3.友達、本当の彼女(2)
「先生、ランドリーの使い方わかる?」
敷き布団を車に積み込みながら美桜が言った。サチは酒臭い掛け布団をその上に置きながら「んー、たぶん」と答える。
「まあ、行ってみればわかると思うから大丈夫」
「そうですか?」
心配そうな美桜を見てサチは苦笑した。
「いくらわたしがポンコツでも、さすがにコインランドリーくらい大丈夫だって」
「ポンコツは認めたんですね。良いことです」
美桜の言葉にサチは苦笑してトランクを閉めた。
「じゃあ、行ってくるから」
「あ、先生」
運転席のドアを開けたとき、美桜が思い出したように言った。
「お昼ご飯、何食べたい?」
「え……?」
んー、と考えてから「なんでも」と答える。すると美桜はピッと人差し指をサチの顔に突きつけた。
「それ、主婦が一番嫌う言葉だからね」
「いやいや、御影さん主婦じゃないでしょ。それに、こんなに何度もごちそうになるのも悪いから、わたしの分はいいよ。適当に何か買って食べるから」
「えー」
なぜか不満そうに美桜は口を尖らせる。そのとき、敷地内に一台の軽ワゴンが入ってきた。
「あ、ガスの人来ちゃった」
「ほんとだ。じゃあ、御影さん。立ち会いの方、よろしくお願いします」
サチが頭を下げると美桜は笑って「はい」と頷いた。
「行ってらっしゃい。先生」
「行ってきます」
サチは答えて運転席に乗り込むとエンジンをかけた。
コインランドリーはホームセンターの駐車場の隅にある、明るくて綺麗な建物だった。どうやら使用できるのはホームセンターが営業している時間帯だけのようだ。布団を抱えて中に入ると、すでにいくつかの洗濯機が稼働していた。しかし、待っている人はいない。
「なるほど。待ってる間に買い物ができる、と」
一人納得して呟きながら、空いている洗濯機に持ってきた布団を入れた。そして使い方を確認する。親切にも壁に使用方法が書かれている。どうやら洗剤などは自動で注入されるようだ。使用方法に従ってボタンを押していくと、中に水が注がれ始めた。ひとまずほっとしながら残り時間を確認すると、洗濯が終わるまで四十分ほどある。しばらく無事に洗濯されるのかどうか見守ってから、サチは店舗の方へと移動した。
まず買うべきは洗濯物を干すときに使うハンガーや洗濯ばさみ。それから洗剤と柔軟剤も買っておこう。それからボディーソープとシャンプーとトリートメント。そういえばタオルも持ってきていない。バスタオルはあるだろうか。
考えながら店内をゆっくり回って商品をカートに入れていると、ふいに「え、ウソ……」と声がした。
「え?」
反射的に振り返ると、そこにはジーンズにトレーナーというラフな恰好をした長身の女性が立っていた。その顔を見てサチは思わず「え!」と声を上げる。そこにいたのは、さっき美桜との会話にも出てきた人物だったのだ。
「ま、松池先生?」
「え、やだ。なんでこんなとこに明宮先生が?」
「いや、それはこちらの台詞ですが」
お互いに目を丸くして見つめ合い、やがて妙な沈黙のあとで二人同時にごまかすような笑みを浮かべた。
「えっと、そういうラフな服も着られるんですね。松池先生」
「まあ、その、休日くらいは。誰にも会う予定がなかったもので」
彼女はそう言うと、恥ずかしそうに口元に手をあてて視線を俯かせた。その反応が意外で、サチはまじまじと彼女のことを見てしまう。学校ではあんなにクールで堂々としているのに、どうしたのだろう。ラフな私服が恥ずかしいのだろうか。
「松池先生って、この辺りにお住まいでしたっけ?」
「あ、いや。実家がこの辺で。今日は、ちょっとその、手伝いに」
彼女は言いながら、今度は顔を俯かせてしまった。サチは首を傾げる。
「お手伝いですか。お店とかですか?」
「――の」
「え、すみません。よく聞こえなくて」
「農作業の」
顔を真っ赤にして瑞穂は呟くようにそう言った。サチは数回瞬きをして瑞穂の姿を見る。この、スレンダーでモデルのような容姿の彼女が、農作業をする姿。
「……想像できないです」
思わず声に出して言ってしまった。瑞穂は顔を俯かせたまま、額に手を当てて「まさかこんなところで知り合いに会うなんて」と呟いている。その言葉を聞いてサチもハッと我に返る。それは自分も同じだ。今、ここに美桜がいなくて良かったと心から思う。
「えと、ご実家が農家なんですか?」
「そう、なんです。この時期は色々と忙しいので、休みの日は家族総出で手伝いを……」
「そうなんですね。お疲れ様です」
「あ、どうも」
瑞穂は赤い顔のまま軽く頭を下げる。そして一つ息を吐いてから「あ、明宮先生はどうしてここに?」とようやく顔を上げてサチの顔を見た。
「もしかして、ご実家がこの辺りとか?」
何かを警戒した様子で瑞穂が言う。サチは不思議に思いながら「いえ」と笑みを浮かべる。
「昨日、実家からこの近くに引っ越してきたんです。それで必要なものを買い出しに」
