9.同じ笑顔、偽りの想い(4)
カフェでの休憩を終えて、サチたちはまだ回っていなかったコーナーを見て回る。しかし昼を過ぎてさらに人が増えたようで、あまりじっくり見ることはできなかった。
「そろそろ行きましょうか。映画」
また空いているときに来よう。そう二人で話しながら出口へと向かう。出口のゲートを出ると土産物ショップに入った。どうやらショップを通って外へ出なければならないようだ。
「今から行くと上映時間には早いかもしれないけど」
「じゃあ、ちょっと見てもいい?」
サチは言いながら商品棚へ近づいた。
「お土産?」
瑞穂が首を傾げる。
「あ、柚原さんにですか?」
「ううん。そうじゃなくて」
サチは棚を眺めながら「瑞穂と初めて来た記念に、何か一緒に買いたいなと思って」と言う。しかし瑞穂からの反応はない。振り向くと、彼女は驚いたようにサチを見つめていた。サチは不安になりながら「えっと、嫌だった?」と聞く。
「あ、ううん。ちょっとびっくりして」
「あの、嫌だったら別にいいんだけど」
瑞穂は慌てた様子で首を大きく左右に振ると、サチに抱きつくようにして腕を組んできた。
「嬉しいです!」
心から嬉しそうに彼女は言った。さっきまでのどこか気を遣ったような笑顔ではない。サチは安堵しながら「よかった」と呟く。そして商品棚へ視線を向ける。
「どれにしよう」
「キーホルダーはありきたりかなぁ」
「ありきたりは嫌?」
「んー。それもいいですけど……」
瑞穂はそこで言葉を切ると店内をぐるりと見回し、そして「あ、あれは?」と出口近くのコーナーで視線を止めた。そこにはカプセルトイのガチャがあった。近くに行って中身を見ると、水族館にいる魚や動物などのキーホルダー。サチは思わず笑ってしまう。
「やっぱりキーホルダーだ」
「でも、これは中身選べないから運がモノを言いますね。お互いが出したキーホルダーを交換して持ちませんか?」
瑞穂はすでにやる気のようで財布を取り出している。サチは笑みを浮かべたまま「いいよ」と頷いた。
「じゃ、わたしから」
瑞穂はウキウキした様子で硬貨を入れ、ガチャを回す。黒いカプセルが出てきたが中身はまだわからない。
「はい、サチの番」
「よーし」
種類は二十五種類とかなり多い。中には海藻という微妙なものもあるが、それはそれで面白い気がする。
――でも、クラゲがいいな。瑞穂はクラゲが好きみたいだから。
そう思いながらサチは硬貨を入れてガチャを回した。そして黒いカプセルを手にして瑞穂と向き合う。
「同時に開けましょう」
「うん」
せーの、と声をかけて二人同時にカプセルを開ける。するとサチのカプセルの中にはクラゲが、瑞穂のカプセルの中にはイルカが入っていた。
「――ほんとにクラゲが出た」
サチは思わず呟く。瑞穂が不思議そうな表情を浮かべたので、サチは「クラゲが出たらいいなって思ってて」とカプセルからキーホルダーを取り出して瑞穂に手渡す。
「好きなんでしょ? クラゲ」
瑞穂は手渡されたクラゲのキーホルダーを見つめ、そして「はい」と柔らかく微笑んだ。
「わたしのは、イルカだったけど……」
なんとも微妙な表情で言いながら瑞穂はイルカのキーホルダーをサチに手渡す。
キョトンとした表情をした可愛らしいイルカのキーホルダー。それを見つめながらサチは「イルカ、好きだよ」と答えて瑞穂に視線を向けた。
どこか悲しそうな笑みを浮かべた彼女は。手にしたクラゲのキーホルダーを両手で包み込むと「大切にしますね」と静かに言った。
「一緒につけません?」
言いながらサチはイルカのキーホルダーを自分のバッグの持ち手部分につけた。それを見て、瑞穂も同じようにバッグにキーホルダーをつける。そして二人で顔を見合わせて笑い合う。
「行きましょうか。そろそろちょうどいい時間かも」
サチは言って瑞穂と手を繋いで水族館から外に出た。映画館に向かって他愛もない会話をしながら、たまに笑い合ったりしてのんびりと歩く。
肩にかけたバッグが揺れると、イルカのキーホルダーがジャンプするように視界に飛び込んでくる。そのたびに美桜の声が、そして表情が蘇る。美桜のあの苦しそうな笑顔が頭から離れない。
