研究……ということですか」
「はい、しかし弊社は所有権はいただきますがあくまでサポートにまわらせていただこうかと考えています。今まで長い間研究なさってきた方々を押しのけて我が物顔で振る舞うことは社長の意に反しますので」
「はは…いえ、こちらとしても嬉しい限りです。リース様のご支援をいただけるとは……。どうぞよろしくお願いいたします」
うまくいった。何年か前に『作っておくと便利だから』と言って立ち上げた会社『リース』は確かに便利なようだ。
宿に戻った。
「これで龍の骨を一部分くらいは削っても大丈夫ですね」
「まあ、所有権はこちらにあるから文句は言えないだろうけど。シダは骨をどうするつもりなの?」
「剣を創ろうかと思ってます」