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21号機品  作者: joblessman
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N県工場生産管理部門タマ管理室

 うっすらとした光を目に感じると同時に、微かに声が聞こえた。よくは聞き取れなかったが、男であることはわかった。僕は、目を覚ますと、その声の方を見た。

 青い作業着を着た男が少し離れた場所に立っていた。七福神のような、三日月を反対にしたような目の男。電話しているが、かなり怒った口調で話している。目は笑っているような形をしているが、怒っていることは確かである。逆に怖いなと。


「あ、起きた」


 携帯電話を耳に当てながら、七福神のような目の男は言った。

 青い帽子に青い作業着。中年ぐらいに見える。男の前には事務用デスクがぽつんとあり、ノートパソコンが開かれた状態で置かれていた。

 周囲を見渡す。

 もやもやと白い煙のようなものが四方を張っており、六畳一間ほどの一室を形成している。床も同じく、ふわふわと、まるで雲の上に立っているようだ。

 僕は、男の言葉を待った。


「はいはい。お前のせいだぞ、早く来いよ、じゃあな」


 と男は、携帯電話を切ると、僕の方を見て言う。


「えーっとね、まあよくわかってないと思うんだけど、なにから話せばいいんだ。とにかく、お前は、死んだ」


 男の言葉は、ぼんやりとしか聞こえなかった。僕は、この状況を自分で解釈しようと、脳を働かせていた。

 このもくもくとした四方。現実世界ではあり得ない。可能性として一番あり得るのは、夢。

 一年も前のことだったか、平日の昼間からネットサーフィンにいそしんでいた僕は、明晰夢を見るための音、というものを見つけた。その音を聞きながら眠れば、夢の中で自由に意思を持って動ける、というのである。一週間ほど試してみたが、結局明晰夢を見ることはできなかった。

 しかし、とうとうであった。なにがどう作用したのかはわからないが、一年越しに、明晰夢を見ることに成功したのである。

 これは、明晰夢の中に違いない。


「おい、大丈夫か?」


 男の声が、はっきりと聞こえる。男の姿が、はっきりと見える。こんなにも現実と変わらない視覚、聴覚の夢がいままであっただろうか、いや、ない。

 このもくもくとした空間は、よくわからないが、目の前に男がいることは確かである。

 夢だろう。覚めてしまうかもしれないが、線引きをするために腕をつねることにしよう。

 どの程度の痛みまでなら、夢の中でいられるのか。どの程度の感覚を得られることができるのか。

 恐る恐る、左腕をつねる。

 感覚は、ある。

 じょじょに、強くつねっていく。


「痛い」


「いや、夢じゃないぞ」


 男は立ち上がり、すたすたと僕の目の前までやってきた。


「あ、あの、なにか」


 次の瞬間、ほほに強烈な痛みが走った。

 男が、僕のほほを思いっきりつねったのである。


「い、いたいです。痛い。それはさっき確かめました」


「夢じゃないぞ、わかったか?」


 僕は、こくりと頷いた。


「てなわけで、話を進めるか」


 男は僕のほほから手を離すと、席に戻った。


「お前、えっと、堂本くん。堂本くん、お前は死んだんだよ。いや、正確には、半分死んだ状態、ってことか」


「死んだ?」


「そう。社会的に、って意味じゃくて。ここは、死んだ後の世界。わかるか?」


 さっぱり。


「さっぱり」


「まあ、そりゃそうだな。わからなくて当然。とにかく」


 扉の開く音が、男の言葉を切った。

 後ろを振り向くと、白い壁の一部が開いており、作業着を着たメガネの男が立っていた。


「やっときたか、馬鹿。俺のせいじゃないからな、お前のせいだぞ森田。ちゃんと説明しろ」


 と七福神のような目の男は悪態をついた。

 メガネのをかけた、森田、と呼ばれた男は、「すみません、川本さん。今から説明しますんで」とぺこぺこと謝りながら、扉を閉めた。

 この七福神のような目の偉そうな男の名前は、川本、というらしい。


「えっと、生産管理の森田です。堂本君、ですね」


「あ、はい」


「えっとね、川本さんから多少は聞いていると思うんですけど、君は、とりあえずは死んだ状態なんですね」


 僕は、はあ、と曖昧な相づちを打った。


「それでですね、私がこの地域、君が住んでいるN県ですね。この地域の死んだ方のタマを管理しているんですが、えっとですね、なんというか、間違いが起こってですね」


「ぼかすなよ、馬鹿」


 川本さんが、森田をにらんだ。


「堂本君のタマをですね、死んでないのに、すくってきちゃったんですね」


「僕は死んだ?っていうかタマってなんです?ここはどこですか?あなたたちはだれですか?」


 漏れる言葉を制御できないが、わからないことが多すぎるので、しょうがない。だだ漏れにしてしまおう。


「いや、そうですよね。そうなんですよ。一つづついきましょう。まず、地上での、君の最後の映像を思い出してください」


 僕は、虚空を見ながら、言う。


「トイレです」


「そうです。その、トイレの個室に入る際に、扉についているフックに重い荷物をかけましたよね?」


「はい」


「それでですね、トイレで気張ってらっしゃった際にですね、堂本くん、下を向いて、うずくまるような態勢だったんですね。よっぽど大きなものを催していらっしゃったのかな。そのときにですね、不幸にもフックが壊れまして。荷物が堂本さんの頭上に落ちてきたんです。いや、まさか、ね。はっはっは、そんなことって」


 川本さんが、再び森田をにらんだ。

 森田は、「失礼」と言って、真顔を繕った。

 僕は、自分の間抜けな死に方に開いた口がしまらなかった。あの日、トイレのなかで死に、ここに送られた。急に恥ずかしくなってきた。第一発見者は、僕の姿を見てどう思っただろうか。父や母は、僕の死因を聞いてどう思っただろうか。そして、後悔が押し寄せる。あのとき、別の個室に入っていれば。姿勢よくきばっていれば。読みもしない本を借りていなければ。

 後悔が過ぎると、切なさが押し寄せた。僕の人生とは何だったのだろうか。何も、何もしていない。ただ、両親に迷惑をかけただけ。なんの意味もない17年間だった。押し寄せた切なさは、僕の何かをくすぐった。急に、おかしくなってきた。生まれてこのかた何もせずに、最後はトイレで、落ちてきた自分の荷物が原因で死ぬなんて、僕は、なんて滑稽な人なんだろう。

 巡り巡って、ようやく冷静になった。

 ここはどこだ。


「ここってどこですか?」


 僕の質問を待っていましたと言わんばかりに、森田は一度えへんと咳払いし、胸を張り、高らかに言う。

「ここはですね、株式会社タマトレード、N県工場の生産管理部門のタマ管理でして。N県からすくってきたタマをほかの工場に輸送したり、保管したり、またヒトに転生させたり」

 タマ?転生?冷静になったはずの脳が、再びパニックに陥る。

 頭を振る。そして暗示をかけるようにように繰り返す。

 ぼくはいたってれいせいだ。僕は至ってれいせいだ。墨吐いたって冷製だ。

 悩ましい。


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