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21号機品  作者: joblessman
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叔父さんの日記①

 日記 


 10月15日

 人生に意味はあるのでしょうか。どうせ、死んでしまうのです。千年後には、自分を覚えている人などいないでしょう。地球が亡くなっている可能性だってあります。生物学的には、子孫を残すことに意味はあるのでしょう。しかし、人、理性を持った、人、としての解釈における、生きる、意味はあるのでしょうか。つまり、例えばですが、Aさんはなんらかの理由があって、もう子孫を残せない、という状況にあることにしましょう。そのとき、Aさんという人生に、どういった意味があるのでしょうか。独りの人として、独りの一生を考えたとき。

 楽しいことがありますね。辛いこともありますね。なんらかの困難を乗り越え、精神的に成長したな、と思うこともあるでしょう。不動の地位や名誉を得ることだってあります。いっぱいお金が手に入るかもしれません。しかし、死んでしまえば、終わりです。死んでも、世界は、続きます。千年、万年、億年たって、地球が亡くなったとしても、宇宙はあり続けるでしょう。

 誰が死んでも、生きても、何をしようが、何の変化もありません。何の変化もなく、世界は、地球は、宇宙はあり続けるのです。人の世に常なるものはありませんが、その変化に、意味はありません。ただ、人が、私が、いるだけ、あるだけ。生きて、老いて、死ぬ。万物は、ただ存在し、朽ちる。何の意味もない。革命が起こっても、戦争が起こっても、災害が起こっても、何の意味もない。喜んでも、悲しんでも、何の意味もない。独りの人生の意味を考えたとき、なんの意味もないように思えるのです。

 つまりは、生物学的にヒトが生きることに意味はあったとしても、それ以外には、人生に、なにも意味はないのかな、と思うのです。ただ、在る。ただ、命が、在るだけなのではないかなと。そう考えると、人生に意味を見出だそうとするのは、欲が深いことなのかな、と思うのです。

 過去現在に至って、何億もの人々が、同じことを考えてきたことでしょう。しかし、まあ、そんな平々凡々な考えではありますが、とりあえず一人の人生で行き着けたことに、軟弱な土台のもとに導きだされた、人生に意味を見出そうとするのは欲が深いこと、という平々凡々な私の思考の限界を、とりあえず一旦は、とりあえずは、認めていただきたい。

 しかし、まあ、勝手に達観したような気持ちになっては見たものの、それでも暗闇は怖いのです。本能的なものなのかもしれませんが、とても怖い。そこに得体の知れない何かがあって、襲われるかもしれません。別に襲われたって、意味はないはずなのに。


 

 10月16日

「ええ、はい。まさか賞をいただけるとは思ってもいませんでした。ええ。内容としましては、若者の葛藤というか、戸惑いをテーマに書かせていただきました。僕は、大学卒業後、ニートだったり、バイトだったりと、とにかく定職につかずに、ふらふらとしていました。お金は、なにぶん実家暮らしだったもので、生きる分にはことたりました。両親には申し訳ない気持ちでいっぱいです。ニートだったときは、漫画や小説、映画を読んだり見たりしていました。どれもとても面白くて、自信というか、プライドのようなものが、跡形もなく消えたのを覚えています。自分に、こんな面白い話が描けるのか、描けるはずがない、と。絶望でしたね。たいした人生経験もなく、困難を避けて生きてきましたから。そんな僕に、今ある、今読んだ、見た、物語よりも面白いものを描けるはずがあるだろうか、と。恋愛ものははなから無理ですね。童貞ですし。歴史小説は、難しいかな、と。昔いくつか読んだのですが、すごい調査力ですよね。想像力も。そんなこと言えば、どのジャンルもそうなのでしょうが。とにかく、勉強嫌いで興味を持つことに億劫さを感じてしまう僕には無理なのかなと。SFも無理ですね。相対性理論すらチンプンカンプンです。ファンタジーは、と考えたことがあります。しかし、考えても考えても、パクリ、になってしまうのですね。どっかで見た設定だったり、同じような世界観だったり。ぼくのちんけな創造力では、既存のものの焼き直しがせいぜいで、まあ、実際はそれすらも無理でしょう。映画に、ヒューマンドラマ、というジャンルがあります。漢字で表すと、人情もの、とか、いや、直接人間物語、いったほうがわかりやすいですか。特に、人と人との関わりに焦点を当てたもの、というのが僕の勝手な解釈です。これも僕には無理ですね。ヒューマンドラマは、恋愛とは違う種類の、愛、がテーマになると思うのですね。ヒューマンドラマだけでなく、歴史小説でも、SFでも、ファンタジーでも、どのジャンルでも、愛、は大小ありますね。愛の種類は違えども、表現されていることが多いと思われます。でも、僕、愛、って表現できないんです。人とぶつかったことがない。なあなあで、避けてきました。事なかれ主義、というか。ちょっと曖昧ですね。具体的に言いたいのですが。いえ、別に両親からネグレクトを受けてきた、とか、友人が一人もいない、とか、恋に落ちたことがない、とか、そういうわけではないのです。家族仲は良好ですし、少ないながらに友人もいます。好きだった女の子もいます。しかし、なんというか、愛、について、考えたことが、ないんですよね。といか、考えたくもない。脳が、面倒くさがるのです。表面的な関係でしか人と付き合ってこなかった、と言われると、また違う気がするのです。もともと、愛、というのが、他の人、いや、他の人、というと、自分が特別になってしまったような気がして駄目ですね。他の、愛を表現する作家さんたちと比べると、愛への興味が薄いのですね。いえ、これも違いますね。愛への興味、と大きくくくってはいけなかったです。他者との関わりにおける「愛」の考察をしよう、という意欲が薄いのですね、僕には。考察をしよう、という行為に対して、すごく面倒だと感じてしまう。なにか、人とのかかわり合いのなかで、そういったものを考えてしまうと、その人との関わりが、打算的なものに変わってしまうような、そんな恐怖もあるのかもしれません。単純に、考えるのが面倒で、探究心がないだけかもしれません。愛だけでなく、なにについても言えることですが、興味を持つこと、には、才能か、もしくは、訓練が必要だと思います。そして、その興味を探求しよう、という意欲と、その探究心をなんらかの形にするための、集中力、行動力、継続力、これらもまた、才能か、もしくは訓練によって得られるものだと思います。僕はどれも持っていませんし、訓練する意欲も、集中力も、継続力も、いや、はなから、興味もありません。まあ、これでは無理でしょう。話が少し逸れました。とにかく、だいたいの物語に必要不可欠である、他者との関わりにおける「愛」について、僕は疎いのですね。これでは、何も描けません。

