県下一のバカ高校がクラス転移するまでの一部始終
コメディで……いいよね?
始業のチャイムが鳴ると同時に、教室の床やら壁やら天井やらが、無数の光る魔法陣的な何かに覆われた。
クラスメイトたちがざわつく中、
「異世界転移キタコレ!」
とオタ君(あだ名)が叫んでいる。順応力高いなお前。
光がおさまると、教室のドアがガラリと開いた。そこから現れたのはいつものハゲチャ=ビンスキー氏(担任教師のあだ名)ではなく、だるっだるのスウェットの上下を着た巨乳……を通り越して爆乳の美女だった。襟周りが伸びまくって谷間が見えてる。狙ってんだろこれ。
「「「爆乳キター!!」」」
クラスの男子たちが叫んでいる。どう考えてもさっきの発光現象の方が異常事態だろ。サル並に本能に忠実な彼らとしては、目の前にぶら下げられたバナナに一瞬で関心が奪われたようだ。高校生男子の理性など性欲の前には風の前の塵に同じである。
突如現れたスウェット爆乳女史(いま考えたあだ名)は教壇に立つと話し始めた。
「えー、いまから、みなさんには殺し合いをして……あー、違うー。これ別の台本。えー、みなさんには、異世界転移して、もらいますー」
妙に間延びした甲高いアニメ声にイラッとした。
「ち、ちちチートとかもらって異世界無双的なあれですか!?」
爆乳に引っ張られたのか、やたらとちちでどもりながら質問したのは自称天才くんだ。角張った眼鏡に七三、長身のヤセ型で見た目はインテリ風。しかし実態は校内でも成績最下位を争うツワモノである。
「うーん、そうー。わたし神様的なアレなのでー、けっこうすごいのでー。きみたちがー、思いつくようなチートはー、だいたいあげられますー」
「じゃあ! ぼくを天才にしてください!」
「おっけー! いってらっしゃーい」
自称天才くんは光の泡のようなものに包まれると、消えた。あれかこれは、チートスキルもらったら速攻で異世界に送り込まれるシステムなのか。
「やっべ! すっげ! 自天くんマジで消えちゃったよ!」
「マジやっべ! これ何? 異世界? 行っちゃった系?」
「マジすっげ! やっべ! 鬼やべー!」
「……あの、天才にするって、具体的にどういう……?」
霊長類未満が騒いでいるのを横目に、冷静に質問をしたのはメガネちゃんだ。メガネちゃんは私の幼馴染でこんなバカ高校にはふさわしくない高学力の持ち主で、活字中毒者である。おばあちゃんの介護の都合で、最寄りの学校を選ぶしかなかったらしいのだ。不憫である。ちなみに「自天くん」というのは自称天才くんの略称である。
「うーん、とね。脳みその形をアインシュタインにしてー、あ、アインシュタインわかる? わかるんだ。すごいね! それでね、記憶のデータもまるまるコピーしたのー」
ん……?
「それって、頭の中はぜんぶアインシュタインになったってことじゃ…」
「うん! そだよー! ホーキンス博士にするか悩んだんだけどねー」
いや、それもう別人じゃねえか。自称天才くんは消え、アインシュタインが転生してるぞ。
「マジすっげ! やっべ! 自天くんマジ天才になったってこと?」
「自天くんマジ天才やべぇぇぇwww」
「おれもおれも! おれも天才にして!」
事態を理解していない二足歩行生物たちが我も我もと天才になりたがっている。いいのか、このままだとアインシュタインの集団転移になるぞ。
「うーん、ごめんねー。たよーせーが大事だからー。似たようなチートはー、あげられないのー」
アインシュタインの増殖は未然に阻止されたようだ。
「じゃあおれ! 剣の才能! 最強の剣士にして!」
「おっけー! いってらっしゃーい!」
今度は剣道部くんが光の泡に包まれて消えた。脳なんて飾りです、偉い人にはわからんのです、的な連中が喝采を上げている。
「……あの、最強の剣士って、つまりどういう?」
勇気を持って質問したのはメガネちゃんだ。メガネちゃんマジ頼りになる。
「うーんとねー。頭の中を宮本武蔵にしてー、そのままの身体だと魔物とかには勝てないからー、カーボンナノチューブとかー、タングステンとかー、劣化ウランとかオリハルコンとか濃縮精霊液とかで超強くしたのー」
えっ、ちょっと情報量が多いです。ナニソレ? メカ武蔵爆誕??
