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21号機品  作者: joblessman
10/13

川本さん、怒る。

 さて、緊張の独り立ちである。

 指示書を見て、タッチパネルの操作盤を押し、自動倉庫からパレットを出す。

 人、つまり、タマが、パレットにギュウギュウに乗っている。必要なタマを台車に積み込み、運び出す。慣れてくるもので、パレットにギュウギュウに詰まれ、落ちないように紐で縛られた人を見ても、もはや人ではなくタマと認識するようになっていた。とにかく業務を間違えないように、そして、今日の分を終らせないと、という気持ちの方が強く、タマは最早タマなのである。 

 おでこのタマ番号を確認し、パレットから台車に下ろす。指示書を確認し、全て乗せ終えると、外のテントの下に台車を持っていく。テントの下には印刷を終えたタマの乗った台車が戻ってきているので、それを今度は自動倉庫に持っていく。そのタマを指定の棚番号のパレットにのせ、自動倉庫にしまっていく。

 何回かして、慣れてくる。こうすればもっと早いな。順番通りにしなくても、戻ってきたタマを直しながら、次の指示書のタマを出していけばいい。うまくやれば、就業時間より早く終れる。と、出して直してを繰り返していると、がっと、パレットの端にタマの下部分を擦った。カバーがしてあるからこれぐらいなら、タマ本体の傷にならないよな?木部さんもこれぐらいなら擦ってたはずだ。大丈夫だよな。タマ傷って、もっとがっとぶつけたときのはず。大丈夫だよな?大丈夫なのか?心拍音が早鳴る。どうしよう。そうか、カバーをとってみたらいい。

 タマを巻いているカバーを上に引き上げ、擦ったかもしれないタマの下部分を確認する。膝をついた男性、いや、タマなのだが、無表情でそこにいた。擦ったであろうふくらはぎ部分を見る。うん、奇麗だ。大丈夫だ。

 タマを台車に乗せ、次のパレットを出す。ふう、と息を吐く。だめだだめだ。最初から傷を作っては、信用されなくなる。ゆっくりでいい。丁寧に行こう。台車にタマを全て乗せ終え、テントの下に運ぶ。

 でも、大丈夫だよな?傷いってないよな?

 なんてもやもやしながら、終業時間を終えた。やっぱりあのタマを擦ったときに川本さんに報告すべきだったんだろうか。こんなにもやもやするなら、報告しておけばよかった。

 悶々と夜を過ごす。頭からこびりついて離れない。傷、いってるだろうか。

 鬱々とした朝が来た。つらつらと工場へと歩いていく。昨日と同じように、工場の玄関にバスが止まっている。気怠い表情で、男たちが下りてくる。

 着替えを済ませ、タマ管理の場所へ。「うーっす」と川本さんが眠そうに挨拶する。「、、はようございます」と返す。不安がずっとあった。大丈夫かな、とラジオ体操も気が気でない。

