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第四話 ちょいと腰を据えて





 アユム転移直後から予想外の展開に困惑を隠せなかったが、努めて冷静に対処すべく自制心を総動員していた。

 スラミンから突きつけられた事実は大いに驚くべき内容であったが、同時に自分がこの世界に招かれた理由を知れたという意味では大収穫であったと言えよう。

 家族の行方も判明し、少々不本意な内容が含まれていたとはいえ喜ばしい情報も得られ、自分の特異性とやらの正体にも気づけた。

 転移直後にこれだけの情報が得られれば万々歳だ。文句のつけようがないし、スラミンを疑うのはいろいろと気が引ける。

 彼は信用できると直感が告げている。それに従うのがいまは最善。情報収集に励むのがいいだろう。

「それで、その――魔物使いというのはいったいなんなんでしょうか?」

「ご説明しましょう。――あ、僕のことは呼び捨てで結構です。どうぞスラミンとお呼びください。敬語もいりませんのでご遠慮なく」

「そう? なら、俺に対しても敬語とかいらないから普通に接してくれていいよ。そんなに敬われることなんてまだなにもしてないし、偉い人の親族だからってそうされるのは、馴染めないからさ」

「ほんとに! やったー!」

 スラミンは過剰なほどよろこんでいる。鼻もないのに鼻息が荒くなっている、と形容するのがふさわしい盛り上がりっぷりに、少し引いた。

「失礼――。魔物使いはね、さっきいったとおり魔族や魔物といった、本来この世界には存在していなかった、魔法を使える生物全般と容易に言葉を交わすことができる存在のことだよ」

 スラミンは身振り手振りを交えながら話してくれている。

 ……小さな手を右に左に上下に、ときにくるりと回して喋る姿は非常に愛くるしい。

「その名前は、そちら側のファンタジー作品っていうんだっけ? それらに登場する、魔物を従えることができる存在のようだという連想から付けられたの。とはいえ実際は従えているというよりも、とても好かれやすく懐かれた結果仲間になったというだけっていうのが適切な表現で、そちら側の創作の一部に見られるような、なんらかの強制力を持った能力というわけではないって考えられてるよ」

「ふむふむ」

 なるほど。要するにとても動物に好かれやすい人の強化版、みたいなものか。

「そのため別名として『魔物たらし』とも呼ばれています」

「締まらないなぁ……」

「また、これは名付けられたあとに判明したことなんだけど、どういうわけか言葉のみならず文字の類でもその力が発揮されるらしくてね、こちらの世界の文字を苦もなく読み書きできるようになったりと、言語に関わる分野においては非常に秀でた才能と断言できるんだとか」

「まるで翻訳機かなにかみたいだな」

「なので定着こそしなかったけど、ときおり人間翻訳機とも呼ばれてました」

 ぴっと右手を掲げて語るスラミンに少々脱力。

 たしかに便利な能力と言えば能力だが……。

「ユキエ様はその力に悩んだ末、最終的には自分たちが生き残るため、そして出会った魔物たちや魔族のために立ち上がり、みんなが分け隔てなく生きていける国を造ろうと先頭に立ち、最終的にこのアクエリアス国を建国してそのまま女王様になったのです。……本人はその立場に文句を言ってましたけど」

「……なんとなくわかる」

 叔母は昔から高い地位についてなにかをするというのを好んでいなかった。本人としては常に現場でなにかをしているのが好きだと言っていた。

 その叔母がよりにもよって女王とは――。世の中本当になにが起こるか予測もつかない。

「そして俺は、叔母さんと同じ魔物使いの能力を持っている、と」

「うん。さきほどの問答を考えると間違いないよ。現在では散発的に魔物や魔族が転移してくることはあれど、あのときのように大量に転移してくることはほとんどないから、あまり求められてはいないと言えば言える能力だけども、いてくれてらいてくれたで助かる――という状況かな? そんなに気張らなくてもいいとは思うけども……」