瞬間、瑞穂の表情が安堵したように緩んだ。
「そっか。へえ、この近くに」
「といっても、ここから車で二十分くらいかかるんですけどね」
「ああ。それくらいなら近い近い」
砕けた口調で言って彼女は笑う。こうして普通に会話をしながら笑ってくれるのは初めてだ。休日だから仕事モードが抜けているのだろうか。学校では敬語でしか話した覚えがないし、笑った顔もどこかよそよそしい笑顔しか見た覚えがない。
「そっか、引っ越しかぁ。何を買うんですか?」
瑞穂は言いながらサチのカートの中を覗き込む。
「あ、洗濯物を干すのに何も道具がないなって気づいて。それからシャンプーとか。あとタオル類もまったく持ってきてなかったので」
すると瑞穂が首を傾げた。
「実家から持ってきたりしなかったんですか?」
「あー、まあ」
言葉を濁すと瑞穂は「そうですか」と頷いた。何か聞かれるだろうかと思ったが、彼女はカートの先端を掴んで歩き始めた。
「タオル類ならこっちの方にありますよ」
「え、あ、ほんとだ。ありがとうございます。売り場、よくわからなくて」
「無駄に広いですからね。この店」
瑞穂に案内された先でタオルを適当に選んでカートに入れる。その様子を見ながら瑞穂が「他に必要なものありますか?」と言った。
「どうせだから、棚を案内しますよ」
「ありがとうございます。よく来られるんですね、ここ」
「……まあ、仕方なく」
また少し顔を赤くしながら彼女は言った。サチは笑いながら「でも、今はまだ何が必要か思いつかなくて」とため息を吐いた。
「先生、初めての一人暮らしで必要だったものって何ですか? あ、家電と布団はあるので大丈夫です」
すると瑞穂は視線を上に向けながら「んー」と考え始めた。
「――カーテンとか?」
「あ……」
サチの反応に瑞穂は苦笑する。
「昨日から部屋に入ったんじゃないんですか?」
「ああ、いえ。昨日はちょっと、知り合いのところに泊まらせてもらったので」
「へえ」
瑞穂は横目でサチを見てから「じゃあ、サイズもわかんないか」と顎に手をあてた。
「あ、サイズなら管理してる人に聞けばわかるかも。ちょっと待ってください」
慌ててサチはスマホを取り出すと美桜に窓のサイズはいくつなのかとメッセージを送った。するとすぐに既読になり、返信が来る。
「あ、わかりました」
「え、もう? 返信早いですね。管理人って個人なんですか?」
「まあ、そんな感じで。えっと、カーテンのコーナーは……」
「こっちですよ」
瑞穂は再びカートを引っ張りながら歩き出した。
「先生って、フレンドリーな方だったんですね」
思わずサチが言うと瑞穂は目を丸くして振り返った。そして立ち止まると申し訳なさそうな表情で俯く。
「ごめんなさい。馴れ馴れしかったですか」
「え! いやいや、そうじゃなくて。学校では、こう、もっと距離がある感じがしてたもので」
「ああ、それは、まあ」
瑞穂は心当たりがあるのか頷いて再び歩き出した。カーテンのコーナーはタオルのコーナーの近くにあった。意外にも柄の種類が豊富だ。
「……どれにしよう」
つい真剣に悩んでしまう。ここに美桜がいれば、きっとニヤニヤしながらサチのことをからかってきただろう。しかし瑞穂は何を言うでもなく、ただサチの隣に立って待ってくれている。
「あの、なんかすみません。わたし優柔なもので」
「ううん、大丈夫です。カーテンの柄って大事ですよ。日頃の自分のテンションに関わってくるし、部屋のイメージも変わってくるから」
にこやかにそう言って彼女は「わたしも部屋のカーテン変えようかな」と柄を眺めている。サチはそんな彼女の言葉に安堵して、一緒に柄を眺め始めた。しかしやはり自分で決めることができず、結局瑞穂に選んでもらったのだった。
「ありがとうございます。選んでもらっちゃって」
「いえ。でも、本当に大丈夫ですか? わたしのセンスなんかで」
「はい。落ち着いた柄で良い感じだと思います!」
きっとサチが選んでいたらもっと子供っぽい柄になっていただろう。何せ、人生で一度もカーテンを自分で買ったことがなかったのだから。
「これでとりあえずは大丈夫かなぁ。松池先生に会えて良かったです。このまま帰ってたら、今日は外から丸見えの部屋で寝る羽目になるところでした」
すると瑞穂はフフッと笑った。サチは首を傾げる。
「え、なんですか?」
「いえ、さっきの言葉、そのまま明宮先生に返しますよ」
「言葉?」
「明宮先生こそ学校では他人と距離を取ってる感じなのに、こんなに可愛い人だとは思いませんでした」
「かわ……」
思わずサチは赤面して俯いてしまう。
「すみません、ガキっぽくてポンコツで……」
「え! いや、そういう意味じゃ! ああ、こちらこそすみません。いきなりなんか、こう、失礼なことを……。いや、褒め言葉のつもりだったんですが」
なぜか瑞穂も赤面しながら俯いてしまった。




