プロローグ 僕らの出会い
三度目の改定を行いました。
「うぅっ……! お、お待ちしておりました、アユムさまぁ~!」
ここは船のキャビンの中。出会って間もない眼前の緑スライムにいきなり泣かれ、アマノ・アユムは困惑した。
「……俺の名前を、知っているの?」
恐るおそる訪ねてみると、眼前のスライムは何度も首を上下に――というより体全体を使って頷いた。
さきほどから何度も観察した、体高が四〇センチあるかないかという丸っこくて小さな体。
小さく丸い、指のない手。
まんまるで愛らしさを称える目。
身に着けている白いシャツのような服に、丸っこいデザインの扁平な靴。
人のような装いをしているが、全く未知の生物。
アユムが持つ魔法の杖の先端に抱かれた宝玉のモデルになったであろう生物で――あの夜、別世界に連れていかれた家族のビジョンの中で見た、家族に寄り添っていた生物と同じ姿をしている、アユムが住んでいた世界では生息していない、空想の物語の中でのみ存在を許された生物――魔物。
特にスライムと呼ばれる存在に類似した姿をした生物は、滂沱の涙を両手で拭い去りながら畏まり、アユムの問いに応えるべく声を発する。
『えっと。いきなり取り乱してすみませんでした。僕はグリーンスライムのスラミンと申します。あなたの叔母、ユキエ様の命により、あなたがこの世界に『転移』して来るのをお待ちしておりました』
と言ってぺこりと頭を下げるスライムに胸のときめきを覚えつつ、アユムは問い質す。
「叔母さんから頼まれて? ……その、詳しく教えてもらってもいいかな?」
思いがけない出会い。
思いがけない言葉。
アユムは異世界に渡って早々に求めていた情報を得る機会に恵まれたことに感謝しつつ、スラミンの言葉を待った。
『はい。――あなたの叔母であるユキエ様は、この世界に一四〇年ほど前に転移されたあと、『魔物使い』としての能力を活かして僕たち魔物や魔族と呼ばれる人々の懸け橋となり、苦心の末それらの異なる生命が手を取り合って暮らしていける国――<アクエリアス王国>を建国し、初代女王に即位成されたのです。……そしていまから八五年ほど前、夢でアユム様が同じ魔物使いとしての能力を持ち、この世界にやってくることを予言されたのです。それで僕たちはあなたさまを出迎えるべく、出現を預言されたこの地で、この<出会いの湖>で一七年の間待ち続けていたのです』
「一七年!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。まさかそれほどの間待ち続けていた者がいるとは、想像もしていなかった。
……いや、考えてみれば何者かの意志によってここに誘われたアユムだ。叔母も似たようなビジョンを見せられて行動を促されたと考えても間違いではないかもしれない。
『はい! 僕たちは亡きユキエ様に代わりあなたを出迎え、アクエリアスに案内すべく待っていたのです!』
亡きユキエ様……。
その言葉が驚きすらかき消してアユムの胸に鋭く突き刺さる。
その行方を追っていた家族の一人は、すでに亡くなっていたという事実。それは死すら覚悟してこの世界に自らやってきたアユムにとって、とてもとても重い事実であった。
『ユキエ様は『あたしは十分幸せだった』と、あなたに伝えてほしいと言っておられました。それにご安心ください。あなたのご両親は一七年ほど前にこの地に転移して来られましたが保護に成功し、いまも王都で健全に暮らしておいでです。それにこちらで生まれた妹さんも健やかに育っていますよ』
「……妹ぉ!?」
ショッキングな情報が続いている。思い返してみればあのとき、別れる直前にそれっぽいことを言っていたような気がすると、アユムはようやく思考が追いついてきたことを感じた。
『それに気づいていますか? 僕はキャビンでお手伝いを申し出てからずっと、スライム語で話しているんですよ?』
「……え?」
アユムはまったく違和感を感じていなかった。ずっと日本語で喋って……どうして異世界の生物が日本語を喋れているのかという疑問に、いまさらながら気づく。
「これからは日本語で……。さきほども言いましたとおり、あなたはユキエ様に次ぐ『魔物使い』の能力を持っていると予言されていましたが、それは正しかったようです。――そう、あなたは魔物使い。魔族や魔物と言った、こことは別の世界から漂着してきた生物すべてに対し、分け隔てなく言葉によるコミュニケーションが可能な異能の持ち主なのです!」