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あの雪の日に  作者: 鬼人の奇人
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冬の風

もう、されるままではいられないのだ。逃げていても、いつかそれが追い付く。ならば、それを「無」くす。「無」にするための力は知能である。人間最大の武器だ。そう決めたなら、あとは成すだけであった。




たぶん、彼は直接私に接触しようとするはず。ならば、それを利用する。護身する。逃げる。それを繰り返す。そして、彼が無謀な一手を打つまで待つ。挑発も含めて、彼の行動を短絡的にさせる。それには、合理性がある、と幸音は考えた。




というよりは、もうそれ以外に思いつかなかった。幸い、護身術は心得があったし、身体能力も高い。大丈夫だ、そう思った。自信には根拠があった。問題は考えつく中では、なかった。もともと、幸音が住んでいたのはそういう世界なのだ。




10月になり、紅葉が赤くなり始めた。幸音は、またいつもの道を歩いて帰っていた。前触れもなしに、それは現れた。

「久しぶりだね、会いたかったよ、幸音ちゃん」


幸音は、ある種の安堵のようなものとともに笑みを浮かべた。

「私はもう会いたくなかった。もう、消えて。どうせ、あなたは何も手に入れられない。私はもちろんのこと…」


「うるさい!黙れ!…君は僕のものになるべきなんだ」


そこまで言うと、隆司は幸音のほうへ歩いてきた。そして、求めるように、幸音に手を伸ばした。しかし、その手は、途中で払われた。なおもとまらない隆司は、激しく幸音にもとめた。




幸音は、伸ばされてきた手を掴み、ねじり上げた。これは、コツさえ分かっていれば、そこまでの力を要しない。が、あまり強くすると、されたほうの苦痛は凄まじいー少なくとも常人にとってはーものとなる。

「いでえええあああ!」


苦痛に嘆く隆司を置いて、幸音はさっさと歩き出した。

「これに懲りたらもう私に手を出さないことね」


幸音はそれだけ言うと家に帰った。もう、これ以上はごめんだ、とも思った。家に着くころには、日常が戻っており、隆司の姿はどこかへ消えた。幸音は、その夜、幸せな気分でベッドに入った。




12月。初雪が降った日。あの少年がヴァイオリンを携えてやってきた。雪の降る中、木の下で少年はヴァイオリンを弾いていた。幸音は、それを見つけ、庭に出た。

「久しぶりね」


「そうですね」


少年の返事もそのままに、幸音は腰を下ろした。そして、最速するように少年を見た。

「エルガーの…」


風が少年の言葉の後を吹いて飛ばした。しかし、誰かまうことなく、ヴァイオリンの音が鳴り始めた。繊細で情熱的な調べは、雪の中で静かに響いた。優しい人の調べ。音楽を愛する者の調べ。




少年の祈りと少女の思いは重なり、息は白く舞った。祈りは願いとなり、思いは願いとなり、その手のつながりが、世界に触れた。舞い降りた美しい雪が、解けて消えた。




静寂が訪れた。少年が何かを言おうとした。しかし、それを別の声がかき消した。

「あああああああああ!」


狂気と化したそれは、こちらに向かい、咆哮し、少年の胸を冷たい刃が貫いた。動けなかった幸音の目の前で、少年は血を吐いて倒れた。純白の雪を朱が染めた。少年の胸に刺さったそれは、少年の体を段々と冷たくした。少年の口がかすかに開いた。




そして、動かなくなった。幸音は、震えて動かない手で、少年の体に触れた。もうそれは、冷たくなっていた。それはもう、動かなかった。彼の手から、ヴァイオリンがことりと落ちた。




絶叫が響き、雪の上に何かが倒れる音がした。しばらくして、もう一つ、雪に人の形が刻まれた。しんしんと降り積もる雪は、むくろにかさなり、すべてを覆い隠した。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次回作があるかはわからないです

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