タマ②
指示所を見てみましょうか、と言い、木部さんは紙を取り出す。さらに説明を続ける。
「ここに番号が書かれているでしょう。これがタマ番号です。タマのおでこにタマ番号が書かれているので、指示書に指定された番号のタマを探します。結束バンドは倉庫から出すとき落ちないようにです。タマは膝を曲げて立つように加工してあるので、ここまで取り出せば、バンドを外しても落ちることはありません」
そこまで言うと、木部さんはバンドを緩め、端の男を、もとい端のタマを持ち上げ、手前に敷いてある黒いマットに下ろす。割と乱暴で、男の、タマの顔が少し歪む。
男のおでこには、12y5m077と黒色の何かで書かれていた。
「これがタマ番号です。yはyear、mはmonthです。2012年5月に登録されたタマ、という意味です」
さて、とひと呼吸置き、木部さんは再び指示書を取り出した。
「指示書のタマ番号と見比べます。同じなので、これですね。指示書にはほかに、出荷日、出荷先が書かれています」
木部さんは、再び男性を持ち上げると、台車にのせた。
「番号は何度も確認してください。間違うと、かなり怒られます。確認後、指示書に、自分の名前と、倉庫から出した日付、そして、タマ番号があっているかのチェック項目に、○を打ちます。これで一つ目が完了です。指示書を見てください。他にあと1つタマが必要です。2つのタマを使って印刷するんですね。ちなみに、一つの台車にタマは7つしか載せられません」
と木部さんは、バンドを締め、パレット上の人たちを固定すると、操作盤に向かう。印刷っていうのは、そうか、2つのタマを使って、新しいタマを作るんだな。
「このボタンを押すと、パレットは元の棚に戻っていきます。さて、指示書にある二つ目のタマを取り出しましょう」
鉄の擦れ合う鈍い音とともに、パレットが暗闇に消えていく。
次のパレットが出てくるまで、僕はさっき取り出した、台車に横たわる男性を、つまちタマをしげしげと見ていた。短髪で、鼻の筋の通った、爽やかな顔立ちをしているように見える。死んでなおこの爽やかさは、生前、かなりのイケメンだったのろう。半透明のプラスティックカバーが、足下から首元までを覆っており、うっすらと肌の色が透けて見えた。
「このカバーは、、、」
僕は、木部さんの答えを促した。
「カバーは傷よけですね。倉庫から取り出したタマは、印刷の前に洗浄します。そのときに大きな傷があると、僕らのせいになるのでなるだけ丁寧に扱ってください。まあ、少々なら構いません」
なるほど、と頷き、とうとう肝心の質問をぶつける。
「あの、そもそも、タマってなんですか?」
「ええっと、なんていうんですかね。僕も曖昧なんですが、生き物に宿るもの?まあなんていうか。なんていうんですかね。こちらで生活している方々からすると、地上の生き物に宿り、当然あるもの、っていう感覚です」
はあ、と曖昧に返事をする。
生き物に宿るもの。未だもやもやとしているが。当然あるもの。地球は当然のように存在し、陸や海は当然のように広がる。身近にありすぎて、疑問を持たずに生きていたが、それと同じように、タマも、この世界では当然のものなのかもしれない。
まあでも、人の、いわゆる魂のようなものだろう。それを人が死んだと同時に掬い、ここで洗浄したり、新しいのを作ったりしてまた地球に戻したり、もしくは他の工場に送る。
なんて考えていると、金属の擦れ合う音とともに、次のパレットが現れた。
木部さんは、指示書を僕に渡した。
「タマ番号の隣に、性別、年齢、身長が記載されています。パレットにはだいたい二十ほどのタマがのっているので、探すときに参考にしてください」
15y7m034 女 18歳 164cm と指示書に記載されていた。
若くしてなくなったのだなあ。と感情なく思った。
「バンド、外し方を見ておいてください」
木部さんは、パレットの端に足場を作り、バンドに手を伸ばす。
「バックルを開いて、中の金具を押しながら、片方のバンドをぐっと引っ張ります」
バンドは、だらしなく緩んだ。
「では、指示書のタマを探しましょう」
と木部さんが、パレット一杯にあるタマのおでこを確認していく。僕も、倣ってする。
タマは、目を瞑り、ただ眠っているように見える。けれども、みんな死んでしまっているのだ。思ったよりも、感情が沸いてこない。人、というより、すでに、タマ、として見ているのか。
「あ、そこにありますね」
木部さんは、外側にあるタマをマットに下ろすと、その内側にあるタマを持ち上げた。
「これですね。一回持ってみますか」
僕は一度頷き、木部さんの向かいに立った。
タマをくるむ透明なカバーには、輪っかが二つあった。
「この輪を同時に引っ張ってください。あ、大丈夫です。中で紐付けしてあって、すぽんとカバーだけが取れることはありません。」
木部さんの指示通りに、二つの輪を同士に引っぱると、ずしりと、重さが両腕にかかる。ちょっと重い鞄ぐらい。とにかく、見た目よりは全然重くない。
マットに下ろす。女性の頭と足が、少しひしゃげていた。透明なカバーは、側面だけを覆っており、足と、頭のおでこ部分から上は覆われていない。煤がその部分についたりしている。罪悪感が沸いたのは、やはりまだまだ、タマ、というよりは、人として彼女のことを見ているからだろうか。そのうち慣れる光景だ、と言い聞かせ、慎重にパレットからおりると、そのまま彼女を台車に乗せた。
