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21号機品  作者: joblessman
12/13

工場長が帰ってくる、とのこと。

「ま、まじっすか?」


 意地悪な表情で、木部さんが言う。


「まじ」


「はい」


 と俯き気味に答える。

 飲み会って、めんどくさいな。お酒そもそも飲めないし、木部さんと川本さんぐらいしかよく知らないし、そもそも川本さんとの会話も業務上だけだし。

 淡々と、しかし丁寧に業務を終える。

 へまして怒られて気まずい感じで飲み会に参加したくはない。

 台車を押していると


「おーい、堂本お」


 といつもの大きな声で山川さんに呼ばれる。


「はい、どうしましたか」


「この版、印刷部に持ってってくれ!」


 とメモ書きを渡される。


「至急頼む、仕様書のミスで別のタマが上がってたらしい。じゃあな、あと、飲み会、お前は金いらないからあ」


 と忙しそうに去っていった。金いらないのか。

 さて、メモに書かれたタマを取り出し、印刷部へ。第一洗浄、第二洗浄の向こう、タマ修理部の隣にある四角い建物が印刷部である。印刷部に入る時は、帽子の中についている白いネットで髪を覆わないといけない。髪の毛がインクに混じると大変なことになるらしい。シャッターを上げ、台車を押していく。透明なシートがカーテンのように何重にもなっている。ぶわりと強い風に吹き付けられる。人工的な風。ほこりとかを払うとか。念入りに、もう一つシャッターがあった。かなり徹底している。

 印刷部は実は初めてだった。既存の管理しているタマを取り出す。それを洗浄する。そして、その次の行程。その洗浄した、いくつものタマをあわせて新しいタマをつくる。ここの行程のことを印刷と呼んでいる。インクもこのとき使われるらしい。ちょっとわくわくしながら、最後のシャッターを上げる。

 インクの匂いがぶわりと鼻につく。第一洗浄は消毒液の匂いだったが、こんなところに毎日いたら寿命を縮める気がする。寿命とかそんな概念ないかここには。

 さて、例のごとく、タマ、もとい人が、横に倒され、ぐるんぐるんと焼き鳥のごとく回っている。タマにはインクがかけられており、色とりどりになっている。洗浄と違うのは、タマ単体で回っていないということ。上下にタマがそれぞれあり、タマとタマを擦り合わせるように回っている。紫色の女のタマが上で回っており、下には赤色の少年のタマが回っていた。おっぱいと少年の顔が薄く当たる。いや、よく見ると二つのタマの間に透明なシートが流れていた。ぐにゃぐにゃとタマの型と色がつけられ、巻き取られていく。印刷ってのは、そうか、確かに印刷っぽいっちゃぽい。


「ああ、ありがとう。助かるよ」


 と優しそうな中年のおじさんが、僕のもってきたタマを受けとった。老婆のタマであったが、早速棒にベルトで固定され、インクが流される。口元に青いインクが入っていく。見ていると少し気持ち悪いな、と印刷部を早々に後にした。

 チャイムがなる。一日の業務を終える。

 仕事帰りにみんなで飲み会にいくことに。繁忙期を終え、今日は残業なく終えたらしい。


「堂本君、俺の車で行こう」


 と木部さんの車に乗せてもらう。

 黒い車だった。車高が低かった。


「木部さんは飲まないんですか?」


「ああ、俺は運転手」


「ういーっす、お疲れ」


 と後部座席に川本さんが乗ってくる。


「あ、おつかれさまです。前に乗っちゃって」


 と謝ると、「いいのいいの、気にしないで」とにこにこで言った。


「田辺さん、やめたらしいっすね」


 と木部さんが運転しながら言った。


「ああ、まあ時間の問題だったろ」


 と川本さんが、窓を開けながら言った。

 田辺さんとは、インク管理していた小太りメガネのおじさんである。いつも山川さんとか、第一洗浄の人に怒られていた。やっぱりやめたのか。

 車を走らせること10数分、飲み屋さんについた。

 山川さんをはじめ、第一洗浄部のメンバーがいた。前に川本さんに怒られていた池田さんもいた。私服だとさらにかっこいい。川本さんとなにやら談笑している。なんだかほっとした。

