21号機品。
「あ、そうだ、堂本。明後日には工場長帰ってくるらしい。お前も地上へ戻れるぞ」
「まじっすか」
「おう、良かったな」
と川本さんはパソコンに向かう。
明後日には、工場長が帰ってきて、地上に戻る。
地上に!
ここでの生活が染み付いて忘れていた。
でも、なんだろうか、ふと寂しくなるというか、ぽっかりと穴があいたような気持ちになる。
空虚な気持ちで作業を進める。
指示書の通り、機械的にタマを自動倉庫から取り出し、台車に乗せる。
19y10m0010
透明なカバーのかけられた、タマ。中年のおじさんだった。ん?何か見覚えがある。
「お、叔父さん!」
叔父さんだ。叔父さん!
どこにもいないと思ってたら、タマになっていたのか。
叔父さんが、明日の印刷で使われる。
昼休憩になり、川本さんのもとへ向かう。
「あ、あの、タマって、どういう流れでタマになるんですか?保管してあるタマって」
「タマか?地上で掬いあげてきたタマのなかから、仕様書で使えそうなやつを選別して保管するんだよ」
「てことは、タマになっている人たちって、死んでいるってことですか」
「そうだな。お前は死んでないのに間違って掬い上げられたから、工場長が戻ってくるまでここで働くことになった」
ふと、掬い上げられたタマについて疑問がわく。
「ちなみに、地上で掬い上げてきたタマで、仕様書で使えなさそうなタマって、廃棄されるんですか?」
「完全廃棄はないな。タマによるが、そのまんま保管せずにまた送り出すのもあるし、別の工場に送る場合もある。かなり使い古したタマは、潰してリサイクルされて新しいタマの材料になる」
「はあ、なるほど。ありがとうございます」
とタマ管理室を出る。
さて、明後日、工場長が帰ってくる。
叔父さんは死んでいて、タマになっていた。
日常が途端に動き出し、焦る。焦っても何も起きないし、焦っても時間は止まらないし、焦っても予定表は毎日渡される。焦っても、朝は来る。焦っても、二日後は来る。
最後の日になった。しかし仕事はある。
台車を押していると、
「おーい、堂本お。このタマ倉庫から出して第一洗浄に持ってってくれい」
といつもの大声で山川さんに呼ばれる。
「了解っす」
とメモ書きを受け取る。
「今日までらしいな。お疲れさん」
不意に言われ、どきりとする。
「あ、ありがとうございました」
「おう、じゃ、タマ頼むぞ!」
と忙しそうに去っていく。
休憩時、藤本さんにもお別れをすます。
「まじっすか。はあ、仕方ないっすね、そういう事情じゃ」
と残念がっていた。ジュースを奢ってくれた。いい人だな、本当に。
最後の仕事を終え、予定表を川本さんのもとに持っていく。
「おうお疲れ、最後だな」
と川本さんが、いつもより優しい表情をしていた。
「木部が最後にラーメン食いいこうってさ。第一洗浄にいるから、声かけてやれ」
「はい、ありがとうございました!」
「おう、頑張れよ」
と川本さんは、再びパソコンの画面に向かう。
日常は常に回っている。
忙しさはそこにあり、そこに、みんな必死に生きている。
第一洗浄のそばにやってくると、ちょうど木部さんが出てきたところだった。
「堂本君、ラーメンおごるで!」
といつものにっこりと笑った木部さんがいた。
ずずずとラーメンをすする。
かなりこってり味だ。うまい。
「やめちゃうんやな。飲み会またつまんなくなるやん!」
と木部さんが笑った。
「木部さんいたら、どこでも楽しいでしょ」
と返した。
「まじ?はは、うれしいな」
と木部さんはラーメンをすする。
食べ終わり、奢ってもらう。
車内で他愛もない会話をする。
マンションにつく。
「短い間でしたけど、ありがとうございました」
「いいっていいって。なんもしてないし俺。俺も楽しかった。ありがとう」
「ラーメンうまかったっす」
「あのこってりは病み付きになるよ。食べたくなったらまあもどってきて。お疲れ〜」
