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宣誓の王国  作者: 滞りない猫
1/5

嵐の前

曇りのち雨

 かすかに風が吹いた。


 パラパラと降る雨が、開け放たれた窓から室内に入ってくる。ふわりと浮いたカーテンにパタパタと水玉模様がついていくのを見て、三つ編みの少女はその部屋にある唯一の窓を閉めた。

 三つ編みの少女は同じ部屋にいる人間に話しかけた。


「この時期に雨が降るとは思いませんでした。もしかして、むいかが降らせたんですか?」


 むいか、と呼ばれた少女は椅子に座り本を開いている。


「いや、何もしてないよ。ただの異常気象だと思う」


「それなら……食糧の備蓄は厳しいでしょうね」


「そうだねえ、この様子だと来年は死者が出るかも」


 この国が冬を凌ぐには他国との交易が必須だが、懇意にしている国は軒並み内乱や征服戦争で国力が乱れている。


「この国は、なんだか色々な不幸が降りかかりますね。つい先日国王が崩御して、後継が立ったかと思えば謎の死を迎えて、王室の血筋はもう3人しかいないそうですね」


 むいかは苦笑した。踏んだり蹴ったりな国の行路に笑うしか無かった、というのもあるがそれ以外にも。


「シダ、王が死んだのは48年前だから、少なくとも国民にとっては『つい先日』ではないと思うよ」


 すでに歴史の1ページになっている事象だ。47年間で現れた後継は6人。その全てが同じ毒で死んでいる。

 シダ、と呼ばれた三つ編みの少女は眉をひそめた。


「思ったより前のことですね。むいか、何を読んでいるんですか?」


 シダの興味は雨に降られる国からむいかに移ったようだ。


「題名は『短編集:世界のラブレター』。国境の垣根を越えた複数の作家が『ラブレター』を題材に短編小説を書いたものだね。ラブレターの解釈が作家ごとに違っていたり似通っていたりして面白い」


「……むいかはラブレターと聞くと何を思い浮かべますか」


「オーソドックスだけど、想いを綴った手紙かな。あなたのことが好きですって書かれてそうな手紙」


「なるほど」


 シダは少し考え込むかのように目を伏せた。


「シダは何が思い浮かぶ?」


 むいかは用意できるものであれば今日か明日にでもプレゼントしてみようかと考えた。


「私は」


 想いを込め、相手にそれが伝わってほしいと願い、作り出すもの。シダはラブレターをそう解釈した。

 その理解の上で、自分なら愛しい相手に何を贈るだろうか。

 一、二分の思考の後、シダは絞り出すように答えた。


「……花でしょうか」


「へえ、どうして?」


「以前、好きな相手に色とりどりの花を大量に送る者を見ました。その印象が強いです」


「なるほど」


 窓の外、街行く人々は空を見ている。大半の国民は虚ろな眼をして神に祈っている。すべてが好転することを願っている。

 彼らが休日に花を買い、家に飾ったのはいったいどれほど昔の事だろう。





 カランコロン─


 寂れた店内に鈴の音が響き渡る。

 店内には禿頭の店主が一人座っており、気だるげに刺繍をしていた。

 一瞬、店に入ってきた客を見やる。

 客は二十台後半の体格の良い男だった。光が淡く透ける茶色の髪と青い瞳を持った端正な顔立ちだが、顔色が悪い。


「はぁ……らっしゃい」


 店主は気のない返事をして目線を刺繍用の針に戻した。


「『冥界送り』用に、花を包んでください」


 この国で人が亡くなると『冥界送り』と呼ばれる儀式が行われる。昔は、色鮮やかな花を飾り、盛大に死者を送っていたものだが、最近は様子が変わってきた。

 儀式に使用する花は1~2色と色が絞られ、大きな花弁の花は敬遠されるようになった。


「何色だい?」


「白色と……黄色でお願いします」


「種類は?」


「おまかせします」


 最近の「流行り」通りに、小振りで慎ましやかな花を選んで紙に包む。

 客は代金を払って店を出た。


 再び店内に静けさが戻る。


 店主は数年前から大きく華美な花を取り扱わなくなった。

 不況のせいか日常的に花を買う人間が減っていき、儲けが出なくなった、という理由もある。

 しかしそれ以上に、店主は店に取り残される花々を見る苦痛に耐えられなくなっていった。最初は売れ残った花々を部屋に飾っていたが、十を超えるとさすがに負担となるため、店内で処分するようになった。

 売れないのは仕方がないのだ。

 だが、だからと言って、毎日温度管理や水やりを重ね、いつか素敵に花開き、美しく咲き誇るはずだった花々が、この店から出ることなく一生を終えるのは、もう店主には耐えられなかった。


 この花はきっと、風に吹かれたら美しいのだ。この花は、玄関に飾って目にするたびに自然と口が綻ぶような、そんな素敵な花なのだ。なのに、花はここで咲き、ここで朽ちる。


 毎日毎日そんな気持ちで花と向き合うのは、店主にとって苦痛だった。


 店頭に並ぶ花は数も色も減っていった。

 花だけでは生活ができず、手仕事を近所の店から貰っている。

 肉体労働ならもっと稼げるのだろうが、そうすると花を世話する時間が減ってしまう。


 気が付くと、外は雨が降っていた。


 

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