「一応、前に載せたタマと向きをそろえてください」
女性を先に載せた男性と上下逆さに載せてしまった。もう少しずらせばエロい感じになるぞ、と心のなかでにやつきながらも、向きをそろえた。
指示書に書かれた番号と女性のおでこに書かれた番号が同じであるかを確認する。
「あっていたら、指示書にチェックを入れてください。それでですね、さきほどは書き忘れていたのですが、日報も書かなくてはいけません」
木部さんは、デスクにのっていたバインダーを取り出した。
「これが日報です。棚からタマを出した場合、出と書いてもらって、出したタマ番号を書きます。そして、タマののっていた棚番号を隣に書きます。今だしたのは、、」
木部さんは、ボールペンを滑らせる。
こうですね、と言い、バインダーを僕に渡した。
最後の行に 出 15y5m034 4−5-8-9 と書かれていた。
バンドの締め方を木部さんから教えてもらい、バンドを締める。
パレットが暗闇に戻っていくと、木部さんは、言う。
「さて、今回の指示書によると、必要なタマはこの二つだけです。今日はめちゃくちゃ楽ですね。普通は4つ以上のタマを使って印刷するんですが。では、タマを載せた台車を指定の位置に持っていきましょう」
台車を押す木部さんに金魚のふんのように付いていく。
「そこのひもを引っ張ってください」
天井から垂れ下がった紐を引っ張ると、シャッターが開いた。
柔らかい光が差し込む。
外では、二台のリフトが忙しく動き回っている。一台のトラックが止まっていた。トラックの荷台側面が、ゆっくりと、翼を広げるように開き始めた。
「こっちです」
リフトの動きに気をつけながらトラックの横を抜けると、四角い建物があった。屋上には銀のパイプが入り組んでおり、先からは凄まじい勢いでガスが排出されている。
「あれが、第二洗浄場です」
第二洗浄場の左に、道路を挟んで、白いテントが張ってあった。テントの下には、人の横たわった、つまりタマが乗せられた、数台の台車が止まっている。今持ってきた台車を端に止める。
「このテントの下に、さっきタマを乗せた台車を置いておきます。あとは第二洗浄の方が持っていってくれ
ます。洗浄を終えたタマは印刷工程に行きます。印刷を終えるとまたタマが戻ってきます。それでですね」
木部さんは、並んでいる台車の一つを指差した。
「この台車に入っている指示書を見てください。指示書が黄色いですね」
台車のてすりに付けられた袋のなかに、指示書が折り曲げられてあった。マーカーで黄色く車線が引いてある。
「さっきの、白い紙でプリントされたのは出庫依頼の指示書。自動倉庫から指示書にあるタマをもってきてくださいね、という意味です。黄色い紙は、入庫依頼の指示書です。黄色い指示書の入った台車は、印刷を終えて戻ってきたタマが乗った台車なんです。なので、黄色い紙の付いた台車のタマは、さっきの自動倉庫に直す必要があります」
木部さんは、黄色い指示書の入った台車を押して再び自動倉庫の方へ向かう。移動しながらも、説明を続ける。
「テントには台車が並んでいますが、決して白い紙の付いた台車は倉庫に直さないでください。今から印刷に使用するタマなので」
倉庫に戻ってくると、チャイムが鳴った。
というか、今何時だ。
「あ、このチャイムは四時のチャイムです。あと一時間で終業です。ここは八時五時が定時で、休憩は昼一時間と、午後が三時から十分間あります。さて、入庫なんですが」
黄色い紙を広げながら、木部さんは続ける。
「指示書に、それぞれのタマを直す棚がすでに指定されています。川本さんが書いてくれてるんですね。その棚を自動倉庫から出してきて、タマを入れるだけです。さて、棚、開けてみますか?」
僕は、はい、と頷くと、木部さんと並んで操作盤の前に立った。
えっとたしか、ゲート5なので、まずは5を打って、次に指示書の通り、列と連と段の番号を打つと。
覚えていた。
ふう、と一安心しながら、パレットを待った。
しかし、なかなか鉄の擦れ合う音がしない。
「ええっと、えっと」
やばいやばい。どうすればいいんだ。
ゆっくりでいいですよ。と木部さんは、優しく微笑んでいた。ああ、なんていい人なんだ。
落ち着いて、見直す。ゲートも、列も、連も、段も合っている。アラームも鳴っていない。のに、動かない。
なぜだ。なぜなんだ。
「よおく、他のボタンを見てみましょうか」
パニクる僕に、木部さんが助け舟を出してくれた。
他のボタン。アラーム停止ボタン、パレットを戻すボタン、そして、右下にあったのは、スタートボタン!
「あ、これですね!」
急いでスタートボタンを押すと、ようやく、自動倉庫が動き始めた。鉄の擦れる音。いやあ、いい音ですなあ。タマの乗ったパレットが出てくる。バックルを外し、タマを囲っていた紐を緩める。台車に乗ったタマをパレットに立てるように乗せ、再びバックルを締める。バインダーに挟んだ日報に、入庫、タマ番号、棚番号を記録する。
「堂本君、もう完璧っすね。入庫と出庫の繰り返しなので、この作業を繰り返すだけっす。もう大丈夫っすね。この入庫のときにタマを入れる棚を間違うと、次にそのタマを出庫するときに見つからなくなって大変なことになるので、入庫のときは特に気をつけてください」
「はい!」
と返事良く、他のタマの入庫にかかる。