「お疲れっす!」
木部さんの車が去っていく。
ラーメンとは違い、別れはあっさりしたものだったが、これはこれで良かったのかなと思う。
翌日の朝9時。工場の駐車場に、僕はいた。
生産管理の森田さんが立っていた。
「ごめんね、僕の手違いでこんなことになって。仕事も大変だったでしょ」
「いや、なんか、楽しかったです。色々勉強になったし、逆に良かったのかなって」
「そんなこと言ってもらえたら、嬉しいよ。じゃあ、助手席にのって」
と軽自動車に乗り込む。
9時か。朝礼も体操も終って、業務が始まっている時間。
みんな、仕事してるんだろうな。
森田さんが、エンジンをかける。
そのとき、
「堂本お!」
と川本さんの声が外から。
木部さんと川本さんが、走ってくる。
「堂本君、また会えたら!地上でも頑張って!」
と木部さんが、いつもの笑顔で言った。
「木部さん、まじっすか、ここまで来てくれて」
涙が、つーっと頬を伝う。
「ぷ、めっちゃ泣くやん、ははははは、やっぱ面白いわ、堂本君」
と木部さんがげらげら笑った。
「か、川本さんも、あ、ありがとう、ございます」
「堂本、お前今日の21号機品、タマ傷2個もあったぞ!」
「え、まじっすか。僕の出したやつ?」
「そうだよ、バカ!」
「あああああ、まじですみません。あとを濁して」
「さて、そろそろ行きましょうか」
と森田さんがエンジンをかける。
「頑張れよ、じゃあな、堂本」
「堂本君、じゃあ」
「はい、ありがとうございました!」
車が発進する。
いつまでも手を振る。
タマ傷二個か。最高のタイミングでやめたな、僕。
雲が薄くかかっている。
そこを突き抜ける。
ぐおんと、車が急降下する。
「堂本君、それでは!」
と森田さんが言うと、助手席が勝手に開く。
「ええええええ!?」
落ちる。
落ちるうううう。
はっと目が覚める。
頭が痛い。
トイレの個室だ。本が下に散らばっている。本を入れたかばんが落ちて、頭をぶつけて、そうだ、そしてよくわからない世界に行ったんだ。
はっと立ち上がる。本を拾い、外に出る。
夕日が落ちてきていた。
叔父さんは、タマになっていた。死んでいるということになる。いや、ただの僕の妄想か?あんな世界が本当に?
なにもかもわからない。
とりあえず、家に帰ろう。
「おかえり、遅かったわね」
といつもの母がそこにいた。キッチンで晩飯を作っている。
「兄さんはいた?」
叔父さんのことだ。タマになっていた、とはいえない。本当に死んだのかもわからないが、とにかく誤摩化そう。
「部屋にはいなかったけど」
「うーん、また放浪癖がでたのかしら」
と母は鍋に向かう。
母が、ふとそこにいるなと感じた。
つんと触ってみる。
「なによ、気持ち悪い」
「いや、ちゃんと生きてるんだなと思って」
「生きてるわよ。弁当箱だしなさい」
「あ、うん。いや、僕が洗うよ」
「へ?」
きょとんとする母。
とにかく、自分で洗おう。
夕食時に、父親が帰ってきた。
テーブルの席を見て、
「俊、そこでいいのか」
と父が訊ねた。
「うん」
と僕は答えた。
一番テレビの見やすい位置は、ずっと僕だった。さすがによくないと譲った。しかし気恥ずかしいので、飯を食いそうそうに皿を片付ける。流しまで皿を持っていく。
「どうしたの俊、何かあったの」
と母親が心配そうに訊ねた。
「いや、別に」
と二階に向かう。
「お疲れっす」
と何気なく言うと、父親が、きょとんとしながらも「おお、お疲れ」と答えた。
「あんた、本当に変よ。兄さんに似てきたのかしら」
扉を締め際、母のことばが耳に入った。
母の兄さん。もちろん叔父さんのことである。
叔父さんと僕のタマは、同じタマを使って印刷されたのかもしれない。
実際、その可能性があるんだな、とおかしくなった。
叔父さんの性格の一面を持つ人が、あちらこちらにまた現れるのだろう。
21号機で印刷された、21号機品として。