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21号機品  作者: joblessman
11/13

部署の飲み会に誘われる。

 翌朝。やはり鬱々と職場へ向かう。

 毎朝見るバス。やはり工場へと入っていき、眠そうな気怠そうな男たちがバスを降りてくる。年配のおじさん(おじいさん?)だけが、いつも明るく喋っている。

 着替えを終え、朝礼へ。いつもの、だるそうな川本さんと、にこにこと笑う木部さんがいた。第一洗浄の人たち、昨日怒られていた池田さんもいる。インク管理の小太りメガネのおじさんも、来ていた。あれだけ怒られても、また来なくちゃいけないんだ。

 ラジオ体操を終え、山川さんの朝礼と報告。何の気なしに聞いていると、


「21号機品、台帳3つ目17y5m044、タマ傷、修理出してます。印刷明日にずれて、繰り上がりで順番変更」


 どきりと、胸が高鳴る。悪い意味で。21号機品、台帳3つ目。昨日僕が出したタマだ。タマに傷が。いつぶつけたんだろう。わからない。別に誰も何も言わないが、働き始めて3日目、みんな僕が傷をつけたと持っているだろう。いつだ、ちょっと擦ったか。スピードを求めて適当にタマを扱ってしまっていたかもしれない。

 朝礼を終え、川本さんのデスクへ予定表をもらいにいく。


「おう、これな」


 と渡される。小さく会釈し、その場を去る。

 慎重に、ゆっくりと。

 テントの下の、昨日印刷に使用したタマの乗った台車を押し、自動倉庫へ。丁寧に指定のパレットに直していき、台車を空にする。今度は今日印刷する分の、予定表にあるタマを取り出す。焦ってはいけない。慎重に、慎重に。

 10時の10分休憩。自販機でジュースを買っていると


「おう堂本、順調か?!」


 と大きな声に、びくりと反応する。

 山川さんであった。機嫌は良さそうだ。


「は、はい、なんとか」


 にっこり笑って喫煙のプレハブへ入っていく。

 中には川本さんが先にいた。山川さんは、普段見せない笑顔で川本さんに話しかけにいく。

 仲いいな。いわゆる仕事のできる側の人たちなのだろう。顔がかっこいいとか、年齢が上とか、足が早いとか、学校の勉強ができるとか、そうじゃなくて、仕事ができるかどうか。実力社会なんだな、とつらつらと思いながら、禁煙のプレハブへ。豚鼻の藤本さんがいた。


「うっす、堂本くん。また同じジュースっすね」


 と明るくいった。


「はあ」


 と苦笑いで端の椅子に座る。


「どうっすか、慣れました?」


「まあ、なんとか」


 と再び苦笑いを浮かべ、ジュースを一口飲む。

 喫煙のプレハブは、なにやら賑わっている。窓が開いているので、煙が薄くこっちにも流れてくる。分けている意味がないような。対して禁煙プレハブは藤本さんと僕だけだった。いつもなら他に誰かいるんだけど。


「仕事、大変ですか?」


 とやや沈黙にたえかね、藤本さんに訊ねる。


「残業ばっかすね。そもそも目標印刷数が定時で終るように考えられてないっすからね。まあでも、荒いやつ多いけど、金になるんで、いいっすよ」


 とにこりと笑った。

 休憩を終え、二人でプレハブを出る。

 山川さんもちょうで出たところで


「藤本、18号機品の印刷回ってるか?」


「回ってますよ山川さん。ロールでかいんでちょい時間かかるっすけど」


「ならいいけどな、あれ狂うと今日大変だぞ。洗浄も人いねえし。お前戻ってこいよ」


「印刷もいないんっすよ。逆にほしいぐらいですわ」


「お前いたらもっと回るんだけどなあ」


 と山川さんと藤本さんが談笑しながら去っていく。

 藤本さんも、豚鼻だけど、できる側なんだ。

 たぶんだけど、僕は、できない側だな、となんだか不安になった。

 昼休憩を終え、午後の仕事になる。


 指定のタマをパレットから探し出し、台車へ。そのとき、台車の縁に、タマをがっとぶつけてしまった。

 どくんと鼓動が高鳴る。

 やばい。これは、だめだ。かすったとか、擦ったとか、そういうレベルではない。普通にぶつけた。失敗した。気がふと抜けていたのか。

 昨日の、川本さんや山川さんの怒った姿がありありと思い出される。

 でも、ダメだ。今回はさすがにだめだ。

 早くなる鼓動にどうすることもできず、もやもやとした気持ちのまま、台車にぶつけたタマを乗せ、川本さんのいるタマ管理へ持っていく。

 いつものように、パソコンと書類のにらめっこの川本さんがいた。そのそばには木部さんがおり、タマ管理室にある唯一の洗浄機械でタマを洗浄していた。木部さんが、にっこりと笑いかけてくれる。ちょっとほっとする。


