表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの雪の日に  作者: 鬼人の奇人
7/8

夏の淵

夏休みは、終わりを迎えた。幸音はあれ以来、外に出ることを極力避けていた。また、外にも出ずに本ばかりを読んでいた。学校には、今まで通りいった。隆司は、学校をやめたらしい。まだ、行方は分かっていない。




本音を言えば、もちろん外になど出たくなかった。しかし、そんなことで人生を棒に振るのは嫌だった。だから、いつも以上に、早く歩いた。赤く色付く景色は、いつしか目に入らなくなっていた。




加奈子と話すことも少なくなっていた。お互いに、見えない壁を感じていた。幸音は相変わらず本を読み、加奈子は友達と遊んだ。しかし、お互いに、晴れた表情をすることはなかった。




幸音がある日、父親に夕食を届けに行くと、父親は珍しく幸音を引き留めた。こちらを向いて優しく言った。

「大丈夫か」


「うん」


大して動揺もせず、幸音は答えた。幸音は、あまり考えないようにしていた。あの夜のことを。そうすることで、忘れようとしていた。


「そうか」


父親は、それ以上追求しなかった。が、最後にこう言った。


「幸音の話す気が起きたらでいいよ」


幸音は、そのまま部屋を出た。別に、話さなくてもいい。話したくはない。話してもつらくなるだけだ。そう思った。もう、あんな思いをしたくなかった。全て、忘れたかった。そう思って、また本を開いた。




幸音は、暗い本を読んでいた。ファンタジーだった。「ダークエルフ物語」 今まで読んだどんなファンタジーとも違った。わかりやすい正義は存在せず、主人公のドリッズドは、邪悪な種族「ダークエルフ」だった。




滅多に喋らず、寡言にして冷静な主人公が、時に判断を間違え、時に敵前逃亡し、しかしどうにか生きていく物語に、幸音は引き込まれた。誰もが自分の物語の主人公だが、主人公とてやはりヒューマノイドならば、間違いを犯すものだ。




結ばれずとも、永遠の安寧も平和もなくとも、生きていく。終わりは、終わりではなく、物語は終わっても、人は生き続けねばならない。作家はまた書き始める。それしか、ないのだ。生きていく、というのはそういうことだ。そんなことを考えながら、幸音は眠りについた。




翌朝、ポストを開けると、新聞と一緒に、はがきが入っていた。新聞を父親に届けるとき、はがきが落ちた。幸音は拾い上げて、送り主を見た。


「…あ…え…いやあああ!」


幸音は、手紙を投げ、へたりこんだ。息が落ち着かなかった。

「どうした!?」


驚いた父親が振り返って幸音を見た。震えが止まらなかった。

「いや、いやああ!」


「幸音、どうしたんだ」


父親は、床に落ちた手紙を一瞥し、やがて何かに感づいたように椅子に座りなおした。そして、幸音が泣き止むのを待った。




幸音が吐き出すのを、父親は黙って聞いていた。少しすると、部屋には小さい嗚咽の音のみが響いた。差出人は、もう思い出したくもない名前だった。差出人の住所は書いていなかった。




父親は、はがきを拾い、破ってゴミ箱に捨てた。二人とも何も言わなかった。不意に、幸音は頭の上に暖かいものを感じた。父親の手だった。いつぶりだったか。久しく感じていなかった暖かさに任せて、幸音は泣き続けた。




何よりも恐ろしかったのは、住所が知られていたことだった。怖かった。もし家まで来られたら、そう思うと言い表せない悪寒が幸音の中を巡った。まだ、隆司は幸音を狙っているらしかった。




起きると、父親の部屋だった。父親は、既に机に伏して寝ていた。幸音は、その光景にくすりと笑って、部屋を出た。窓から見ると、もう朝だった。すがすがしい朝だった。ふと見ると、庭の木は既に赤くなり始めていた。




幸音は急いで準備した。学校に行くのだ。いつものように、弁当を作って、父親のご飯を作り置きして。いつものように、読みかけの本にしおりを差して。どうせ、いつかは出なければならない。この家からも。




学校に行くと、加奈子に、手紙のことを話した。加奈子は、最後まで聞いてくれた。その後で言った。

「でも、家知られてるっていうのは、大丈夫なの?」


幸音は、もうその答えを出していた。

「大丈夫。もう恐れるのはやめた。ちゃんと話して、諦めてもらう」


「でも…」


「大丈夫、もう、あんなことにはならない。しない」


加奈子は、何故か自信満々な幸音に困惑した。

「しないって言ったって、ねえ」


そんな手紙を見たら、もっと怖がって家から出るのもやっとだろう。それなのに、目の前の少女は何か確信に満ちた顔なのだ。なぜなのか、加奈子には全く分からなかった。

「もし隆司が襲ってでも来たらどうするのよ」


「逃げる」


「いや……」


あまりにも実直というか、愚直な意見に、加奈子は言葉を詰まらせた。


「じゃ、じゃあ、家の前で待ち構えられてたら?」


そう加奈子が問うと、幸音は衝撃の答えを口にした。


「撃退する」


あまりのことで、加奈子は開いた口がふさがらなかった。加奈子は、内心で、明日から家まで迎えに行こう、と思った。昨日までとは違う意味でも、心配になってしまった。


「この子は、危ない」




幸音の知らないうちに、加奈子は固く決意したのだった。


どなたかわかりませんが、見てくださっている方が一人以上はいるようなので、まだ書き続けます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