退屈
さて、退屈な同級生、退屈な家族、退屈な町、退屈な毎日、と月並みなことばを並べてベッドの寝そべって何もしない、退屈な自分。毎日毎週毎月変わり映えがないのだから、周囲が退屈に変わるのは仕方がないことだ。
「早く起きなさい、俊」
階下より母親の声がした。
やってくる退屈な一日のスタートである。
つらつらと起き、食席に座る。
「おはよう」
と父親が覇気のなき表情でコーヒーを啜る。
僕は特に答えず、パンを頬張る。別においしくはない。腹を満たすだけ。
「さっさと食べなさい。遅刻するわよ」
母親はほぼ毎日同じセリフをはく。まるでロボットだな、と嫌気がさす。
「いってくる」
と父親の丸く小さい背中が玄関へ向かう。
何十年も、毎日朝早くに起きて仕事へ向かう。何が楽しいんだ。生きている意味があるのか。まるでロボットである。ロボット夫婦。
足取り重く、家を出る。
朝のだるい登校である。
ロボットのように同じ服を着て、毎朝同じ時間にロボットのように登校する生徒たち。
俺たちは格上だよ、と勝手に思い込んでいる野球部のハゲども。面白くもないのに声だけでかくてクラスの中心を気取るサッカー部のロンゲども。前髪を伸ばしてピンで留め、女子の目ばかりを気にしているバスケ部のチャラ男ども。ラノベとエロゲと深夜アニメの話を内輪で展開し、俺たちはひと味違うんだ、と内輪でだけ強気なおたくども。その他の、テンプレにもはまらないほど個性のない普通のやつら。
色がない。
気怠い。
退屈な、毎日。
今日が憂鬱で、明日が憂鬱で。
なんのために、生きているのだろう。
ーーーー
「俊、帰りに兄さんのとこによってちょうだい。なんか連絡が取れなくて」
母からの電話を受け、放課後、叔父さんのマンションへ。
平凡な周りのなかで、叔父さんは浮き上がって見えた。別にそれはいい意味ではない。自分は特別だと信じている、片田舎の中年のおっさん。それが叔父さんだった。叔父さんがなぜ平凡な周りから浮き上がって見えるかと言うと、40も半ばになっても、平凡な自分が認められずに未だに特別だと思っているからである。平凡だと認めて平凡に生きている人よりも、たちが悪い。子どもの頃は妙にその生き方に憧れたりもしたが、今となってはである。叔父さんは、生まれてからずっと実家に寄生していたらしいが、何を思い立ったか30のときに実家から少し離れたマンションに一人暮らしをはじめた。放浪癖はあるものの、ひと月ほどで必ず町に戻ってくる。漫画を描くと言っていたり、小説を書くと言っていたり、都会に出ると言っていたり、真面目に働いて真っ当に生きると言ってたり、しかしその全てが短く終った。ただ妙に人を引きつけるのか、母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、血のつながっていない父さんまでも、叔父さんのことを悪く言わない。周りが甘すぎるからああなったのだ。
古びたマンションがあった。その二階の角部屋が、叔父さんの部屋だった。
チャイムを鳴らす。
こんこんとノックする。
返事はない。いつもの放浪癖か、とドアノブをひねってみる。がちゃりと、ドアが開く。
狭い玄関に、かかとの踏まれたスニーカーが無造作にあった。
「叔父さん」
と声をかける。
返事はない。
狭いキッチン。洗い場に、水につけてあるどんぶりが一つ。リビングへの扉が開いており、その先の窓から光が射している。
「叔父さん、入るよ」
とリビングに入っていく。
テレビも、棚もない。開かれたスーツケースがあり、そこに雑にたたまれた衣類が重ねてある。部屋の中央に敷かれた布団は、駆け布団がはだけている。枕の向こうに、閉じたノートパソコンと、本が数冊積んである。その隣で、ノートが開いたままになっている。芯の出っぱなしのボールペンが、そばにころんとある。
窓が開けっ放しだった。
強い風が吹くと、ぱらぱらとそのノートがめくれる。
ふと気になり、手に取る。
叔父さんの字。日付。
日記だ。
書き始めは、半年前から。いや、ページ数が合わないな、と日付だけを確認していく。やっぱりだ。10日ほど書いて、一旦途切れている。叔父さんが半年も日記を書き続けられるわけがない。そして、日記が再開されたのが、この一週間だ。最期の日付が3日前になっている。
ノートの最初、半年前に書かれた10日分は、ごくごく普通の日記であった。何事も継続は力なりであるからして、手始めに日記を書き続けることにする、と書き始められた最初のページから、ほんの10日で一度やめてしまっているわけであるが。さて、日記の再開された一週間前のものを読む。この一週間に書かれたものは、半年前に書かれたものとはテイストが違う。日記、というより、思っていることをつらつら書いている。