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第八話 僕らの宝物



 そんなやり取りを黙って見ていた中年の兵士は、すぐに城壁内部のほかの兵に声をかけて仕掛けを動かす準備を始めた。

 アクエリアスの城壁の周囲には幅が二〇メートルはある堀がある。

 そのため城門を兼ねた橋を下ろすか、船を使って水路を進むかしないと対岸に渡ることができない。

 対岸の橋が接続される場所には兵士の詰め所を兼ねた小さな砦も設けられ、城門側の詰め所とは有線通信設備で繋がっていて、いまそちらに連絡を入れ、向こう側での準備を終えていることを確認した。

 続けて動力室に待機している人魚の男性に城門を固定している巻き上げ機のブレーキレバーを動かすように指示を出す。

 男性は威勢良く応じるとブレーキレバーに手をかけ、安全レバーを握りながら慎重に手前に引いた。

 すると巨大な城門が自重で外側に向かって倒れ始めた。

 巻き上げ機から城門を支える巨大な鎖が、ジャラジャラと大きな金属音を上げながら伸びていく。

 巻き上げ機に繋がった大小さまざまなギヤ、そしてギヤと繋がった水車が回転。水車は循環式の水路を満たす水に浸かっていて、巻き上げ機が動くとギヤを介して動きだし、水の抵抗を利用して開閉速度をコントロールする役割を担っている。

 逆に閉鎖するときは水魔法の干渉で水路の水を動かすことで水車を回し、その力をギヤを介して巻き上げ機に伝えることで鎖を巻き上げて閉鎖する構造だ。

 中年の兵士はゆっくりと城門が降りていく様子を観察し、トラブルがないように注意を払う。

 城門はトラブルなく、快調そのものといった動きで下がり切り、石畳で舗装された対岸に接続され、向こう側の兵士の手によって固定金具で留められ、橋となった。

 城門の左右には橋としての利用を前提とした頑丈な手すりも備わっているので、よほど悪ふざけが過ぎない限り歩行者は転落しない。

 兵士は橋が完成したことに一つ頷くと、ラジリン一向に通行可能になったことを告げた。


 ラジリン一行はゆったりとした足取りで橋となった城門の上を歩き、対岸に渡って目的地となる牧場を目指す。

 移動は牧場から迎えの馬車が用意されていた。普段は出荷や家畜の飼料などと運搬するのに使われている馬車を、ラジリンたちのために回してくれたのである。

 みなが軽やかな動きで馬車に乗り込み、最後にラジリンが後ろの入り口付近にどでんと座る。われながらなんと重量感あふれる体躯であろうか。

「しゅっぱ~つ」

 全員の乗車を確認した御者――ブルースライムが手綱をちょいちょいと動かした。

「あいよぉっ!」

 すると、馬車を引く馬の魔物――テイオウホースが威勢のいい返事と共に歩み始める。黒光りする肌に薄茶色のたてがみに、たくましさを感じさせる太い手足に似合った巨躯を誇る、三番目に人間との共存を選んだ魔物。

 言葉を理解できる魔物が馬車を引くので、手綱は合図用に残されているだけでほとんどの場合は必要とされていないが、なんとなく残され続けていた。

 テイオウホース側も「あったほうが注意を払いにくい馬車の状況を知りやすい」と、撤去を望んでいないのである。

(……ユキエちゃん、僕たちなんだかんだでうまくやってるよ)

 ラジリンは馬車の入り口から空を仰ぎながら亡き家族を偲ぶ。彼女が最初の道を開き、周りがそれを押し広げた結果がこの国だ。

 ラジリンはそれがたまらなく誇らしい。

 視線を下ろせばそのさきには徐々に遠のいていく城壁の姿。街並みはうかがえずとも、みんなが力を合わせて造り上げた最高の宝物の姿だ。

 懸念されていたユキエの死後も変わらなかった、みんなが生きる場所。みんなが守り抜こうとしている場所。


 そう、相互理解を実現した異種が互いを尊重して生活している、最高の宝物だ。




 ラジリンの出立を窓から見送ったサクラは落ち着かない気持ちで階下に降りた。

(兄――兄さん、か)

 この胸中に渦巻く気持ち――なんと表現していいかわからない。生まれてこの方両親の話題に時折上がるだけの、会ったことも見たこともない肉親。

 本来年上であるはずの兄なのに、もしかしたら年齢も逆転しているかもしれないと考えると、胸がもやもやする。

 兄がこの世界に来るというのはもやは『運命』であると確信は抱いていた。血のなせる業だろうと。

 ……しかし、来なければいいのにと思ったことは、一度や二度ではない。

 いくら血を分けた兄妹とはいえ、サクラにとっては見たこともあったこともない『他人』にほかならない。そんな存在にいまの生活を乱されるなんて……。

 だが、スラミンたち苦労を考えればとっとと来てほしいとすら思う。そうすればスラミンたちはまた家に帰ってこれる。年に数度しか会いに行けないいまよりもずっと一緒にいられる時間が取れるのだと思えば、早く仕事が終わってくれるほうが好ましいとも思えるが……。

「お、サクラちゃん」

 声をかけられて視線を動かしてみれば、コックスタイルから青を基調としたジャケットとキャップという、お気に入りの外出着に着替えたミドリンが自分を見上げていた。

「僕これから買い物ついでに冒険者ギルドに寄って来るから、お留守番よろしくね」

「……私もついてく。ちょっと待ってて」

「ふぁ?」

 ミドリンは困惑気味であったが、口に出してしまったからには止まれない。

 サクラは踵を返すと自室のドアを潜り、お気に入りの薄緑色のジャケットを羽織り、小さなポーチを肩から下げ、再び階下に降りる。

 ミドリンはちゃんと待ってくれていた。スライムはこういうとき本当に律儀である。

「行こ」

「あい」

 玄関を潜って家の外へ。

 憂鬱な気分そのままな曇天の空。それでも言い出した手前もう戻れない。

 やや湿り気を帯びた空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸。ふと視線を下ろせば足元でミドリンも深呼吸している(単なる模倣。スライムは口どころか皮膚呼吸かも怪しい)。

 視線が合ったので何気なく頷くと、ミドリンも頷き返す。雨に備えて愛用のピンクの傘を手に、ギルドの社屋に向かって歩み始める。

 そこで両親は働いている。母は依頼受注の事務、父は併設された道具屋で。

 自分の口から夢のことを告げるのは、思ったよりも勇気がいると思いながらも、自分の口から告げるべきだと訴えかけるなにかを感じる。

 サクラとミドリンは会話も交わさず黙々と道を進む。

 これから数日以内に自分たちの生活が変わっていくことを予感しながら。

 いまはただ、無言で歩き続けた。


「イテっ!?」

「あっ、ごめん」

 ついつい考え込んで足元を疎かにしていたら、ミドリンの背中をつま先で踏みつけてしまった。

 この程度でどうにかなるスライムではないが非はこちらにある。素直に謝罪して服に付いた土汚れを払ってあげて、ごめんなさいのハグ。

「も~。気をつけてよ!」

「ごめんなさい」

「だいたいね、サクラちゃんは物静かな割に注意力散漫というか淑やかさが足りないというか――」

 説教が始まった。スライムはこういうとき厳しいというか口やかましいというか。

 サクラは衆人観衆の中説教される羞恥に耐えつつ、ミドリンが満足するのを待つしかなかった。

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