「ふむ……」

 両腕を組んで考える。

 この状況すらだれかに仕組まれたものであるという可能性が否定できないというのに、特別その能力が求められていないような状況というのはどうにも腑に落ちない。

 とりあえず、ユキエの活躍とやらをもう少し詳しく聞いてみたほうがよさそうだ。


「その前にやっぱり荷物一式回収してきていい? 落ち着かないから」

「はい! お手伝いしま~す!」




 スラミンはアユムの要望に応え、ユキエの足跡を語ってくれた。

 内容を要約すると、叔母は転移したとき眼前にいた一匹のブルースライムとすぐさまなかよくなったばかりか、同じように転移してきた同じ世界出身と思われる(日本人であることが明白であったことからそう判断した)人たちに加え、近くにいた大量かつ色違い(赤・緑・黄)のスライムと団体を形成して日々の糧を凌いだのだという。

 スライムたちは当初から人間に対して非常に好意的であり、ユキエの通訳を介して転移者の言葉――すなわち日本語を早々に覚えていったことでコミュニケーションが成立。

 愛嬌に溢れた姿と仕草からあっという間に打ち解けていき、今日まで欠かせない人間のパートナーとしての地位を確立していったらしい。

 それから数日程度は平穏だったらしいが、やがて近くにいた別の魔物とも遭遇、一触即発の事態になりかけたりもしたらしいのだが、『スライム以外の』魔物たちは<魔界>と呼ばれる別世界から生き残りをかけてこの世界にやってきた存在であり、必ずしも侵略による生存を望んでいないということを知ったのだという。


「魔界?」

「便宜上そう呼んでるだけだけどね。魔法を使える生物たちの世界だったから、魔界ってな感じで」


 そうやって次第に勢力を増していったユキエたちは、さまざまな問題に直面しながらも創意工夫を凝らして共同生活を続け、キャラバンのような状態になって移動していたそうな。

 そうやって移動すること数日。彼女ら一行は海辺にて発展中の街――いや村を発見。紆余曲折を経てそこを拠点として活動するようになったのだそうだ。

 もちろん魔物たちは原住民にも相当怖がられたが、ユキエが間に入って調停することで、そして既存の生態系になに一つ合致しないが人間の言葉を苦もなく操り、愛嬌もたっぷりなスライムたちがそのときばかりは常に人間に寄り添い、緩衝材となることで少しづつ馴染んでいったのだとか。


 そうやって村の発展も進み始め、より本格的な共同体が誕生した矢先であった。

 遅れて転移してきた魔族や魔物が周辺に出現するという一大事にすったもんだの状態になりかけたらしいのだが、その魔物や魔族はすべて同じ土地から転移してきた一派――あとから来た別の一派と比較すれば穏健派に相当する立場にあったことが救いとなった。

 彼らは現地に住む人間らの生活を過度に脅かして侵略するつもりは最初からなく、共存を望んでいたこと、加えてユキエという魔物使いの存在が加わったことで双方に無用な誤解が生じることが避けられ、そして互いの言い分をうまく擦り合わせてやっていこうという意志が双方に偶然存在したことから、思い切って共存共栄を謳った国造りでもしようかという話が持ち上がったらしい。


 ――だが、そこでハッピーエンドとはいかなかった。

 彼らも所詮は魔界に住む限られた団体の一つに過ぎず、侵略してでも生存権をえようとする過激派の国の住人もまた、この大陸の別の場所に転移して暴れまわったからである。


 その戦火は次第にユキエたちにも影響を与え、一度は出来上がったはずの信頼関係にひびが入りかけたことで穏健派の代表は自分たちの生存圏すらも侵略しかねない彼らの制止と取り込みによる共栄の体制確立を図るべく行動すべきだと声を上げ、結果としてそれが認められたことで事実上の戦争状態に突入していったのだという。