「まじ! マジすっげ! 鬼強そうじゃん!」
「鬼やべぇぇぇwww」
「じゃあおれサッカー! 最強のサッカー選手にして!」
「おれ野球ぅぅぅううう! 大谷翔平超えたるわwww」
「おれカバティ!」
「おれセパタクロー!」
「おれケン玉www」
理性の代わりにノリと勢いだけが詰まった頭蓋を持つ生き物たちがやいのやいのと喚くと、スウェ乳(スウェット爆乳女史を略した)が「おっけー!」といってまた数人が光の泡とともに消えた。
「……これから転生? 転移? される世界に、サッカーや野球はあるんでしょうか?」
メガネちゃん、君はいい仕事をするな。
「うーん、ないんじゃないー?」
がんばれ、スポーツ馬鹿たちよ。君たちのことはなるべく忘れないつもりでいたい。
「私! めっちゃ美人にして! 超モテモテの超美人!」
「おっけー! いってらー!」
いま光の泡とともに消えたのはギャル子ちゃんだ。すでにかわいいし、かなりモテてると客観的には思うのだが、美の追求というのは飽くなきものらしい。
「何回もごめんなさい。超美人ってどういう……?」
「石原さとみのルックスにしたー」
具体的だなおい。
話の流れ的に、ゴブリン的には超美人とか、そういう落とし穴が用意されてそうな気がしていたが、極めてまっとうな対応だった。いや待て、異世界でも石原さとみはモテるのか……?
「いちおー、こっちのしゅーごー的無意識とー、あっちのしゅーごー的無意識をさんしょーしてるからー。ちゃんとお願いは叶えられてると思うのー」
こっわ。こいつ私の考えを読んだ? なんか先回りして回答されたんですけど。
「はいはい! わたし! 中条あやみになりたい!」
「わたしガッキー!」
「サナにしてー!」
今度は女子陣が一斉に騒ぎ出した。というか、さっきまで騒がしかった陽キャ男子陣はあらかた消えてしまったようだ。決断が早いと言うか、後先考えないと言うか。
「ごめんねー。似たようなチートはー、ひとりだけなのー」
スポーツ系はだいぶたくさんいた気はするが、美人系は一枠限定だったらしい。基準がよくわからん。
「お金がいくらでも出るお財布ちょうだい!」
「おっけー!」
また一人光の泡に包まれて消える。いまのは誰だったっけ……? モブ系だったからあだ名も付けてなかったや。
「なるほど……アイテムもオーケーなのでござるか……しかし先着一名限定となると……」
もそもそとしたつぶやきが聞こえたのでそちらを見るとオタ君だった。
「勇者! 勇者! 拙者を勇者にしてほしいでござるよ!!!!」
「おっけー! いってらー!」
オタ君が急に叫んだのでビクッとなってしまった。オタクが勇者になるのは異世界転移ものだと鉄板だけれど、本当に大丈夫なん「ドゥフフ……これで異世界ハーレムライフ確定……拙者の遺伝子で異世界を塗りつぶすでござるよ……」光の泡に包まれながらオタ君が気持ちの悪いことを口走ったので心配は忘れることにした。
「わたしモデル! 売れっ子のモデルにして!」
「わたしは女優ね! 美人で演技もばっちりなやつ!」
「声優! 声優! 声優声優!」
「アイドルになりたーい!」
「おっけー! みんないってらー!」
さっき美女になりたがった女子たちが一斉に光の泡に包まれる。勇者がありなら職業も通るだろうという連想だったのか。しかし、勇者って職業なのか……? というか、異世界にモデルとか声優とかあるの……?
「うーん、ないよー」
こっわ。また思考を読まれた。そういうのナシにしてほしい。
「でもねー、考えを読まないとー、弱気な人とか発言できないからー」
え、ちょっとやさしいんですけど。
「わたしも早くー、仕入れを終わらせないとー、いけないしー」
は、仕入れ? 私たちドナドナされてるニュアンスなの?
端々に不穏な空気を感じて考え込む私をよそに、クラスメイトたちは次から次へと光の泡に包まれていく。鍛冶屋、錬金術師、魔法使い、ステゴロ最強、ケーキ屋さん、うどん屋、ちくわ大明神、なんでも斬れる剣、エルフ、ヴァンパイア、異世界通販、不老不死……などなど様々なチートが叶えられていった。先着一名という焦りのせいだろうか。
気がつけば、教室に残っているのは私とメガネちゃんだけだった。
「あと二人だねー。……あれ? このクラス34人だよね? まだ24人しか転移させてないんだけど……??」
それはアレです。遅刻とか欠席とかです。底辺高校を舐めないでいただきたい。
「えー……そうなんだー。そしたら追加仕入れしなきゃー。うーん、急がなくてもだいじょーぶなんだけど、考え事増えるのめんどーだから早めにチートを決めてもらえるとうれしーかなー」
「は、はい! 早く決めたいんですけど、情報が、情報が少なすぎて。私たちが行く異世界ってどんなところなんですか?」
しばらくぶりのメガネちゃん質問だ。超助かる。知らない人に話しかけるのとか超怖いし。
「えっとねー。こっちの世界の小説とかによくあるー、中世ファンタジー風? みたいなー。たぶん、ナーロッパってやつー」
ナーロッパとか言うんじゃない。
「魔物とか……そういった危険な生物もいるんですよね?」
「いるー」
ケン玉のチートをもらったアイツは生き残れるんだろうか。
それから、しばらくの間メガネちゃんの質問は続いた。途中、難しくてよくわからない受け答えもあったけれど、要するにナーロッパであることに間違いはないらしい。
「それから、どうして私たちをそちらの世界に連れて行くことになったんでしょうか?」
「人間減りすぎたからー、ほじゅうー」
は?
