第1話ー人助け、災難だらけー
1
少年は全力で走っていた。
息を切らしながらも、全力で何かを追いかける様に走っていた。
「ギル!!そっちから追い込んで、私は向かい側から挟み込むから!!」
「分かった・・・ッ!!」
耳に着けているイヤホンから、少女の声が聴こえてくる。
少年はその声に相槌をうつと、走る脚により一層力を込める。
少年が追いかける何かは、少年の走る速度が上がった事に気付いた様で目の前にあった路地へと曲がり入り込む。
「よし!そっち行ったぞ、リュー!!」
「見えた見えた。よしコッチだよぉ、猫ちゃん!!」
少年が追いかけていたのは猫は、目の前に突然現れた少女に驚く事も無く、易々と少女を飛び越えて行った。
「な・・・!?くッ、逃がさないわよ!!」
「リュー!!」
「え、?」
「ニャーーッ!!!!」
飛び越えて行く猫を、空中で捕まえようと必死にくらいついた少女だったが、一瞬目を離した隙に猫のひっかき攻撃を受けてしまい、逃がしてしまう。
「きゃっ!!あ、しまった。逃しちゃった!!ギル!!」
「分かってる!!」
少女が声を発するよりも前に、少年は少女の脇をすり抜けて走り出していた。
「待てぇ!!!!」
猫は路地を抜け少し開けた道へと出る。道を歩く人並みを、その小さな身体使い上手くすり抜けて行く。
追っていた少年も道へ出るが、道を歩く人並みに呑まれてしまい猫を見失ってしまう。すると、その時耳に着けていたイヤホンから再び少女の声が聞こえてきた。
「ギル!!その先にある、そこから三つ目の路地を曲がって!!路地に入ったら直ぐに全力で走ってね!!」
「・・・ッ!!分かった・・・、三つ目だなッ!!」
少年は言われた通りに、目の前に並ぶ三つ目の路地に入り、入ると同時に全力で路地を駆け抜けて行く。
「路地を抜けたら右側に向いて構えて!!」
路地を抜けると、少年は言われるがままに右側を向いて両手を構えた。すると、目の前に突然追っていた猫が勢い良く飛んで来たのだ。
「おっと、もう追いかけっこは終わりだ。猫ちゃん」
少年の腕から抜け出そうと、少し抵抗する様にグネグネと身体をよじる猫。しかしそう簡単に少年は、やっとの思いで捕まえた猫を逃がす事はなく、猫は少年の腕から逃れる事を諦めて大人しくなる。
そうこうしていると、息を切らしながら少女が少年の元へと駆け寄って来た。
「はぁ、はぁ・・・、これで後は依頼人の所へ連れて行くだけだね。ギル」
「そうだな、リュー。この子を早く飼い主のヘレナさんの元へ届けてやらないとな?その後で、夕御飯を食べに行こうか・・・?」
「ご飯!!行く行く!!そうと決まれば、早く行こう!!ギル!!」
そんな他愛もない会話を終えた少年こと”ギル”は、捕まえた猫をしっかりと抱え、この場からどこかへ向かって歩き始めた。そして少女こと”リュー”は、その隣を寄り添う様にして付いて歩いて行く。
2
街にあるとある酒場へとやって来たギルとリューの二人は、酒場の前で立っている女性に気付く。二人はその女性の元へと向かって歩く。
「ヘレナさん。ミアちゃん、つかまえてきましたよ」
酒場の前に立っている女性にリューが話しかけると、女性は二人の方へゆっくりと振り向いた。すると、ギルの腕に抱えられた猫を見つけると、勢いよく猫を抱き上げた。
「あぁ!!愛しのミアちゃん!!ようやく帰って来てくれたのね。帰ったら、大好物のご飯を用意してあげるわね!!それよりも、助かったわ二人とも。はいこれ、今回の報酬よ」
「どうもです。また何かあれば、連絡してください」
「えぇ、そうさせてもらうわ。またね”人助け屋さん”」
