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短編集  作者: 影月 潤
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テーマ「お金持ちが全財産を失う話」

 かつて私の上司だった人の話をする。

 私は大学院を卒業したあと、すぐに都心の投資顧問会社に就職できた。

 仕事は楽しく、やりがいもあって、いい先輩にも恵まれたのだったが、私の同期も、先輩たちも、会社の誰もが嫌っていたのがウチの会社の創業者の息子であり、会長だ。

「この会社はぼくが建てたんだぞ!」

 建てたのはお前じゃねえーだろ、とのツッコミをしたら即クビ。

 プライドが非常に高く、言い返せなかったら地団駄を踏む子供のような性格。

 投資も経営も社会人としての知識もなく、部下の稼ぎを自分の稼ぎだと勘違いしている。

 部下が稼いできたお金で豪遊し、部下が失敗すると大声で怒鳴る。

 自分が一銭でも稼いできたことがあるのか、と思う。この会社は彼の父親が作ったもので、彼が作ったのではない。

 彼が小さな頃からこの会社の経営は軌道に乗っていたし、何不自由のない生活をしていたのだろう。

 私も、そして、会社の同僚も、そんな彼のことが、苦手だった。

「なんだい、この貧乏くさいお店は」

 そんな彼と昼休みにすれ違ったことがある。

 イエスマンの取り巻きたちを連れて、ちょうど会社が入るオフィス街を歩いていた。

 彼が見たのはオフィス街の一角に新しくできた、有名なハンバーガーチェーン店だ。

 場所が場所だけにどこにでもあるような店舗とは違い、オフィス街に溶け込むようなおしゃれな佇まいをしていたのだが、

「ハンバーガー? はっ。貧乏人の食べ物じゃないか。ぼかぁ生まれてこのかたそんなもの食べたことないね!」

 周りに聞こえるような、そんな大きな声で彼は叫ぶようにいう。

「貧乏人は貧乏人で群れていればいいさ! ぼくのような一部の選ばれた人間は、そんな店に行くことなんて一生ないね!」

 彼の言葉に取り巻きも少し困っているようだったが、「そのとおりですね会長」と美人秘書が口にすると彼は満足そうに笑い声を上げ、そのまま歩いていった。



 でも、あるとき。

 世界的な株価下落の動きがあって、私たちの会社もそのあおりで大きな損害を受けた。

 株は上がる様子もなく、会社の損失は広がる一方。私の給料もまたたく間に少なくなって、優秀な先輩は次々と辞めていった。

 そんな中でもあの男は贅沢三昧をやめることはなく。てっきり、父親時代から持っているコネでもあるのかと一瞬でも思ったが、そんなものもまったくなく。

 毎日毎日怒鳴り声を上げる彼の取り巻きもだんだん少なくなっていって、会社の赤字もだんだん広がっていって。

 会社は見事に、経営を続けることができないレベルにまでなっていた。

 社長から解雇を言い渡され、会社規定で退職金ももらった。社長はまともな人で、少なくとも、そこだけは死守してくれた。

 でも会長は、あの男は、そんなの払う必要ないとずっと騒いでいた。結局、彼はひとりになるまでぎゃあぎゃあと騒いでいた。

 私たち一般の社員が辞め、役員が会社から離れ。

 あの会社は、あの男ひとりになってしまった。

 彼は会社の僅かに残ったお金を一か八かの勝負とどこかの株に費やしたらしいが、まったく、社会情勢を理解していない彼がそれで成功することなんてありえない話で。

 彼は全くの一文無しになった、と聞いた。

 会社のものはなにもかも引っ張り出され、彼の豪邸も競売にかけられ。

 なんだかもう、すごかったらしい。

 社長を始め、会社の人たちは別の会社に移ったり公務員になったりと、なんとか頑張っている。

 が、あの男の話だけは誰もしようとしなかった。



 私もなんとか次の会社が決まって働き始め、世界的な景気の悪さもなんとか回復の流れに乗って。

 給料も、私が一番稼いでいたときから遥かに低いが安定したお金をもらえている。

 そんなある日のことだが、あの男に関しての噂話を聞いた。

 例の、会社の近くに新しくできた、ハンバーグチェーン店。

 景気の悪さもあってちょうどセールをやっていたそのとき、ひとりの男が来店してきたそうだ。

「いらっしゃいませー。ただいまセール中で、ハンバーガーが1個100円でございます」

「100円!? 100円で食べ物が買えるのかい!?」

「は、はい、セール中ですので……」

「ぼかぁ、こんなところ来たことないから知らなかったよ」

 いい、彼は小さな財布を取り出して中身を覗き込み、

「ハンバーガーをひとつ、くれないだろうか」

「はい、ハンバーガーですね」

 店員は値段に釣り合わないスマイルで男に笑いかけ、男はそれに対してわずかに笑みを浮かべたらしい。

 それから。

 時折その店では、ハンバーガーを食べるその男の姿が見られるとかなんとか。

 私はあれからあの会社の近くには行ってないので、真相はわからない。

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