「おう、堂本、どうした」


 と川本さんが顔を上げた。


「す、すみません、このタマぶつけてしまって」


 川本さんが、視線をタマに移す。


「木部、これ洗浄かけて傷確認してくれ」


 と木部さんに言う。


「了解っす」


 と木部さんがてきぱきと動き出す。

 洗浄機械の鉄の棒にはベルトがついており、タマをそのベルトに括り付ける。鉄の棒が自動で回ると、焼き鳥のようにゆっくりとタマが回っていく。第一洗浄にある洗浄機械は自動で消毒易だったり洗浄液が出てきてそれをタオルで拭き取るものであったが、タマ管理に唯一あるそれは、旧型のようで、手動で洗浄液をかけなければいけない。木部さんが、丹念にタオルで傷を確認する。


「ああ、ありますね」


 と少しトーンを落とし、言った。


「す、すみまんせん」


 川本さんが口を開く。


「明日の午前の印刷分か。今から修理だせば明日の午後には直るだろ。どこでぶつけた?」


「台車の縁に」


「まあ、丁寧にな。そのタマ修理部に持っていってくれ。ねずみみたいなおっさんがいるから、そいつに頼め」


「はい」


 と台車に再び乗せ、修理部へ。

 優しかった。良かった。でもこれ何度か続くとやばいよな。イエローカード一枚目的な。

 第一洗浄と第二洗浄の建物を通り過ぎ、修理部へ。

 タマが所狭しと並んでいる。全部修理を終えたものか。


「あの、これ、修理してほしくて」


 と忙しそうに動きまわっているねずみみたいなおじさんに声をかける。


「ああ、はいはい、川本から聞いてるよ」


 とねずみのおじさんは、タマを持ち上げ、運んでいく。

 修理部をあとにし、再び作業に戻る。

 初心を忘れず、というかまだまだ初心なんだから、慣れたと思わず、丁寧に。

 次の日も、その次の日も、また次の日も、またまた次の日も、同じような日々が続く。 

 初心を忘れずとは難しいもので、ときどき雑になってタマを擦ったりしたが、なんとなくわかってくるもので、これぐらいは大丈夫だな、と。それでも朝礼は毎回緊張した。21号機品に滞りはなかったか、タマに傷はなかったか。稀に傷があることもあるにはあった。その報告の度に鼓動が早くなり、初心に戻るという。仕事をして思う。ご飯がおいしい。休憩に飲むジュースが美味しい。こんなにも美味しいものなんだなと感動すらする。


「堂本君」 


 朝の更衣を終え、タマ管理に向かっていると、木部さんに声をかけられた。


「木部さん」


 と振り返る。

 木部さんが、ほかの職員と肩をぶつける。

 向こうが寝ぼけ眼でぶつかってきたような。

 向こうは謝ることなく、木部さんはすれ違いながら、めちゃくちゃその相手を睨んでいた。

 めちゃくちゃ目つきが鋭い。いつもニコニコと優しい木部さんだが、時々接してて思う。


「木部さんって、元ヤンですか?」


「え!?なんで!?」


 と木部さんが慌てる。


「いや、なんとなく」


「ははは、いやあ、まあそんなときもあったかななんて」


「かなり悪かったんですか?」


 木部さんに興味がわく。


「え?ああ、まあ。高校断られるぐらいには」 


 とにっこり笑った。

 いやいや、普通じゃない。ていうか、ぱっと見にはわからないもんだな。


「高校断られるって、どんなことを」


「なんか、隣の中学の番長みたいなんが来て、俺が相手することになって」


 番長?


「相手めっちゃでかくて、でも俺別に強いわけじゃないから、やっべえと思ってさ。自転車置き場がそばにあったんだけど、自転車ぶん投げて、その間にめちゃくちゃ殴ったの。それが問題になって」


「いや、めっちゃやばいっすね」


 と木部さんを見た。


「もうそんなことしないよ。中卒で建設系いって、おっさんたちに飲み会で酒瓶で殴られたりしてさ、俺もこんなんなったらやべえなって思って。今ではへこへこよほんと」


 と酒瓶で殴られるというやばいエピソードを加えながらなにやら弁解する。

 元ヤンと聞いても、不思議と怖い感じはしない。今までの優しい低姿勢な木部さんを見てるからだろうか。もちろん時折元ヤン感は現れるが、それでも木部さんは中学卒業後、色々と経験して変わったのだろう。


「そうだ、今日部署で飲み会があるんだって。堂本君もいこうよ」


「え」


 と嫌な表情が漏れてしまう。


「うわ、めっちゃ嫌そうじゃん!」


 と笑う木部さん。


「いや、そんなことないです、まじで」


「俺もいかなきゃなんないんだよ。堂本くんも参加で、山川さんに言っとくから!」


「ま、まじっすか?」


 意地悪な表情で、木部さんが言う。


「まじ」


「はい」


 と俯き気味に答える。

 飲み会って、めんどくさいな。お酒そもそも飲めないし、木部さんと川本さんぐらいしかよく知らないし、そもそも川本さんとの会話も業務上だけだし。


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