そう二人に言い残し、ヘレナという女性はギルとリューの二人に見送られこの場を去って行った。
「さぁ、ギル。ご飯食べに行こう!!」
「そうだな。それよりリュー、その前にミカさんを迎えに行こう」
そんな会話をしている二人の背後から、ゆっくりと忍び寄る人影が一つ。
「待てないから、こっちから来たわよ。二人とも」
「・・・ッ!?」
「びっくりしたぁ。来るなら来るって言ってよ、ミカ」
「ふふっ、二人を驚かせたくてね。それより、早く行こう。ご飯!!夕飯の時間だ!!」
背後からの突然の登場にびっくりしたのか、ぼーっとしたままのギルを引きずりながら歩き始めるミカ。そしてそんなギルを心配しながらついて行くリュー。三人は夕飯を食べに行く為に、日が沈み出し紅く染った街を進み始めた。
「それよりリュー。その様子だと、貴女・・・妖力を使ったでしょ?」
「あれ、バレちゃってた・・・」
ミカの突然の問いかけに、驚いた表情を浮かべながら少しまいったように頭に手を置いた。
「本当に、貴女という人は・・・。自分の妖力の反動を忘れた訳でもあるまいに、なぜそうやってすぐに使うのかなぁ・・・」
「まぁまぁ、ミカさん。今回はリューをそう責めないでやって下さい。俺も、リューが力を使った事に気付いていながらそれを見逃したんですから。責めるなら、俺を責めて下さい」
「初めからそのつもりだよ、ギル君。だから君には、私からデコピン一発の刑だ。そしてリューには、私から反動の厄災を与えてあげるわ」
そう言ってギルの額に右手でデコピンをしたミカは、そのまま横に立っていたリューへと、何やらニヤけた顔でにじり寄って行く。そんなミカを見で嫌な予感がしたのか、怯えた顔で後ろへ少しずつ下がり始めた。
「・・・、ッ!!」
「あ、!!でも、逃がさないわよ。リュー」
「ひゃ・・・ッ!!」
突然逃げ出したのにも関わらず、ミカは易々と逃げたリューを捕まえると、リューの右手で豊満な胸を鷲掴みして揉みしだき、股下に左手をするりと忍ばせては少しばかり嬉々として弄び始めた。
「やめ・・・ッ、いや・・・ぁ・・・んっ!?ちょっと・・・、どこ・・・さわって!!」
「まったく、この欲張りボディを私に触らせる為にようりよを使ってたりしないわよねぇ?」
「そんなわけ・・・ッ、ないでしょ!!!!」
なんとかミカの魔の絡め手から抜け出したリューは、息を切らし顔を少し赤らめた状態で少しだけ距離をとり、ミカを睨みつけていた。反対にミカは、残念そうで少しだけ悔しいという表情をしていた。
「あら、もう終わりかぁ・・・。あと少しで、最後までいけたのになぁ・・・」
「さ、最後まで・・・ッ!?」
反射的に本能が危機を察知したのか、リューはギルの背後へ跳び隠れる。とても怯えた顔で・・・。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない。冗談よ、リュー」
「だってさ、リュー。だから、そろそろ離してくれないかな?歩き難くてしょうがないよ」
「はぁ、もう・・・。まぁ、これが今回の災難だと思えたから良しとする・・・」
着崩れた服を直しつつリューはギルの身体から離れて、再び隣を歩き出した。
「それで、何を食べに行くのよ?」
「う〜ん・・・。そういえば、今日はオオサカの出店祭りやってるらしいわよ。ここに来る途中、その準備をしているのを見たから・・・、今頃始まっているんじゃないかしら?」
「出店か。俺は良いと思うけど、リューは何か他に希望はある?」
「いや無いよ。私も、その出店祭りってやつが気になるわ。早く行きましょう!!」