――良かったね、先生。
耳の奥で、美桜の声が聞こえる。
――さよなら、先生。
そう言われているような気がした。
映画を観て、モールを歩いてショッピングを楽しんで、疲れたらカフェで休憩をする。瑞穂はずっと笑顔で、楽しそうで。けれどきっと心の中ではずっとサチのことを気遣ってくれている。その気持ちが嬉しくて、申し訳なくて。サチもまた、ずっと笑顔で瑞穂と供に過ごした。
「あー、けっこう遊びましたね」
カフェを出て再びモールの中を歩きながら瑞穂が言った。彼女は軽く伸びをするように腕を後ろへと伸ばす。
「ほんとだね。このモール、ちゃんと歩いたの初めてかも」
「わたしも」
瑞穂は笑って「サチと一緒に来られて良かった」と呟くように言った。
「またいつでも来られるでしょ。一緒に」
自然とそう言ったサチに、瑞穂はちらりと視線を投げると「うん、そうだね」と静かに頷く。そして前方を見て「あ!」と声を上げた。視線の先には大型書店がある。
「サチ、本屋さん寄ってもいい?」
「うん、いいけど。何買うの? 漫画?」
しかし瑞穂は一瞬迷うように視線を泳がせてから八重歯を見せて「内緒」と笑った。
「なにそれ」
「いいから、サチはちょっとその辺で待ってて」
瑞穂はそう言うと、一人で本屋の中へ消えていった。
「えー、一緒に見るんじゃないんだ」
呟きながらサチは仕方なく雑誌の棚で立ち読みを始める。最近、本を買うこともなくなってしまった。最後に買ったのは授業で使えるかもと思った参考書だったか。そのとき、ふとあることを思い出した。
――サボテンの本。
美桜にもらったサボテン。育て方がわからないから本を買おうと思っていたことを思い出した。せっかくだから今買ってしまおうか。しかし、きっとサボテンにも種類があるだろう。育て方だって違うはず。あのサボテンは何という種類なのだろう。
美桜がサチに似ていると言った、あのサボテンは……。
サチは手にしていた雑誌を棚へ戻すとスマホを取り出す。そしてブラウザを開いたが、どう検索すればいいのかわからない。
――いっそ、聞けたらいいのに。
このくらいのメッセージなら送ってもいいのではないか。そう思ってしまう自分がいる。
美桜に聞きたい。
美桜の言葉に触れたい。
さっきみたいな、あんな悲しい言葉じゃない。淡々とした、けれど優しい言葉を。
それができないとわかっていながら指は自然と動き、美桜とのトークルームを開いていた。そして、スマホの画面を見つめたまま立ち尽くす。
「お待たせしました」
ふいに瑞穂の声が聞こえてサチは顔を上げ、振り返る。瑞穂は不思議そうに首を傾げて立っていた。
「どうかしました?」
「あ、ううん。もう買ったの?」
「うん。店員さんに聞いたらすぐに見つけてくれて」
瑞穂は本屋の袋を後ろ手に持っていた。大きさ的に大判サイズ。漫画などではなさそうだ。
「何買ったの? って、教えてくれないのか」
サチが言うと、瑞穂はいたずらっ子のような笑みを浮かべて「まだ内緒です」と答えた。そして時計に視線を向ける。
「もう夕飯の時間ですね。どうしましょう。お腹減ってます?」
「んー。じつはあんまり。休憩するたびにカフェでケーキとか食べちゃってたし」
「わたしも。これ以上食べると太るかも」
サチと瑞穂は同時に苦笑する。
「帰りましょうか」
「うん」
サチと瑞穂はどちらからともなく手を繋いで駐車場に向かう。屋外に出るとすっかり陽は落ち、夜空が広がっていた。しかし星は見えない。モールの光が明るいせいかと思ったが、どうやら曇っているようだ。
「明日は雨かなぁ」
「スマホの天気予報によると曇りらしいですけど」
瑞穂が片手でスマホを見ながら言う。
「曇り……。早く梅雨、明けてくれたらいいですね」
「梅雨が明けたら景色の良いところとかドライブに行きたいですね」
「ああ、いいですね。高原とか行きたい」
「うん。行きましょう、一緒に」
瑞穂がギュッと手を握る。サチは彼女を見て、そして微笑んだ。




