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6.雨、溢れた想い(4)

 その日の昼休憩。いつものように多目的教室へ向かおうとしたサチに養護教員の木坂が「先生、ちょっとよろしいですか」と話しかけてきた。彼女から声をかけられるなど珍しい。


「なんでしょう? あ、もしかして、うちのクラスの生徒に何か?」


 訊ねると彼女は「じつは」と困ったような笑みを浮かべた。


「御影さんが、体調不良で早退しました」


 それを聞いてサチは目を見開く。


「え、御影さんが?」

「はい。まあ、体調不良といっても、ちょっと微熱がある程度だったので大丈夫だと思いますが。早退すること、自分から先生に伝えなさいって言ったんですけど……」


 そのまま帰ってしまったのだろう。サチは木坂に礼を言って多目的教室へ向かった。


「あ、先生遅かったですね」


 サチの姿を見た瑞穂は笑みを浮かべてそう言ったが、すぐに「何かありました?」と心配そうな表情を浮かべた。


「ああ、いえ。御影さんが早退したらしくて」

「え、大丈夫ですか?」

「微熱があったらしいです」

「そうですか……。明日、どうかなぁ」


 瑞穂は呟くように言いながら机を寄せてくっつけると、弁当を開いた。サチも席に着いてパンの袋を開ける。


「もう柚原さんに連絡を?」


 聞くと瑞穂は頷いた。


「すぐに確認してみるって言ってくれたんですけど、それきり返信なくて」

「そうですか」


 サチは頷きながら美桜にメッセージを送る。


『早退したって聞きました。大丈夫?』


 送信。しかし、既読にはならない。


「怒ってるのかな……」


 思わず呟くと、瑞穂が「え、ケンカしたんですか?」と目を丸くした。サチは慌てて「いえいえ。別にそういうわけじゃないんですけど」と誤魔化す。


「それより早く食べちゃいましょう。松池先生、今日は午後イチから授業でしたよね」

「ああ、はい」


 不思議そうにしながら瑞穂は頷き、昼食を再開した。

 美桜から返信がないまま午後の時間は過ぎていき、帰りのホームルームまで終わってしまった。


「先生、さよなら」

「あ、はい。さよなら」


 帰って行く生徒に返事をして顔を上げると、教室の後ろの方に集まっている女子グループに目が留まる。三奈たちのグループだ。三奈はどこか不機嫌そうな顔で、怠そうにバッグに荷物を詰めていた。


「ねえ、なんで美桜帰っちゃったの。マジで体調不良? 朝元気だったのに」


 グループの一人が言う。三奈は「知らない」と短く答えた。


「てか最近さ、美桜ってなんかちょっと変じゃない?」

「あー、わかる。なんか最近よく笑うよね。機嫌が良いって言うか」

「そうそう。良いことあったのかな。ねえ、三奈。何か知ってる?」

「だから知らないって言ってるじゃん」


 突き放すように言う三奈の言葉にグループの女子たちは「もう、美桜がいないからって拗ねないでよ」と不満の声を上げた。


 ――高知さんたちも知らないのか。体調悪かったかどうか。


 サチは思いながら彼女たちから視線を逸らそうとした。そのとき、三奈と目が合ってしまった。慌ててそのまま視線を逸らす。

 また何か言われるだろうか。今、この場に美桜はいない。今度は自分の力でどうにかしなければ。そう思って身構えたサチだったが、三奈は「ほら、さっさと帰るよ」と教室を出て行った。

 一人ほうっと息を吐いて、サチは職員室へと戻った。


「明宮先生、返信ありました?」


 職員室に戻って自席に座ると、ちょうど給湯室から出てきた瑞穂が心配そうに言いながらコーヒーの入ったマグカップをサチの机の上に置いた。


「あ、ありがとうございます。返信は、ないですね……」


 サチは言いながらスマホを見つめる。メッセージの横には小さな既読の文字。けれど結局、仕事が終わっても返信はなかった。


 帰宅したサチは部屋へ戻る前にアパートの裏手に回ってみることにした。時刻は十九時過ぎ。いつもならナナキの散歩も食事も終わっている時間帯。それでも、もしかすると美桜がいるかもしれない。そう思ったのだが、やはりそこに彼女の姿はなかった。

 ナナキの小屋の上には濡れたナナキ用の合羽が置かれてある。どうやら散歩に行った後のようだった。食事も終えているのだろう。ナナキは満足そうな表情で目を閉じている。


「ナナキちゃん、御影さん元気だった?」


 小さな声で訊ねてみるが、ナナキが答えてくれるわけもない。サチはしばらくナナキを見つめてからスマホを取り出した。

 開いたトーク画面には、サチが送ったメッセージが虚しく表示されているだけである。もう一度メッセージを送ってみようか。考えたが、また無視されるかもしれないと思うと良い言葉が思いつかない。しばらく悩んでからサチはスタンプを一つ送信する、

 元気? という犬のキャラクターのスタンプ。するとすぐに既読がついた。しかし返信はない。


「……やっぱ怒ってるのかなぁ」


 それとも本当に返信ができないほどに体調が悪いのか。思っているとポンッとスタンプが送られてきた。

 元気! という、サチが送ったものと同じ犬のキャラクターのスタンプ。しかしそれだけだ。

 サチは美桜の部屋の窓へ視線を向けた。灯りはついている。部屋にはいるのだろう。しかし、こんな素っ気ない返信のあとで訪ねていく勇気は出ない。サチはため息を吐いてナナキへ視線を向けた。


「明日の朝は三人で散歩に行こうね」


 そうすれば自然に美桜に会えるから。


「……よし、早起きしよう」


 サチは頷くと、ナナキに「おやすみ」と言って部屋へ戻った。

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