9.同じ笑顔、偽りの想い(3)
サチと瑞穂は無言で三奈と美桜を見つめる。そして三奈と美桜もまた、無言でサチたちのことを見つめていた。
「――高知さん、それに御影さんも。偶然ね」
互いに驚いた表情のまま立ち尽くしていたが、やがて瑞穂が、いつも学校で見せるような落ち着いた笑みを浮かべて言った。
「二人も遊びに来たんだ?」
瑞穂の問いに、三奈は「遊びにっていうか」とサチへ視線を向けてから美桜の腕に自分の腕を絡ませた。
「わたしたちはデートです」
「ちょっと、三奈」
美桜が腕を解こうとするが、三奈はグイッと美桜に身体を寄せて放そうとはしない。美桜は諦めたように息を吐くとチラリとサチを見て、そして気まずそうに足下に視線を落とした。
「いいじゃん、別に恥ずかしがらなくても。どうせ先生たちだって知ってるんだし」
しかし美桜は足下を見つめたまま何も言わない。三奈はそんな美桜の様子にはお構いなしに、楽しそうな笑顔で「それに」と続ける。
「先生たちもデートしてるわけだし」
「え、と。ううん、違うよ? わたしたちはただ遊びに来ただけで」
瑞穂は一瞬言葉に詰まりながらも笑みを崩すことなく言う。しかし三奈はニヤリと笑って「ウソだね。わたし見ちゃったもん」とサチへ視線を向けた。
「先生たち、さっき腕組んでたじゃん。こうやってさ」
三奈は美桜と自分の姿を見せつけるように、組んだ腕を前へと突き出した。美桜がハッとした表情で顔を上げる。
そのとき、目が合った。
久しぶりに見た美桜の目。しかし、それはサチが知っているあの柔らかくて温かな彼女の目ではない。悲しそうで苦しそうで、しかしその全てを我慢しているような目。
「先生たち、付き合ってるんでしょ?」
「いや、別にそういうわけじゃ――」
「隠さなくてもいいじゃん。そういう噂だってあったし。学校で泣いてる明宮先生を松池先生が抱きしめてたの見たって言ってる子もいたしさ」
「え……」
瑞穂は言葉を失う。
「――やめて」
サチは美桜を見つめながら小さな声で言った。言わずにはいられない。だって美桜が今にも泣き出しそうな顔をしているから。
しかし、周囲の音がうるさくて三奈にはその言葉は届かない。彼女はまるで挑発するかのような笑みを浮かべて話し続ける。
「二人ってお似合いだよ。同い年だし、昼休憩だって二人だけの世界って感じらしいじゃん。もう今更、誰も反対なんてしないでしょ。ね、美桜?」
美桜は唇を噛み、表情を歪めて顔を俯かせる。
「御影さ――」
サチは美桜の方に一歩足を踏み出す。しかしそれ以上、足は進まなかった。顔を上げた彼女が見せた表情に、動くことができなかった。
美桜は笑っていたのだ。
すべてを堪えて我慢して、耐えている。そんな表情で懸命に笑っていた。そして彼女は「うん」と頷く。
「よかったね、先生」
そう言って彼女は、三奈と組んだままの腕を引っ張るように動かした。
「行こう、三奈。イルカショー、もう始まってる」
「うそ、ほんとだ! 美桜が来たがってた一番の目的だったのに。あっちの方、まだちょっと空いてそうだから行ってみよ。じゃあね、先生たち。デート楽しんで」
三奈は上機嫌で片手を振ると美桜と並んで去って行った。
サチは遠くなっていく美桜の背中を見つめる。しかし、いつまで見つめていても、彼女が振り返ることはなかった。
しばらくその場に立ち尽くしていると「……サチ」と瑞穂が遠慮がちに手を握った。
「もう、帰る?」
気遣うような言葉。サチは力なく微笑んで首を横に振った。
「見ようよ、イルカショー。瑞穂、あんなに楽しみにしてたんだから。最初の方は見逃しちゃったけど」
すると瑞穂は、やはり遠慮がちに笑みを浮かべてサチの手を引っ張った。サチは客席に目を向ける。楽しそうな笑みを浮かべた観覧者たち。そのどこかにいるのだろう美桜の姿を見つけることは、もうできない。
軽快な音楽に合わせて上がる水しぶきの音。そして歓声。それらを聞きながら、サチは足下に視線を落として歩いた。優しく握られた瑞穂の手だけを頼りにして。
イルカショーが終わった後、サチと瑞穂は水族館内のカフェでドリンクを飲みながら座っていた。
「席、取れてよかったですね」
瑞穂が言う。彼女はカップの中にピカピカとカラフルに光るクラゲのライトが入ったドリンクを飲んでいた。
「ほんとに。タイミング良かったですね」
サチたちが軽食とドリンクを買った直後に席が空いたので、すかさず瑞穂が確保したのだ。サチはブラックコーヒーを飲みながら、七色に光り続けるクラゲのライトを見つめる。
「イルカショーも凄かったなぁ。あの前の方の席、頭から水かぶってましたね。あれも楽しそう。次来た時は、あの席に座りましょうよ」
「……うん。そうだね」
サチは頷く。正直、あまりイルカショーの内容は覚えていなかった。空いてる席を見つけて座り、ぼんやりしているうちに終わっていたのだ。
「サチ」
さっきまでとはトーンの違う瑞穂の声。サチはハッと彼女へ視線を向けた。彼女は労るような表情で「大丈夫?」と言った。サチは反射的に笑みを浮かべる。
「ごめん。ちょっと、ぼんやりしちゃってた」
瑞穂は心配そうにサチを見つめていたが、やがて「この後はどうしましょうか」といつも通りの口調で首を傾げた。
「昼食……は、これ買っちゃいましたもんね」
瑞穂は言ってドリンクと一緒に買ったホットドックに視線を落とす。サチは頷き「瑞穂はどこか行きたいところある?」と聞いた。彼女は少し考えてから「この隣のモールって、たしか映画館もありましたよね」と呟く。
「ちょうど観たい映画があって、アクションものなんですけど」
「うん。じゃあ、行こう」
サチが言うと、瑞穂は目を丸くして「いいんですか?」と言った。
「いいも何も、瑞穂が行きたいなら行こうよ。わたしも映画館って久々だし」
「でもアクションものですよ?」
「うん。大丈夫だよ?」
サチは首を傾げる。すると瑞穂は「意外」と呟いた。
「え?」
「いや、なんかサチはアクション映画には興味ないんだろうなと思ってて」
「なんで?」
「なんとなく」
サチは「そんなことないよ」と笑う。
「わたしは面白ければ何でも観るタイプ」
「じゃあ大丈夫。あの映画、絶対面白いから!」
「ふうん。それは楽しみ」
サチは言いながらホットドックを一口食べる。すると、瑞穂が真面目な表情でサチのことを見つめていることに気づいた。視線で問うと、彼女は「ううん。なんでもない……」と静かな笑みを浮かべてホットドックを食べ始めた。