 その際頼りになったのが、ユキエが転移時に握りしめていたという不思議な杖――後に<ドライムの杖>と呼ばれるようになった杖の存在だった。

 道具に魔力を流すことで魔法を安定して発現できるという発想は魔族にすらなかったようで、すぐさま彼らは当時の知見のすべてを注ぎ込んでその解析と模造による魔道具の開発に着手。

 人と魔族と魔物が共同で研究することで、戦闘能力が最も低く、戦いとなれば多くの犠牲を払うことが必然と言われた人間の戦力を整えながら、生き残りをかけた戦争の渦中へと飛び込んでいったのだという。


「じゃあこの杖は、もともと叔母さんが?」

「そ。そのときとはだいぶ形と機能が変わっているみたいだけども、それこそが僕たちアクエリアスが最初に手にした<魔装具>であり、すべての<魔道具>の原点とも言うべき存在だよ」

「当時はどんな外観だったんだ?」

「僕は戦後生まれだから最初期の姿は知らない。だけど、ユキエ様が健在であったときに現物を見せてもらったことがある。そのときは全体的に水色で、後ろ側に付いている<魔法石>はなかったと思うよ。その杖自身、その名がつけられる直前になんらかのはずみで形状の変化と魔法の変化を起こしているって言われてるから、自己進化する性質があるって言われてるよ」

「それはまた、すごい」

 なんともすごいものを手に入れていたものだ。まさかこの杖がすべての原点とは……。

「それにこの宝石、<魔法石>って言うのか」

「うん。補足しておくと魔法に関わる宝石には二種類あって、魔力の蓄積だけが可能な<魔力石>と、魔力を注ぐと魔法を発動する<魔法石>に分別されてる。特に後者は産出量がちょっと少なくて、<魔装具>にうってつけの素材として活用されています。需要もあってそれなりに高価。天然の宝石を加工して作るか、魔法で一から作るかの二択で生産されていて、最初期は<ドライムの杖>を使って作った後者が主流で、現在は技術解析によって前者を利用した品も多く流通してるよ。高いままだけど」

 スラミンは「高性能な<魔装具>は、性能向上のために二つ以上の<魔法石>を使ってるのもある」と補足してくれた。

 なんでも魔法石をはじめ、人が生み出した<魔法道具>は魔物や魔族が使う魔法と異なり、奏でられる旋律が固定化されている都合上、発動できる魔法がほぼ固定化されていて自由には操れないのだとか。

 最初期などは魔法の発現に必要な『旋律』の製作を魔物や魔族に依頼することで補いつつ、道具の表面や層の一部にレコード盤のように溝を掘り、そこに魔力という針を使って旋律を奏でることで魔法を使うといった技術が確立したことで、いまの魔法関連の技術があるのだという。

 こちらの技術は<魔法石>がいまだに高価で流通量があまり多くないという都合上、家具や安価な<魔装具>に現役で使われているのだとも教えてもらった。

 対して原点たる<ドライムの杖>は、使用者が求める魔法の旋律を自ら調律し奏で、かつそれを登録して保持することで使用難易度を下げているばかりか、その状態からさらなるコントロールを実現する汎用性の高さを両立した、いまでも完全再現が出来ていない、一種のロストテクノロジー扱いされている側面もあるのだという。

 ……その杖も転移魔法の反動からか、輝かしい銀色からくすんだ銅色に変色しいて、ぱっと見にもわかるくらい大きなダメージを受けていることが窺える。

 言い換えてしまえば杖が負担の大部分を引き受けてくれたからこそアユムは無事だったわけで、感謝の気持ちは忘れられない。

 そっと杖の柄を撫でいたらふと考え付いた。

「……持ってみる? 伝説の杖」

「え!? いいの!?」

 スラミンがキラキラした目で杖を見ているので持たせてやった。杖の長さによろめき持て余しながらも、スラミンは嬉しそうだったし、杖もなんとなく照れ臭そうにしている――ような気がした。


 ……で、こてんと後ろに転がってしまったのはお約束として笑うべきか、それとも笑わずにいるべきか、少々判断に悩まされた。

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