 山川さんが昨日と同じように報告をはじめる。相変わらず大きな目をぎょろぎょろしている。


「、、号機品、予定通り。21号機品」


 きた。大丈夫か。


「予定通り進んでます。明日の予定変更があるので、そちらのスケジュール回します、次、、、」


 よかった、傷はなかったんだ。

 朝礼を終え、川本さんに予定表をもらう。テントの下にある印刷済みのタマが乗った台車を押し、自動倉庫へ。昨日と同じ作業を繰り返す。昨日よりもペースがいい。


「おーい、堂本、このタマ至急だして第一洗浄に持っていってくれ」


 と川本さんが紙切れを持って現れた。


「わかりました」と受け取る。


 棚番号とタマ番号が書かれていた。台車を空け、自動倉庫から棚を引いてくる。書かれたタマ番号のタマを取り出し、台車に乗せて第一洗浄へ向かう。四角い大きな建物。シャッターの前に紐がぶら下がっており、それを引っ張るとシャッターが上がる。タマの乗った台車を押し、入っていく。シンナーだろうか。いや、消毒液のような。とにかくなにか薬のような匂いが充満している。第一洗浄の作業員は、みな一様にマスクをしていた。この匂いはなかなかに毒だな、と思った。さて、タマの洗浄が目の前で行われていた。タマ洗浄の風景は初めて見たのだが。タマ、もとい中年の腹のでたおっさんの裸体が、棒に巻き付けられ、ぐるぐると自動で回されている。焼き鳥みたいに。そこに液体がぺしゃりぺしゃりと何度も吹き付けられ、作業員が傷がないかの点検をしながら、タオルでその体を隅々まで丁寧に拭いている。台車に乗ったタマを見る。体はビニールのカバーで覆われているが、若い女であることはわかった。ちょっと洗浄しているところを見てみたい。が、仕事も残っているのでさっさと届けよう。


「タマ管理の方ですか、ああ、ありがとうございます。急に必要になっちゃって」


 と豚のように鼻の少し上がった若い男が近づいてきた。


「はい、これです」


 とタマを渡す。

 豚鼻の男は、いい笑顔をしていた。

 第一洗浄をあとにし、作業に戻る。

 チャイムが工場内に響いた。

 午前の10分休憩である。

 プレハブ小屋が二つあった。喫煙と禁煙。喫煙のほうは結構混んでいる。そのなかに、木部さんと川本さんがいた。併設されている自販機でジュースを買い、僕は禁煙のほうへ入っていく。


「ああ、さっきの。堂本さんっすよね」 


 と第一洗浄にいた豚鼻の若い男が話しかけてきた。


「堂本です」


 とぺこりと頭を下げる。


「藤本っす。よろしく」


 と藤本さんは頭を軽く下げた。いい笑顔で。

 後ろから、中年のおじさんが「うぃー、暑いねえ」と入ってきた。


「お疲れっすね」


 と藤本さんが、そのおじさんと談笑をはじめる。僕は、隅でちびちびとジュースを飲む。すごいな、と思った。藤本さんは、小太りで豚っぽくはあるが、若く見えたが、おじさんと堂々と会話する姿が、何かとっても大人な人に見えた。

 タバコ休憩が終ると、再び業務に戻る。

 タマを出して、直して。たんたんと8時間を終える。

 終了のチャイムが鳴る。川本さんのところへ日報を渡しにいく。


「どうなってんだよこれ。こんなんじゃ間に合わねえぞ、池田!」


 と川本さんの苛立った声が響いている。

 身長の高い、池田と呼ばれた若い男が手を前に組んで背中を丸め、


「すみません、はい」


 と謝った。


「チッ、山川には報告してあんのか?」


 川本さんの目は、いつものにこにこした形は変わらないが、それでも眉毛が吊り上がり、苛立っているのがわかった。怖い。


「いえ、まだです。今から」


 と若い男、池田が言うと、


「いいよ、こっちからかけとく。おら行け」


 と川本さんはポケットからピッチを取り出した。


「すみません、すみません」


 と背中を丸めて去っていく池田とすれ違う。

 結構かっこいい、ちょっとやんちゃそうな男であった。大変だな、働くって。

 川本さんが、ピッチで電話をかける。


「おう、山川?19号機の今日の4つめ、そうそれ、洗浄中にタマ落としたらしく、修理行きだ。予定ずれる。池田だよ池田。切れたらしょんぼりしてやがった。ったく」


 語気は強い。予定表を渡すタイミングを失いそわそわと立っていると、川本さんが僕に気づいた。川本さんは、手を伸ばした。僕は、その手に予定表を渡す。川本さんは、眉毛は未だに怒った形だが、お疲れ、っと口パクで言うと、再びピッチの先の山川さんと話し始めた。僕は会釈し、その場を去った。

 帰り途中、インク倉庫のそばに山川さんがいた。川本さんとの電話は終ったらしく、目が吊り上がって、なにやら捲し立てている。その相手は、メガネの小太りのおじさん。一昨日の朝礼でも怒られていた、インク管理をしている人だ。俯きながら、時折ぺこぺこと頭を下げている。山川さんのぎょろりとした目が、より一層見開いている。 

 怖い。

 とぼとぼと、避けるようにそこを去り、更衣室へ。

 運良くも、一人でする作業をすることになったが、しかし僕はやっていけるんだろうか。

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