無人駅
こわくないです
燃えるように真っ赤な夕日が、駅のホームを照らす。
長かった夏が過ぎ、やっと秋らしく涼しくなってきた。「夕焼けは、やっぱり秋が一番きれいだな」とゆかりは眩しさに目を細める。いつも使っている学校の最寄り駅が、駅舎の改修工事中で混みあっているらしい。人ごみが嫌いなゆかりは、その駅から少し歩いたところにある、ひとつ先の『夜雲駅』に来ていた。
木造の無人駅で、人気は全くない。
今日で、同級生がひとり減ってから、ちょうど一年がたつ。
去年の今日。朝のホームルーム。担任教師から唐突に、彼が死んだと聞かされた。線路に飛び降りて、電車に轢かれたそうだ。
彼はどちらかと言うと『静かでおとなしくてあまり目立たない』にカテゴライズされるような人だった(ゆかり自身、あまり彼と話したことがなかったので、なんとなくのイメージでの話だが)。存在感は人並みにあったから、影が薄いという訳ではない。
休み時間は、黒の耳栓型イヤホンを耳にさしこみ、まぶたを閉じていることが多かった。女子の中での人気は……中の下といったところか。 彼がどこの駅で亡くなったのかは知らされていない。信憑性の薄い生徒間の噂では、人気のない無人駅だと聞いた。
「まさか、ねぇ……」
ぽつりと呟いた、そのとき。
ガタン、ガタン、ガタン、フシュー……という音がゆかりの耳を刺し、うつむいていた顔を上げる。
ゆかりがいるホームとは相対している、反対側のホームに面した線路に、電車がすべりこんできた。一両編成の、だいぶ年季の入った車両だ。降りる人がいるのだろうか。車両はじっと線路の上にとどまっている。
ゆかりのスカートのポケットでスマートフォンが震え、メッセージの受信を知らせる。慣れた手つきでロックを解除し、トークアプリを開いた。
メッセージに返信しつつ、頭の片隅ではさっきからぼんやりと考えていることがある。
いま自分がいる駅と、噂の駅が、似ている気がするのだ。
ふしゅう………と、しばらく停まっていた電車の扉が閉まる。ガタン、ガタン、と再び動きだした電車は、どんどんスピードをあげて去っていった。
「まさか」
ふって湧いた妄想にピリオドを打とうと、否定の言葉を呟く。
背中がひんやりと冷たくなってくる。汗が冷えたのだろうか。
「いや、そんなはず…」
一度思いついてしまうと、脳裏にこびりついて剥がれない。
スマートフォンから顔をあげたゆかりは、ゆっくりと目を見開いた。
さっきよりも寒気がひどくなった気がする。顔から血の気が引いていく感じがして、めまいがする。
ふと目に触れた反対ホーム。
そこに、死んだはずの彼がいた。
死んだはずの彼がいた────ように見えた。
ぱちぱち何度まばたいても、人影なんてどこにも無かった。
「なん、だ……」
鞄のストラップが、ずるりと肩から滑り落ちる。
すくませていた肩から力が抜け、詰めていた息を吐き出す。
本当に心臓に悪い。だいたい、このあたりは田舎だから、無人駅なんていくつもある。
普段なら、こんなこと考えないのに……疲れているのだろうか? さっきも寒気がしたし、風邪かもしれない。
ゆかりは早く帰って寝ようと決める。まあ、電車が来ないことには始まらないが。
「あの」
突然斜め後ろの方から声をかけられ、大げさに肩がはねる。
「これは、あなたの………ですよね?」
「え? あっ、ありがとうございます」
横から差し出されたリップクリームは、確かにゆかりのものだ。
高校に入学した時から愛用している物で、去年の夏に一度紛失してしまったことを思い出す。あのあとすぐに新品を買い直し、現在も使いつづけているが、……本当に惜しいことをした。まだ半分以上残っていたのに。
あの時から物の紛失にはとくに気を付けていたゆかりだが、一体いつ落としたのだろう、と首をひねる。そして軽く頭を下げた。
顔をあげた一秒後、ゆかりはホームから駆け出した。リップクリームはゆかりの掌から滑り落ち、ホームの床で高い音を響かせる。
早くいつもの駅に行こう。人が多いなんてことは気にしない。
今はむしろ、誰かに会いたい。
友達が乗る予定の電車が、まだ来ていなかったらいいのに。
ぜいぜい息が切れるのも気にせず、ゆかりはただ最寄り駅へとひた走る。
「あー、また渡しそびれた」
備え付けのベンチの下まで転がっていったリップクリームを追いかけると、しゃがんだ黒い影はそれを手中に収めた。
夕日はもうすぐ沈む。
ゆかりが駆け出したとき、ホームには誰もいないように見えた。
本当は、違ったとしても。
『元クラスメイトは生死不明』