 一つ、嘘を言いました。僕は、愛を表現できない、と言ったのですが、しかし、ここまでで気づいていらっしゃるかもしれませんが、自己愛の固まりなのですね。自分に興味がある。だから、今回の賞をいただけたものが描けたのです。若者の葛藤、戸惑い、なんていうと少し格好良すぎるかもしれません。ただ、自分をかき連ねた。それが、現代の若者を反映していたのか、もしくは、運よくも、人の不変のものを掬いとれたのか。どちらにせよ、自分が至って普通のことを悩んでいたのだな、と思うと、嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちです」



 10月17日

 ただ、命は在るだけなのです。地元で、小金持の親の援助でも受けながら、派遣社員でもしてのんびり暮らせばいいのです。派遣の契約が切られたら?親が死んだら?僕も死ねばいいでしょう。だって、別に長く生きていても意味はないからです。生きることに意味はありません。同時に、死ぬことにも意味はありません。だらだら生きて、死ぬときがくれば死ねばいいのです。どっちでもいいのです。

 生きて、何かを成しても、地位やお金を得たとしても、意味はないのです。

 そう、何度も言い聞かせるのですが、でも、どうしても、出てきてしまいます。どろりとした欲求です。

 昼前に起きて、スマホを見ます。誰からも連絡はありません。パソコンを見ます。SNSを確認します。SNS世代ではありませんが、時折同級生たちの更新があります。同級生は、みんな、生きているようです。彼らの笑顔や近況報告を見ていると、なんだか、気持ちがどんよりとしてしまいます。僕の脳は、その気持ちを刺激に変えます。久しぶりのえさに、僕の脳は、喜んでいるようです。何もないよりは、よっぽど良いのですね。僕は苦しいのですけど。ちなみに、Facebookなどに、僕宛のメッセージといったたぐいは、何もありません。ふらりと、マンションのポストを確認します。毎日です。僕宛に封筒が着ていました。それは、年金に関するもののようです。僕は、けだるい気持ちになります。また、スマホを見ます。誰からも、連絡はありません。リビングで、テレビをつけます。十分ほどして、五月蝿いな、と思い、消します。そして、スマホを見ます。誰からも、連絡はありません。

 いつでも繋がることができるというのは、残酷だと思います。初めて携帯を買ってもらったのは、高校のときでした。それ以来、ずっと繋がっているのです。とろうと思えば、いつでも、誰かと連絡がとれるのです。だから、寂しいんです。

 ソファーに横になります。その気はなくても、気づけば脳が勝手に妄想しています。

 僕は、賞をとります。インタビューを受けます。偉そうに、どこかで聞いた話を、さも自分が考えたかのように話します。脳の思うがままに、妄想は続きます。刺激はどんどんと強くなっていきます。脳が喜んでいますね。ふと時計を見ると、一時を過ぎています。ようやく、虚構から抜け出します。

 人生なんて、意味はないんだ。そう、繰り返します。呪文のように、何度も、繰り返します。

 気づかぬうちに、また、虚構のなかにいます。虚構のなかでは、脳の思うがままです。抗うことができません。脳は、あらゆる感情を刺激に変えます。その感情が、強ければ強いほど、脳への刺激も強くなります。麻薬のようなものでしょうか。

 お腹がなると、虚構が終わりました。そして、人生なんて、意味がないんだ、と唱えます。一生懸命に生きている人を否定します。意味なんかないのに、と。お金や地位のあるひとを否定します。意味なんかないのに、と。

 そしてまた、妄想が始まります。そのなかでは、必死に否定したはずの地位や名誉を僕が得ています。みんなから、認められています。Facebookでメッセージがきます。スマホにも、メッセージがたくさんきます。ポストにも、ファンレターのようなものがきているようです。

 僕は悪くないのです。脳が悪いのです。


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