 飲み会が始まった。木部さんが隣にいたので、そこまで居心地は悪くない。会話の内容と言えば、仕事、風俗、パチンコ、ゲーム。あんまり参加できるものはなかったのでちびちびとご飯を食べていたが、木部さんが気を使ってか、僕に尋ねる。


「堂本君って、彼女は?!」


 意地悪に笑っている。気を使ってというか、面白がってだなこれは。


「いませんけど」


「堂本お、今までいたことあんのか?」


 と酔っぱらった川本さんが聞いてくる。


「ないっす」


 としょんぼり答える。


「童貞か、おい、童貞か!?」


 なおも川本さんが聞いてくる。


「やめときって、かわもっちゃん、あはははは」


 と山川さんが親しげに川本さんに言った。

 やっぱりこの二人は仲がよく見える。関係性が気になる。


「二人は、同期とかそんなんですか?」


 と訊ねてみる。

 山川さんが口を開く。


「え、違うよ。なんだ、部署がずっと一緒」


「そうだな。部署がずっと一緒、がははははは」


 と川本さんが笑うと、山川さんも笑う。

 部署がずっと一緒。それだけみたいだが、


「仕事託せるのが他にいねえんだよ」


 と川本さんがお酒をぐびりと飲んだ。


「そうそう。大変なんだぜ、堂本。前のリーダーなんてほんとコネだけでなった人で、なんもしなかったんだから」


 と山川さんも飲んだ。

 ビジネスの、仕事の関係なんだな。友達っていうか、戦友的な。

 会話は再び風俗とパチンコの話に戻っていく。

 お開きとなり、それぞれが帰っていく。

 山川さんはお子さんが二人いるらしく、嬉しそうに子どもの写真を見せてくれたのが印象的だった。

 酔っぱらった川本さんを送り、木部さんと二人に。


「いやあ、めんどかったねえ」


 唐突な木部さんのことばに、ぶっと吹き出す。


「ひひひははははは」


「めっちゃ笑うやん!」


 と木部さんも笑い出す。


「いや、めんどかったって、そうなんですけど」


「俺飲めないじゃん、接待じゃんほぼ!」


「ほんと、そうっすね、確かに。でも、本音がですぎてて」


「堂本くんいたからいつもよりは楽しかったよ」


 と車が止まる。いつものマンションがそこにあった。


「じゃ、また明日〜」


「はい、ありがとうございました」


 と陽気な木部さんと別れる。

 木部さんはああ言っていたけど、なんやかんやちょっと楽しかったりした。木部さんもよく笑ってたし、本音ではそこそこ楽しかったんじゃないだろうか。

 さて、仕事は続く。飲み会なんて関係なしに、怒られる人はやっぱり怒られるし、川本さんも山川さんも、不機嫌なときは不機嫌である。一日一日を過ごしていく。ご飯は美味しい。午前の10分休憩であう藤本さんとも、少し打ち解けてきた。


「堂本君印刷部に来たらいいじゃん」


「印刷部何回か入ったけど、めっちゃ大変そうでした。匂いがすごいっすね」


「インクがね。でも第一洗浄よりは人穏やかだよ」


 やっぱり第一洗浄は人が荒いのか。ちょっと怖い人多いしな。

 チャイムがなり、プレハブをでる。

 喫煙プレハブから、山川さんや木部さん、川本さんが談笑しながら出てくる。

 タバコの匂いは臭いが、楽しそうだ。コミニケーションツールになってるんだな、多分。同じ間を共有するというか。

 あくる日の仕事。いつものように朝礼を終え、川本さんのデスクへ。

 予定表をもらい、仕事へ向かおうとすると


「あ、そうだ、堂本。明後日には工場長帰ってくるらしい。お前も地上へ戻れるぞ」


「まじっすか」


「おう、良かったな」


 と川本さんはパソコンに向かう。

 明後日には、工場長が帰ってきて、地上に戻る。

 地上に!


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