そう言ってリューはギルの手を掴み走り出した。そんな二人をミカは、微笑ましく眺めながら追いかける。
「ちなみにリュー。今回は、どこまで視たの?」
「ん〜?さぁ、どこまでだろうねぇ〜・・・」
「その反応は、まだ先があるって事か・・・?」
ギルの問いかけにも、なんだかはっきりとしない返しをするリューの様子にギルは首を傾げていた。
「あ、ここかな・・・?えっと・・・、ギル。その場で右手を開いて、横に向かってそのままあげてみて?」
「え、横に?何が・・・、────ッ!?」
言われるがままに、右手を開いて横にあげるギル。すると、ギルの右手は反射的に、何かを掴んだ。それは、黒いローブてその身を包んだ男の腕だった。同時に、その後ろから女の人の叫び声も聴こえてきたので、ギルは男の腕を掴む手にさらに力を込める。
「な、なんだお前!!」
「その人ひったくりです!!誰か捕まえ・・・え?」
「お前、ひったくりなのか?」
「うるせぇ!!早く離せよ、オラァ!!!!」
ギルに腕を捕まえられた男は、ギルに向かって拳を向けて襲いかかってきたが、ギルは易々とその拳を避け、見事な背負い投げで男を地面に叩きつけ昏倒させた。
「わぁ〜、さすがギルだねぇ。まさか、背負い投げまでしちゃうなんて・・・」
「本当に、容赦無いねぇ。ギル君は・・・」
ギルに向けてパチパチと軽く拍手をしながら、リューは背負い投げされた男の元へと近付いて行く。
「これで終わりか?リュー」
「うん。私の妖力で見た未来は、ここまでだよっと・・・」
この世界の人達には、妖力という異能の力を生まれつき持っている。
ちなみにリュウの妖力は、《未来視の瞳》という”未来”を視る妖力だ。しかし、未来を視るには色々な制約があるらしい。制約を乗り越えて未来を視る事が出来たとしても、その未来を視た反動でさっきの様に自身に厄災が降りかかってしまう。
「はい、これ。あなたので間違いないよね?」
昏倒し倒れる男の傍らに転がる布袋を、リューは拾い上げるとミカが連れて来た、布袋の持ち主であろう女の人にそれを渡した。
「ありがとうございます!あの、何かお礼を・・・」
「ああ、いや。お礼は大丈夫。私達が好きでやった事だから。その男が勝手に転んだとでも考えて。それじゃあね〜」
女の人にそう言い残し、リュー達はこの場から去ろうとする。
「だったらせめて、名前だけでも教えて下さい!!」
「・・・、?そうね、それなら」
女の人の叫びに、リューは足を止めて後ろへ振り返ると、笑顔で高らかに名乗りを上げた。
「私達は・・・、「人助け屋」!!依頼されれば、どんな人だって私達は絶対に見捨てず救ってみせる。お礼なら、今度は依頼してくれると助かるかな。じゃあね!!」
そう言い終えたリューは再び歩き出し、先をゆっくりと歩いていた二人を追いかけこの場から去って行った。
「「人助け屋」・・・さん。きっといつか・・・、またどこかで・・・」
去りゆくリュー達の背中を遠く眺めながら、女の人はそう呟いた。
「頼むからリュー、あまりその力を安易に使わないでくれ。また君に何かあったら、俺は・・・」
リューの隣を歩くギルは少し不安気な顔でリューに向かってそう言ったが、リューは逆に笑顔で言葉を返した。
「大丈夫だよ、ギル。私はもう、君の傍を離れるつもりはないよ。それに、私は簡単に死ぬような妖怪じゃないしね!!」
そう言って笑ったリューの笑顔は、ギルが初めて彼女と出会った時に見た笑顔と全く同じものだった。
あの時、記憶を失い訳も分からずこの世界を彷徨っていたギルを助けてくれた、恩人の笑顔だった。
第1話ー人助け、災難だらけー 終