「そんなに人間が死にやすい世界なんですか……?」
「ばんばん死ぬー。瘴気領域に生命素が引っ張られちゃうから、足りないのー」
……瘴気領域? 生命素?
「さっきも説明したけどー。創造神的な人があっちの世界に飽きちゃってー。メンテしないのー。だから瘴気領域が拡がっちゃってー」
……創造神??
「いっぱい世界作ってるのー。あっちは最初に作った世界なんだけどー、れんしゅー用だからいろいろ失敗しちゃっててー」
……失敗作の世界なの?
「わたしたちはー、創造神的な人から一応管理頼まれてるからー、瘴気領域で世界が埋め尽くされちゃうとこまるわけねー。で、こっちの世界であまった人間をー、安くゆずってもらったのー」
余った人間? 安く譲った?
「こっちの神様はー、人間育成にあきてきたみたいでー。出来の悪いのは間引いて上等なのだけにしてみたいんだってー」
つまり、我々は出来が悪いと。知ってたけど。
「そちらの世界を良くしたいのなら、はじめからアインシュタインや宮本武蔵とか……そういう偉人を転移させればよかったんじゃ……?」
「むりー。高くて買えないし、そもそも売る気もなさそーなのー」
脳も中身もコピーしたなら、それは本人が転移したのと一緒なんじゃないのか。
「ちがうのー。ガワがいっしょでも芯の魂が違うからー。どうしても別物になっちゃうのー」
魂とか、よくわからん。
「転移をお断りすることはできるんでしょうか?」
「むりー。もう買っちゃったからー。たぶんキャンセルしてもいらないーって言われそー」
メガネちゃんはやっぱりこっちの世界に未練があるんだろう。介護してるおばあちゃんもいるし。
「おばあちゃんの死体を隠したいならー、それくらいはサービスできるよー」
は?
「……わかりました。お願いします」
え、ちょ、メガネちゃん?
「ごめんね。わけわかんないよね。もう言っても大丈夫そうだからさ、言うけど。おばあちゃんさ、もう2年前くらいに死んでるの。でもお葬式代もないし、死んじゃったら年金ももうもらえないしさ、ずっと隠してたんだ」
ちょま、情報量多いっす。
「だから、この異世界転移。私としてはけっこうありなんだ」
メガネちゃんがメガネの奥の瞳に涙を溜め込みながら話してる。ふるふる震えてる。幼馴染なのにそんなとんでもないことに気が付かなかったなんて……私はやっぱりバカなんだなあ。
「えっと、チートですけど、この紙にまとめたのでお願いします」
「おっけー! いってらー!」
メガネちゃんがノートの切れ端を差し出すと、メガネちゃんは光の泡に包まれて消えた。私はぼんやりとメガネちゃんがいなくなった座席を眺めていた。
「それでー、きみはどうするー?」
スウェ乳に問いかけられ、私はほとんど何も考えずに答えてしまった。
「おっけー!」
私は光の泡に包まれて消えた。このチート(?)をもらったことは後悔していない。メガネちゃんをあのまま放っておくことなんてできないじゃないか。
* * *
転移から何年? 何十年? 経ったかはよくわからない。複数の太陽と複数の太陰が空でずっと喰らいあっているから、一日というものすらはっきりしないのだ。
メガネちゃんと同じ場所に転移させてほしいと願った私はそのままメガネちゃんとずっと暮らしてる。メガネちゃんの願いは「ずっと静かに本を読んで暮らしたい」というもので、近隣のショッピングセンターをあれこれカスタマイズしてチートとしてもらったそうだ。家具コーナーのベッドで爆睡するのは背徳感があって何年経っても気持ちがよい。
瘴気領域とかいうものの中に転移させられたので来訪者はめったにないけれど、それでもクラスメイトたちの噂は聞く。
曰く、
「ゴーレムみたいな剣客が出会った剣士を尽くめった切りにしてる」
とか、
「勇者を名乗る狂人が美少女をさらってばかりいる」
とか、
「働いてもないのに妙に金回りのいい女が強盗に殺された」
とか、
「中央帝国の住民がすべてピーマンになったらしい」
とかとか。
アインシュタインが何か偉業をなしたという話はまだ届いてこない。
私たちが転移したことでこの世界がよくなったのか、悪くなったのかはわからない。でも、メガネちゃんと一緒に静かに本を読む暮らしは、このまま続いてもよいと思ってる。
了
脳内設定をとりあえず吐き出してみたかった。
「瘴気領域」シリーズとして短編をまとめてみました。
https://ncode.syosetu.com/s3806g/